これは純愛ラブコメなのです
神宮寺雛菊は男性恐怖症である。
高校生の現在は日常生活に支障をきたさない程度に治っているが、昔はより酷かった。
男性を目の前にすると、呼吸が激しくなって過呼吸は当たり前。
大人の男性に頭を撫でられた時は、気を失って頭から階段に落ちそうになったこともある。
教師の猥褻行為や同級生のいじめによる負の相乗効果。
同じ場所にいるだけでも気分が悪くなる、それが当初のこと。
しかし、そんな彼女はどうしようもないと諦めることはなかった。
まずは自分を客観視し、偏見の原因を知った。
男性恐怖症のよくある対処法は、なぜ怖がっているのかの原因を知り、男性との関わりを増やしていくことらしい。
雛菊もその例に習い、男性と関わる練習をした。
雛菊の願いとしては、公園で出会ったあの子に頼みたいところだったが、たまたま出会っただけの人に会えるわけがない。
クラスの男子にはいじめられたことがあり、男性を見る機会で残った選択肢の中、一番手軽にできたのはテレビドラマなどで映像を見ることだった。
もちろん、テレビでさえも最初は簡単ではない。
例えば、殺人犯の男の狂気的な殺人動機には、一晩中吐いていたこともある。
それでも、男性を見る、会う、話すことを意識して、医師との相談や周りの助けも借り、その過程で、精神を強くするために男の子の口調にしたりもした。
そうして、紆余曲折はあったものの、クラスの男子や周りの男性とも少しずつ話ができるようになった。
触られることは治らなかったものの、日常的に男性に触れ合うなんてことそうは無いし、意識していれば回避できる。
そうして、現状を手に入れることができた。
そこからは趣味になるが、テレビで映像を見ていたら原作が気になってしまい、少女漫画や少年漫画等々、物は試しだと思って手を出し始め、数年経つとさまざまなジャンルを網羅するほどになった。
BLに出会ったのは、それからしばらくしてから。
「神宮寺さん、何読んでるの?」
※※※※※※※
「そうして、れいに出会ったわけだな」
「あー、そこで望月さんに出会ったわけですか。なんかすごく納得というか、そこからは想像できます」
会長に言われてついて来たのは建物内のオムライス屋。
昼食を取るという会長の提案で、すぐに入店できそうな飲食店を探したが、昼過ぎというのもあり、どの店も混んでいた。
その中で、この店だけは比較的空いていた。もしかしたら、人気がないのかもしれない。
けれど、店内は派手な装飾があるわけでもなく、落ち着いた雰囲気で、多少の雑談場所には丁度良く、そうして今、俺と会長はテーブルに向かい合って昼食を共にしている。
注文したオムライスは、愛生が作るのとはまた違ったドレスのようなオムライス。
濃厚なデミグラスソースが食欲を唆り、一口頬張ると舌にガツンとした旨味が響きつつ、卵のまろやかさがその旨味を包み込んで、芳醇な味わいで身体が満たされる。
しかし、男子高校生では少し量が物足りなく感じるので、食べる娯楽のようだと思って、美味さを噛み締めつつ会長の話しを聞いていた。
「やっぱり意外ですね。会長が腐女子だっただなんて」
「デリカシーがないのか、君は」
会長は深く溜息をすると、顔を俯かせて耳を赤くしている。
生徒会長は可憐で凛々しく清廉潔白という印象が強い。それは学校で生徒と教師でさえも共通認識のはず。
そんな会長が腐っていたのは驚きだ。
「もしかして、生徒会長やってるのって漫画買うためとかですか?」
「そんなことは……ないわけではない…」
恥じらいを含んだ会長の反応はまさしく、辱めに合う女騎士のようだ。
俺たちの学校は数万だが支援金が手に入る。
学校に通っていてお金が貰えるのは奇妙なことかもしれないが、もちろんタダというわけではなく、代わりに毎月血液の採取を行っている。
聞いた話によると、俺たちの血液は医学的にそこそこ重宝するらしく医療の進歩に発展してるとかどうとか。
そんな特殊過ぎる学校の生徒会なんて、立候補する生徒は少ないため、貰える支援金が少し多いのだそう。
「そんな恥ずかしがるものですか?流石に大袈裟ですよ」
今の会長は照れたかと思えば、急に冷静になったり、情緒が不安定だ。
俺の素朴な疑問に、会長は頭を抱えて項垂れる。
「私の作り上げたイメージというものがあるだろう」
「男性が苦手っていう方が意外でしたよ。それに今時、ボーイズラブが好きな女性なんて珍しくもないっすよ」
俺は真顔で言うと、会長は安心したように見えたが、何か煮え切らない様子で目を逸らす。
「そうかもしれないし、時透が理解しているのも分かってはいるが」
会長の声はみるみる小さくなっていき、
「好きな人には、バレたくないものなんだよ」
ポツリと無意識に言葉にしたのだろうか、普段の会長らしかからぬ声音で、よく聞き取れない。
「今なんて言いましたか?」
「何も」
会長は耳を赤くして言うと、オムライスを食べ進めた。
既に一周目と違うことをしているので、耳が不自由だと会話もままならない。
何度も聞くのも申し訳ないから、こういう時は話題を変えるのが一番だ。
「というか、一番ツッコミを入れたいのは、男性が苦手なのになぜBLにハマったのかってことですけどね」
俺の質問に会長は当然のように
「二次元と三次元を一緒にするな。それはそれ、これはこれ。君も分かっているだろ」
と分かるような分からないような回答をする。
「そういうものですか〜」
俺は納得したように頷いて、会長を見つめる。
普段とは違った会長の慌てている一面。
見ることのなかった恥じらう姿。
それに、外見も学校にいる時とは違った雰囲気の綺麗な服装。
その全てが可愛いらしいと思うし、それらを知れて心の底から嬉しいと感じる。
「なぜ笑う」
「え、笑ってるように見えました?」
「そう見えたぞ」
会長の不機嫌な表情を見ると、俺は失礼な笑い方をしていたのかもしれない。
「いやぁ、面白かったので。会長の弱い部分が見れてラッキーでしたよ。普段からそっちの方が可愛らしいと思いますよ」
「よくもまぁそんな臭い台詞が出てくるものだな」
「思ったこと言っただけですよ。あと、思ったことついでに聞きますけど、昔に言った「手を抜け」っていうアドバイスをしたのに、なんで本気に取り組んでるんですか。真逆じゃないですか」
子供の頃、公園で泣いていた幼い会長に、俺は「手を抜け」と言ったはず。
頑張ろうとしている姿が辛そうで、諦めさせたくて、そんな言葉を言ったのを俺は覚えている。
その時の不真面目になりたかった俺は「赤点取るなら道連れ」くらいの気分で、堕落の道へ誰かを誘いたかったのだと思う。
我ながら小学生にも関わらず卑怯な考えだ。
そんな自分が嫌いで、自分を信じられない。
だから、会長がなぜそこまで頑張れるのか知りたい。
「それは、私が好きな私でいるためだな」
会長が顔色を変えずに言ったのは、泥を斬るようなキッパリとした答え。
ただ簡潔で、それゆえに説得力がある。
そして曇りや陰りなどない透き通るような眼差しが、冗談ではないことを証明している。
あぁ、やっぱりこの人はすごい。
意思が真っ直ぐでブレなくて、だからこそ尊敬できる。
会長は一度大きな不幸を経験しているはずだ。
そんな中でさえも、自分を持って強くあろうとしている。
俺にはできなかった。
言い訳を並べて、理由を肉付けして、自分を変えなかった。
でも、もし今からでも変えられるなら、会長と対等に並んで支えられるようになれるなら、、
そうか、
もしかしたら俺は、会長のことを好きなのかもしれない。
……いや、違う。
でも、これは良くあるあれだ。
尊敬や憧れを恋愛感情に錯覚するようなものだ。
危ないな。
今更、恋なんてそんなこと…
「君こそ、何を悩んでいる」
「え?俺ですか?」
「最近、上の空な顔をしているからな。しかも、体調が悪いのかと思ったら、見透かしたような発言をしているじゃないか」
「何にも考えてないだけですよ。もしかして会長、俺のことずっと見てたんですか?」
俺は煽るように言うものの、会長はもう動じることはないようで、
「茶化して誤魔化せるほど私は甘くないぞ」
と訝しげに俺を見つめる。
会長にはこういう搦め手は通じないか。
俺は観念したように水を飲み、一息つく。
「期末テストの点数が悪かったんですよ」
「ほぅ、全教科8、9割とっているのが悪いのか?」
「なんで知ってるんですか!?」
俺の動揺する姿を見るや、会長はくすりと笑う。
「権正が生徒会室で悔しそうに言ってたぞ。また負けた〜って」
「あいつ、人の点数を勝手に」
「言いたくないならいい。そうゆう時もあるからな」
「本当に何も考えてないだけですって」
実際、二周目の人生なんて退屈な時間が多い。
覚えている会話。見なくても分かる人の行動。
しかし、呆けているのはダメだな。元役者失格かもしれない。
「それよりも食べ終わったら、行きましょうか。混んできたので」
「あぁ、ここは私が」
「いや、いいですよ。前に奢って貰ったじゃないですか」
俺は席にあるレシートが会長に渡りそうな所を奪う。
「でも、誘ったのは私だぞ。半分は払う」
「俺の気分が良くなるので、奢られて下さい。沢山質問してしまったので。それに、格好つけさせて下さいよ」
「そういうことなら、まぁ、、ありがとう」
そうして、俺はレシートに目を向けると、その額は4000円を超えていた。
オムライス2つしか頼んでないのに!?
人が少なかったのって、もしかして他の店より価格設定が高いからなのか。
頼んだ時は会長の顔色を窺い過ぎて、値段なんて見ていなかった。
「ここ、値段高めだろ。私は先輩だし半分は出すって」
俺が動揺しているのを見ていたのだろう、会長は財布を出そうとしている。
「いや、本当に大丈夫です!男に二言はないので!それに…」
「それに?どうした??」
「えぇと、俺は会長に、甘えられたいと、思ってますから」
「…………それって」
「今のなしで!会計行ってきます!」
動揺して出た本音に背筋がムズムズする。
今の自分の顔を確認したいけど、見たら死にたくなるのだろう。
そうして、俺は会長の顔を見ずに、その場を後にした。
「不意打ちなんて、ずるいよ」
俺は会計を済ませ店を後にすると、会長はドアの前で待っていたようだ。
「そういえば、君は何を買ったんだ?」
会長は俺の手にしている袋を見ている。
「これですか?愛生の誕プレですよ。会長たちはケーキですよね?」
「権正からは聞いてたか、良かった」
二日前、夏休みにも関わらず、ちょっとした生徒会の業務で生徒会室に行った時、アンナは愛生の誕生日ケーキのことを本当に言っていた。
一周目は寝ぼけていたようだ。
「会長はこれから何か用でもあるんですか?」
「いや、特には。ここに来たのは本を買うためだからな」
「じゃあ駅まで、行きましょうか。重いならそれ持ちますよ」
「気遣いは嬉しいが、大丈夫だ。この重さがたくさん買った実感を与えてくれるからな」
「オタクの発言っすねぇ〜」
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