これは純愛ラブコメなのです2
「君はオタク女子とかどう思う?」
下に向かうエスカレーターに足を運ぶと、会長は俺に振り向いて唐突に聞いてきた。
この位置だと俺が上から覗くようなっていて、胸元が見えそうで、少し目のやり場に困る。
「普通なことじゃないですか?」
「普通か?」
前の会長は意外そうに首を傾げる。
俺の回答は、会長の想像と違っていたのかもしれない。
「そういうのはサブカルチャーって言われてますけど、もうカルチャーですよ。だからそれを嗜むのは、日本人として当然と言えます。あと、そこに男子女子は関係ないっすね」
「君らしい意見だな」
俺らしいとは、どういう意味だ?そんなに変な意見だっただろうか。
馬鹿にされてはいないと思うが、すんなり肯定されるとは思っていなかった。
「理屈っぽくて嫌になりません?めんどくさい自覚はありますけど」
「私が君の話しを面白いと思うから聞いているんだ。それに、堂々と自分の意見を言えるのは良いことだと、私は思う。だから、続けてくれて構わない」
「続けろって言われると言いにくいですね。まぁでも、結局は趣味なんで、程度の問題になると思いますよ。適切な距離感?みたいな」
「大人な考えだな」
会長は微笑すると、エスカレーターを跳ねるようにして降りた。
ふわりと靡く白のワンピースは踊るようで、後ろに纏めた髪から垣間見えた頸は魅力的に映る。
普段の服装と違っているだけで、こうも印象が変わるものなのか。
俺が会長に見惚れていると、エスカレーターを降りる直前バランスを崩しかけた。
「お、、っと。あぶな」
我ながら死ぬほどダサい。
しかし、会長には見られてないのでギリ耐えた。
2つの意味で安堵すると、俺は会長の隣へ足を並べる。
「大人でもダメな人間っていますけどね。ロリ先生だって、お酒飲みまくって、、、あ」
「石黒先生がどうしたって?」
「いや、何でもないです……」
先生が酔い潰れるのは臨海学校の日だ。
未来のことを言っても伝わるわけがないし、口を滑らせてもいいことなんて無い。
「とにかく、人にはダメな所の一つや二つありますって」
無理矢理な話の落とし所を表すように、向かっている出口の自動ドアが開く。
外はまだ日も出ていて、湿気を帯びた熱気が否応なく身体を包み込む。
今はまだ15時くらいだろうか。
汗だくになるの確定。
夏はこれだから嫌なんだ。
「この時間でも暑いですね、って会長?」
隣にいた会長がいないので後ろに振り向くと、会長は外に出たくないのか、ドアの前で下を向いている。
そんなに外に出たくないのか??
俺が会長の反応を待っていると、口から発せられたのは意外な言葉だった。
「そうなると、納得いかないな」
「いきなり何ですか」
「私だけ弱みを知られているのは納得いかない。君の他の弱みとかないのか?もう子役なんて大した意味はないだろう」
会長の訝しげな表情を見るに、どこか不満気だ。
確かに、今となっては俺が昔子役やってたことなんて、あの時は流れで気圧されてしまったが、今となってはほぼ意味はない。
だから会長が俺の弱みを握りたい理由は何となく分かった。
しかし、だ。
「えーーっと、特にはないですね」
「苦手なものとか、嫌いなものとか」
「嫌いなものとか、こと、、、餓死とか?」
「そういう概念とかじゃなくてだな。嫌いな食べ物とかないのか?」
「それこそ嫌いな食べ物はないっすね。食べられなくなることこそ嫌いです。それに、弱みなんて普通言いませんからね」
「それも、そうだが……」
会長はそれでも探るような視線を送っている。
どうしたものか。
こう言ってはなんだが、苦手なものがないわけではない。
でもなぁ、ダサすぎて言いたくねぇなぁ。
「あー、ただ夏の暑さは嫌いですかね。夕方になっても普通に暑いんで」
茹だるような暑さは嫌いだ。これも一応本心であるし、嘘ではない。
会長は熟考しているように見えたが、突然思いついたように
「そうか」
と不敵な笑みを浮かべた。
何かよからぬことを考えてそうだな。
そんな会長を半分無視して進行方向に身体を向けると、足音が近づいてくる。
駆け足の音は軽やかで俺のすぐ傍に来て止まる。
すると、手に何か柔らかい感触に覆われる。
「え?ちょ!!」
驚きのあまり身動ぐと、会長は意地悪そうな顔をして不意に俺の手を握っている。
俺が手を振り解こうとするも、強く握って俺の手を離さない。
「私が男性に触れる練習だ。付き合ってくれ」
子供っぽく笑う会長は、楽しそうではあるが、頬を赤くしている。
手をつなぐなんていつぶりかも分からない。
手はしなやかなで柔らかく肌に吸い付くようで、会長の光沢のある黒髪が肘の辺りをくすぐり、色んな意味でこそばゆくなる。
「いや、でも」
「私とじゃ不服か?」
「そういうわけじゃなくてですね。暑いので離れて下さい」
「それならちょうどいい。私にとっては嫌がらせができればいいからな」
暑さよりも別の理由で汗が止まらなくなるのが嫌なんですよ、なんて言えねえよな。
力を入れ過ぎない程度に身を引こうとするも半端な力では離して貰えない。
そして、振りほどこうと手の隙間があくと、すかさず会長は指を絡めてきた。
「そんなに、離れたいのかい?」
俺の時間だけ止まったようだった。
会長の魅惑的な上目遣いに、息が詰まる。
所謂恋人つなぎ。先程とは違って、触れ合っている面積と密着感がまるで違う。
しっとりとした手触りは対照して感情を痛烈に刺激する。
手をつなぐ程度、数々のラブコメで見てきた。どうということはない、、、そう思っていたのに、考えを上書きされるほど、鮮烈な感覚だった。
胸が高鳴りが異様に激しい。
心臓からの感情の濁流に脳が沸騰した錯覚すら感じる。
手汗とか今絶対にヤバい、この状況は、心臓に悪い。
「分かりました!ホラゲとかです!」
「ホラゲ?なんだ急に」
「ホラーゲームですよ、俺の苦手な物。後はホラー映画とか。お化け屋敷は問題ないんですけど、映像になるとダメですね」
会長はキョトンとしていたが、意味を理解したのか満足そうに口角を上げている。
「初めから素直に言えばいいんだぞ」
会長は満足したようで、やっと俺の手を離した。
「何言ってるんですか」
「私はもうちょっと、練習してたかったけどね」
「勘弁してくださいよ」
会長は余裕のありそうな足取りで俺の前を歩く。
形勢逆転とでも言いたそうな表情は、恥じらっているようには見えない。
動揺してたのは俺だけかよ。
汗をかいたのは夏の暑さのせいだと思いたくて、会長の耳が今日1番赤くなっているのを、俺は知るよしもなかった。
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