酒を飲んだ次の日は何もする気が起きない
8月7日。
「時透君、お水取ってもらっていいですか?」
「どこです?さっき買ってましたよね」
「手前のバッグの中です。1番上にあるので、開けちゃって大丈夫ですよ。次の赤信号で飲みます」
臨海林間学校からの帰り道の車内。斜陽が眩しく、いかにも遠足の帰り道といった風景。
俺は助手席に座っているため、運転手であるロリ先生のサポート係かつ会話相手みたな位置にいる。
「本当に二日酔いではないんですか?」
「休憩したので、二日酔いとかではありませんよ。二日酔いも立派な飲酒運転になりますから。ただ、ちょっと無気力状態って感じです」
「無気力って疲れが溜まってるんですか?」
「いえ、お酒を飲んだ時、アルコールを分解する際に生じるアセトアルデヒドが身体をだるくさせるんです。それに……」
「それに?」
ロリ先生は顔を青くして言う。
「生徒の前であんな醜態を晒してしまったこととか……」
「あーー、あれですか。動画ありますよ。見ます?」
「絶対嫌です。後、消しておくか、間違っても拡散はしないで下さいね」
「拡散は絶対しませんよ。持ってるの俺だけですし。水、ここ置いておきます」
「ありがとうございます」
信号で車が止まると、ロリ先生は一気飲みの勢いで水を飲み干す。
見た目を抜きにすれば、ロリ先生はおっさんに近いと思う。
映像として、こんなに面白いのはそう無い。
「意外と先生が動画クリエイターになれば、良い所までいけるんじゃないですかね?」
以前から少し思っていた。
ロリっぽい容姿、勉強ができるエリート、酒乱、そして教師。
動画の絵として、伸びる予感しかしない。
「それもいいかもしれませんけど、遠慮しときます。教師って職業に多少不満はあっても、やっぱり好きなので」
悩む素振りも見せず、ロリ先生は応える。
「ま、そーっすよね。はい、動画消しておきました。てか、授業では「間違えたらちゃんと復習して、次に生かす」とか言ってるのに、先生はしないんですね」
「大人になったら、目を背けたくなるような現実の一つや二つあるんですよ……」
「マジな口調で言うのやめて下さいよ。教師からそんな言葉聞きたくなかったです」
色々とロリ先生と話して分かったのは、仕事というのは楽しいだけじゃなく、同じくらい大変なことも多いということ。
お酒を飲んで、弱音を吐露することも、時には必要なのかもしれない。(飲みたいとは全く思わないが)
先生とこんなにフランクに話すのは初めてだったので、やはりロリ先生は良い教師だと思う。
もし、ロリ先生にループしてると本気で相談したら、信じてもらえそうなくらいある。
安全運転の下で、窓の外が徐々に見慣れた街並みに変わっていく。
数十分後には、学校に到着するだろう。
寝ている人を起こそうと思っていたが、後部座席は何やら盛り上がっていて、会話に耳を傾ける。
「ドロ2、あとUNO」
「げ、会長さんUNOですか。ドロ2返しっす」
「えーー、あ、ドロ2あった。アンナたん次だよ」
「…………私の手札、山札くらいあるのに、ドロ2返せないんですけど、誰か仕組んでます?」
「アンナたんよわ〜い」
「あり得ないですよ!こんなに手札があるのに!私をはめようとしてるんですよね!イカサマです!!」
後部座席では、雛菊、樹、望月さん、アンナの4人がずっとカードゲームやボードゲームをしている。
毎度のことながら、またアンナが負けているようだ。
「あんまりうるさくすると、愛生さんが起きちゃうよ。でも、もうすぐ着きそうだね」
「もう一回やりましょう!最後に一回だけ!」
「じゃあ、神経衰弱でもやります?普通にやってもつまんないので、特殊ルールとして、2枚めくった数の合計が14じゃないといけないっていうのとか、どうです?」
そう言い出した樹は、トランプを慣れた手つきでシャッフルして座席に広げる。
「私は何でもいいぞ。そういうのも得意だ」
「面白そう!ただ、アンナたんには難しいかな?」
「本当に舐めすぎですよ!最初は私からめくりますね!」
一番手でめくったアンナのカード二枚は〈♠️5と♦️8〉
「やった!これ貰えますよね!」
「「「……ルール聞いてた?」」」
「え?」
アンナの輝いた目が曇っていくのを横目にして、俺はカードゲームに参加していない一人に目をやる。
愛生だ。
難しい顔をしながら寝ていて、悪夢にうなされているように見える。
「おい、愛生、そろそろ起きろ。もう着くぞ」
愛生の膝を軽く突くと、愛生は欠伸をしながら目を擦る。
「ふぇ?あ……うん、ありがと〜」
「ふぅ〜〜到着!私、頑張りました!みなさん、降りて下さい!」
「先生ちょっと待ってもらっていいですか!これが最後なので!絶対勝つので!」
「ギャンブル中毒かよ」
俺は車から降りて、自分の荷物を下ろし、着々と帰り支度を進める。
車に乗せた学校の荷物はそれほど多くないので、俺が一人でやればトランプが終わる頃には完了しているだろう。
そうして、調理器具が入ったダンボール箱やらを降ろしていると、ふと車内の雛菊と目が合った。
申し訳ない、または、一人で任せてしまって悪いな、と言っているような表情。
そんな些細なアイコンタクトで気持ちが伝わるような気がして、心が温かくなる。
恋愛嫌いだった以前の自分が嘘のようだ。
生徒会のメンバー達には、まだ俺と雛菊のことは言っていない。
「いや〜、結構面白かったね!それにしても、ひなが強かった!」
「こういうのは、得意だからな。それと、時透は荷物ありがとう」
「大したことないっすよ」
望月さんと雛菊が降車し、次いでアンナと樹が出てくる。
「ポンコツ……私はポンコツです……」
「あ、あ〜、そうだ!写真撮ったりしたの動画にしたので、あとで送ります!」
流石にアンナを不憫に思ったのか、どうにか話題を逸らそうと、樹がスマホを掲げる。
「どれどれ……お〜!よくできてる!樹くんすごいね。You◯uberにでもなるの?」
「い、いや〜、どうですかね〜。ははは、趣味の延長っすよ」
先生がいる場では動画活動がバレたくないようで、樹はバツが悪そうに言う。
動画の出来は素人目に見てもかなり良い。
光の加減や音楽、そしてなにより、顔面偏差値の高い女子たちの青春を思わせるエモさ。
何度見ても凄い。
俺たちが動画に見入っていると、ロリ先生が「はい、注目!」と手を叩く。
「じゃあこれで解散とします。お疲れ様でした!方面が同じ人たちは、できるだけ一緒に帰って下さいね」
お読みいただきありがとうございます。
小説を書き、ブックマークをいただくことが生殖行為であることは前回述べましたが、まだまだ足りないのが現状です。
とはいえ、お読みいたくことに意味があるので、ここまで読んでいただけただけでも感謝しています。
今後ともよろしくお願いします。




