2回目の臨海学校3
「もーー、湿っぽい話は終わり!しゅんちゃんは悪いと思ってるなら、私の頼みを聞くべきだと思うの〜」
愛生は俺の言葉に被せるように、いつも通りの明るいテンションで笑みを浮かべる。
「お?おぅ……いやそれより」
「そこそこ凹んだんだからね〜!だから、私に償いをすべき!なにかすべきだよね〜?」
先程とは打って変わって、愛生の勢いは普段通り、いや、それ以上だ。
感情の機微が読めず、考えてることが分からない。
狂っているとは違う、と思う。
どういう意図で話を逸らしたのか。
女子の考えてることは分からない(マジで)
「まぁ、できる範囲でなら、なんでもいいぞ」
溜め息混じりに言うと、愛生は意地の悪そうに口角を上げる。
「なんでもっていったね〜?」
「公序良俗は守れよ」
「分かってるよ〜。じゃあね〜」
愛生は自身の白いバッグを漁る。
何が出てくるのか想像がつかないが、愛生のことだから奇抜な物ではないだろう。
たぶん……。
不意に、黒い予感が頭に刺さる。
刃物……なんてことはないよな。
俺の悪い予感は当たる。
こんなにも暑いのに、冷や汗が頬を伝う。
ナイフを持ち出して、いきなり刺されるなんて可能性も0ではない。
思考を巡らせるほど、身構えてしまっている自分がいる。
心臓の鼓動が全身を強張らせる。
そして、中からでてきたのは、
謎のボトルだった。
「日焼け止め塗ってもらっていい〜?」
「すぅーーーー、はぁぁ〜〜〜」
「どうしたの!?」
俺は全身の空気を抜くと、その場に項垂れる。
「…………数時間前に、塗ってなかったか?」
「数時間おきに塗るものなの。分かってないな〜!忘れそうになってたけど、背中とか届かないから、お願い〜」
眼を潤ませて、上目遣いという魔性の魅力を孕む頼み方。
狙ってしているのか、天然なのか、もう考えるのも馬鹿らしい。
男の勘は当てにならないようだ。
「分かった、いいぞ」
「えへへ〜、やった〜!」
どこのラブコメだとツッコミたくなるが、仕方ない。
これで仲直りができるなら安い物だと思うし、考えることから逃げたい気持ちもあり、溜め息と共に思考を吐き出す。
「背中だけでいいんだな」
「肩までやってほしいな〜。しっかりやってよ〜」
愛生は自分の大きめのバッグに抱きつくようにして、背中を俺に向ける。
「はいはい」
愛生から謎のロゴが書かれている日焼け止めを受け取り、一円玉大を手に取る。
普通の日焼け止め香りらしいフレッシュな香り(?)なのだろうか。独特な匂いがする。
「手じゃなくて、直接背中にかけるんだよ〜。そうしないと、十分な効果は得られないの〜」
「そうなのか。悪い」
愛生の指示通り促されるまま、背中に日焼け止めを適量垂らして片手で広げていく。
「もっと沁み込ませるように揉むんだよ〜」
「はいはい、分かったよ」
愛生の背中は光を通すくらい澄んでいて、透き通るほど白く、綺麗としか言いようがない。
それでいて、しなやかで柔らかい質感は手に吸い付いてくる。
愛生の身体に俺の方から触ることなんて、いつぶりだっただろう。
確か、中学のダンスの時以来か。
あの時より、女性らしさが身体に表れていることを、触ることで再認識させられる。
水着姿から思っていたことだが、一丁前の女性になっている。
「んッッ」
「変な声をだすな」
「だって、でちゃうんだもん〜」
脇腹の付近は擽ったいようで、愛生は小さく喘ぐ。
イヤらしいことは何もしていないのに、そんな気分にさせられているような気さえする。
俺をその気にさせようも最後の悪足掻きだろう。
勿論、興奮しないと言えば嘘になる。
しかし、たった今、愛生と距離を置く覚悟を持ったのに、欲情に駆られるのは間違っている。
今はそう、素数を数えよう。心を落ち着かせるには素数と相場は決まっている。
2、3、5、7
「しゅんちゃん」
「なんだよ」
11、13、
「前は……しないの?」
一瞬、手が止まる。
振り向く愛生の横顔は魅惑的で、男の本能を刺激してくる。
愛生が妙に顔を赤くしているのは、暑さのせいだろう。
俺も日射病か、頭が朦朧としてくる。
15、17、19、21、、、、
あれ
素数ってなんだっけ?
「そこからは健全と言えませんね!」
現実に戻され、声のする方に向くと、仁王立ちのロリが立っていた。
「ロリ先生……」
「ロリじゃなくて石黒先生と言いなさい!というか、それは何ですか!?」
「これですか?普通の日焼け止めですけど」
「普通の……日焼け……止め」
ロリ先生は顔を引き攣らせたかと思うと、途端に顔を真っ赤にして恥ずかしそうに続ける。
「これは、だ…誰の持ち物ですか?」
「愛生、どういうことだ?」
「え〜?好きな人に振り向いてもらう為の日焼け止めって、自称魔女のお姉さんが言ってたよ〜」
「明らかに怪しいもんだろ!」
通りで、頭が浮くような妙な感覚になると思った。
使ったことはないが、たぶんそういう薬。または調合されているのだろう。
香りだけで効果があるのは、俺の耐性が低いのか、それともこの薬がヤバい物なのか。
一周目はこんな物を使っていなかったはず。
「ともかく、これは私が預かります!これは未成年には早いんですよ!気をつけて下さい!」
羞恥の混じったロリ先生のお叱りは可愛いものだ。
「は〜〜い。ロリ先生が使ってもいいんですよ〜」
「いや、私にはその……そういう人はいませんので……」
ロリ先生はバツが悪そうに視線を落とし、次第に顔を俯かせる。
「やっぱり教師って大変なんすね」
俺のフォローはロリ先生の気に触れたのか、今度は目から光が消える。
「そうなんですよ。日々業務が多くて、ただでさえ多忙だというのに、この見た目のせいでロリコンしか近づいてこないし、何なら誘拐まがいなことだってされたことがありますよ。世の中、無性の愛情なんて物はないんです。挙げ句の果てには、生徒には舐められる始末。教師としての幸せも感じないなら、何のために私は……」
「石黒先生には感謝してますよ!なぁ、愛生」
「そうですよ!先生って舐められてる訳じゃなくて、それだけ人気なんですよ〜!授業も分かりやすいので〜」
「ほ、本当に?」
「本当ですよ〜。何ならみんなに聞いてみましょう〜!ほら、先生早く行きますよ〜」
愛生はロリ先生の手を取り、会長たちがいるであろう方向に歩き出した。
こうして見ていると、姉が妹の手を引いて歩いているようだ。
ひとまず、ロリ先生の件はいいとして、愛生のやったことは後でしっかり問い詰めなければならないが、今はそんな気分ではない。
俺は、俺のできることをしよう。
そして、固い意志を持つのだ。
その選択が、間違いではないことを信じて。
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