運命的な邂逅とはほど遠い
樹と話していたらだいぶ遅い時間になっていた。
俺が学校から寮に帰って、考えもせずドアを開けると、愛生が薄着のエプロン姿で待っていた。
美少女がエプロン姿で帰りを待つのは、男なら憧れるシュチュエーションだろう。
いつも見慣れているとはいえ、だいぶ攻めてるな。
「ご飯にする〜?お風呂にする〜?それとも〜わ、た…s」
「そうだな、シャワー浴びるか」
「無視はひどいよ〜」
俺は抱きつこうとしてくる愛生を躱す。
「毎回やめろって」
「えへへ〜」
「本当にもうやめろよな。貰ってばかりだと逆に気分が悪くなる」
俺はテーブルに広げてある料理に目をやる。唐揚げにサラダにご飯。バランスの整った食事は考え抜かれているようにも感じる。
こんなに尽くして貰っているのに俺は何も返せるものがない。
ましてや、何度も告白を断っていて、流石に心苦しい。
「そういう律儀なしゅんちゃんが好きなんだよ〜だから気にしなくていいよ〜」
「学校では問題児扱いだけどな」
すると、愛生は思いついたように
「じゃあさ〜!演劇部に入ってよ〜!しゅんちゃんドラマ出てたし、演劇やったら楽しいよ〜!」
「昔の話だろ。今の部活は結構気に入ってるから、それはやめておきてぇな」
あの部室でダラダラと過ごすのは好きだ。それがなくなるのは避けたい。
「そっか〜また見たかったなぁ〜」
愛生は残念そうに笑う。
俺は小学校低学年の頃、子役として少しだけテレビに出ていたことがある。その時の芸名は「天童春」
左右対称の名前は真っ直ぐな信念という由来でつけられた。
あの頃は、言われたことを素直にこなし、下ネタスレスレのダンスを踊り、なんでもできた。
(黒歴史だからあまり知られたくはないが)
その度に、大人たちは俺を褒めてくれるし、みんな微笑ましい表情をするのが好きだった。
そして、子供番組に出演してそこそこの視聴率を得た俺は、2、3本のモブとしてドラマにも出演した。
その時、瞬間記憶は役にたった。
台本は一度で暗記できるし、大人の言うことには従順。
俺が笑えばみんなが笑顔になる。
純粋な子役の時の記憶はそんなものだったと今ながらにして思う。
ただ、あの時からだ
人を怖いと思うようになったのは
「まぁいつでも見学に来てよ〜待ってるからね〜」
愛生はエプロンをカバンに詰め込む。
前のめりになると胸元が露出し、俺は目のやり場に困る。上着を羽織った愛生は部屋のゴミ袋を持って玄関に向かう。
「今日は早いな」
「ちょっと用があるから〜ついでに明日ゴミの日だから出しておくね〜」
「おう、ありがとう」
愛生は靴を履いて振り向くと思いついたように俺に提案する。
「そうだ〜!今週末にデートして〜」
「は?デート?」
「一緒にお出かけしようよ〜それが私へのお礼〜」
愛生は上目遣いで俺を誘う。
あざといことをわざとしている自覚もあるようで、顔を紅くする。
慣れていないことをするからそうなるんだよ。
しかし、これも断り続けるのは心が痛む。
「あーーーーーわかったわかった。今週末ってことは明後日か。何も予定ないからいいぞ」
「本当に〜!?乗馬とかバレエのレッスンとか、何かにつけて断られると思ってたよ〜」
「そのチョイスは謎すぎる」
「じゃあ明後日空けておいてね〜絶対だよ〜」
「おう、じゃあな」
愛生は俺の部屋を後にする。
最後に笑っていたのは俺とのデートがそんなに楽しみだっただからだろうか。
愛生がゴミ捨て場にゴミ袋を置くと、結び目を解き中身を物色し始める。
「あった〜♡」
それはティッシュを何重にも重なっていて、臭い匂いを発している。
男子高校生のゴミ箱には確実にあるそれを愛生は愛おしそうに見つめるとカバンからポリ袋を出して中に入れる。
「恋愛に興味ないとか言っておいて、ちゃんとこうゆうことはしてるんだから〜」
愛生は艶かしい表情をする。誰にも見せたこともない目には、狂気的な愛が宿っていた。
※※※※※※※※※※※※
6月19日
「ふぁぁ〜」
昨日も遅くまで深夜アニメを見ていたせいか身体が鉛のように重い。
しかし、学校には行かなければならない。
不真面目な俺が学校に行くのは、後で面倒なことを言われるのが嫌だからだったりする。
「なぁ連絡先聞いてこいよ」
校門まで行くと男子生徒数人がコソコソ話しているのが目に入った。
「まだ男子で連絡先知ってる奴いないらしいぜ!これはチャンスだろ!」
彼らの目線の先には校門前で挨拶運動を1人でしている女子生徒がいた。生徒会長の神宮寺先輩だ。
大方、お近づきになりたい奴等の集まりだろう。俺は盗み聞きのため歩くペースを下げる。
そんなことなどお構いなく、ゴツい外車が横切りドアが開いた。
「君たちでは力不足だよ」
いかにも金持ちオーラを纏う男子生徒。良い所のお坊ちゃん臭が強い。そいつは会長に向かって歩いていく。
「会長!おはようございます!!」
「おはよう、君は永野くんだったな」
控えめな笑顔で挨拶する会長は絵になる。
キザ野郎にだって、あの笑顔ができる会長は素直に尊敬できる。
「この私、永野グループの御曹司、永野直人の名前を覚えて頂き、ありがたき幸せでございます!」
「君だけじゃない。この学園の全ての顔と名前くらい覚えている。」
え、マジか。俺もやればできるだろうが、流石にそんなモチベーションはない。
「つかぬことを伺いますが、連絡先を交換できないでしょうか?」
会長はキッパリと
「いや、今はスマホを持っていないんだ。すまない。」
チャラ男の魂胆をバッサリと切り捨てる会長。
それは清々しさまであり、ゾロがミ○ークに切られるような音が聞こえた。
しかし、めげてはいないようで会長に近づいて手を握る。
「わかりました!今度!またお聞きするのでその時はぜひ!」
側から見てると、ナンパをしているように見える。朝一でやる奴の気が知れない。
すると、会長は雑に手を振り解き、何も言わずに校舎の方に走っていった。
「会長!?どこへ!?」
口に手を当てた会長は、何も言わずに走り去ってしまった。
「会長、意外とシャイなんですねっ!そんなに私と連絡先を交換したかったなんてっ!それならここでずっと待っていますよっ!」
どこからその自信がでるんだよ。その楽観的な思考だけは羨ましいと思う。
朝から変なものを見た俺は、今日が分岐点になると思いもしなかった。
俺は朝にトイレに行く時は部室棟の方を使う。
これは新しい校舎では東京の駅のトイレのように並ぶことがあるからだ。
ほとんど使われてないし、急を要する時は確実だ。
「あーーースッキリーーーー」
手を洗っていると、隣の女子トイレから断続的に嗚咽が聞こえる。
それは悶え苦しむような過酷さが窺える。
紳士な俺はわかる。きっと生理痛だろう。
女性のそういうことは男子にはわからないことの方が多く、軽視されやすい。
人によって症状が様々であり、あまり重く捉えられることは少ない。ただ、、
「長くね?大丈夫か??」
俺はそっと女子トイレを覗くと、人の出入りがない。
しかし、嘔吐しているのか喘ぐ声はまだ聞こえる。
「確認するだけなら大丈夫だよな…?」
意を決して女子トイレの敷居を跨ぐ。個室を見ると便器の前で項垂れている女子生徒がいた。
「大丈夫ですか?って会長!?」
そこには、唇を青くしている神宮寺先輩が二日酔いのおっさんのように便器にもたれかかっていた。
普段の自信や品に満ちた面影などなく、怯えたような張り詰めた表情をしている。
「生きてますか!?…って死ぬわけないか。意識ありますか?」
「きみは?」
「一年の時透です!どうしたんですか!?」
「すまない。ちょっと体調が悪くてな…」
意識はあるが、声音に気力はない。このまま放置するわけにもいかない。
「肩貸しますよ」
「触るな!!!」
俺が手を差し出すと会長は声を荒げる。
それは反射にも近い反応で、俺は少し萎縮していまう。
会長は我に帰り、
「……その気遣いはありがたいが、保健室から先生を呼んできてくれ。その方がいい。」
「わかり……ました……」
俺はその場を後にすると保健室へ駆け足で向い、言われた通り先生を呼びつけた。
その後、会長は先生に連れていかれた。
「今日見たことは忘れてくれ」
最後に会長は細い声でそう言い残した。
結局なんだったのだろうか。
会長は何かと闘っているようにも見えた。
全てのことから逃げてきた俺からしたら、会長は何かから逃げずに向き合っていると直感的に理解はできた。
それが持病かどうかはわからない。だが、俺は会長の姿を見て哀れとは思わず、むしろ伝説の勇者のような尊敬の念を持っていた。
俺自身は忘れられないということを免罪符にして、「仕方ない」「どうしようもない」と闘うことすらしなかった。
でも会長は違う。辛くても向き合い乗り越えようとする背中は感動すら覚える。
この時から俺は、神宮寺雛菊という人物をもっと知りたいと思うようになった。
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