リアルな難聴主人公に需要はあるのだろうか
突発性難聴。
急に片方の耳が聞こえなくなる症状を言うらしい。
過度のストレスからくるものらしく、芸能人が度重なる誹謗中傷でストレスが溜まり、突発性難聴を起こしたニュースを聞いたことはある。
しかし、いざ自分に起こると思いの外面倒だ。
会話は何度も聞き返してしまうし、英語のリスニングなんて、解答を知っていたからいいものの、右耳が聞こえない状態は縛りプレイのように感じた。
数々の人の死に様を目撃したから、ストレスで身体がおかしくなっても当然かもしれない。
今は、そういうことにしておこう。
俺の悪い方の勘は、当たってしまうような気がして、もしも、ループと関係しているとしたら…………
恐怖で身がすくんで、何もできなくなる気がした。
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テストは無事に終わり、この後は生徒会室に行って終業式の打ち合わせや段取りの説明を受けるはずだ。
俺は教室を後にして、生徒会室に向かっている。
まだループに関して分からないことは多いが、あまり1度目と違う行動を取ることはやめておいた方が得策だろう。
俺の場合、1周目と同じ動きをすることは簡単だ。
1周目の記憶は、嫌というほど焼き付いている。記憶力がいいというのもあるが、この数ヶ月はいろいろと濃かった。
球技大会の後には生徒会に入って仕事を振られたり、臨海林間学校に行ったり、加えて花火大会も行った。
全く同じことをするのは、普通は無理かもしれない。
しかし、俺に限ってはその心配はないし、演技と言うほどでもないが、悟られることなく平常運転をできる自信はある。
そもそも、誰も人生2回目なんて発想にはそうそうならないだろう。
だから、知っている解答を解答用紙に書き込む簡単な作業のようだ。
ならば、愛生と会長を両方を救うため、何の行動を変えればいいのか。
そこが最も重要になると思う。
まさか数々のタイムリープ系アニメを見てきたことが、こんな所で役に立つとは思わなかった。
俺は覚悟して生徒会室の前まで来ると、ノックをしてから中へ入る。
「入りまーす。お疲れ様でーす」
「だからね!この百合展開が1番いいの!分かるよね!ひな!」
「だからそういうのはもういいから。今日何回目だ」
「まだ3回だけだよ!」
扉を開くと、望月さんはスマホを片手に、会長に何かを熱弁していた。
そういえば、この時、望月さんが百合にハマっていて、生徒会メンバーに布教活動をしていた。
「おっ!瞬記くん、いいところに来た!百合は好きか?百合っていうのは、女の子同士の絡みのことなんけど!」
食い気味に問う望月さんに、俺は気圧されてしまう。
「え、えぇと、はい……ガッツリとした百合ものはそんなに見てないっすけど、まぁ、それなりに好きですよ」
「ほら、やっぱり!瞬記くんも言ってるじゃん!君はこちら側だと思ってた!こういう設定とか絵を描く人って天才だよね!」
目を輝かせていつも通りの奇人っぷりを表している望月さん。
そして、それを見ている会長。
…………良かった、会長が生きてる。
厳密にはあの時に死んではいないはずだ。
だが、あんなことがまた起こったら、きっとこの日常は崩壊する。
だから愛生を止めるためにも、俺がやらなければならない。
俺だって死にたくない。
ドアの前に立ちながら考え事をしていたが、覚悟は決まった。
「それこそ、生徒会をモデルにしたら、いい絵になりそうっすね」
何気ない一言に、望月さんは
「それ、いいね!採用!」
と、唐突に椅子から立ち上がり、宣言するように言う。
「「え?」」
「私が神作品を作る!なんかできる気がする!」
拳を強く握った望月さんは、自信に満ちた顔をする。
ちなみに、俺のこの発言のせいで、望月さんは生徒会をモチーフにした百合イラストを描くことになる。
しかも、来週の週明けの臨海林間学校の話し合いまでには生徒会メンバーの過激なイラストも書いていて、そのクオリティは素人目に見てもとても高く、どこに売っても買い手がつきそうなレベルだった。
しかし、そのイラストはよくよく考えると露出が多すぎて、性的消費される生徒会というのは、何とも言えない気分になったので、その時に俺は思考を止めた。
本来なら、会長、愛生、アンナのためには、再びこんな発言を不用意にするべきではないのだが、仕方ない。
だって未来が変わってしまうかもしれないから。どこのどんな発言で変わってしまうか分からない。
だから、俺のせいじゃない。世界が悪い。
「お疲れ様さまです、って何で突っ立ってんのよ。退きなさい」
「おぉ、悪い」
後ろから声をかけてきたのはアンナだ。
分かっていても、声をかけられているのか判別ができず、判断が遅れる。
「アンナたん!良いところに来た!」
「何ですか。気持ち悪いですよ」
「アンナたん、最近私に当たり強くない?まぁ、そういう所が可愛いんだけどね〜!」
「抱きつこうとしないでください!会長も何か言ってくださいよ!」
望月さんはアンナに抱きつき、必要以上に胸を揉む傾向にある。
卑猥にも見える光景が、今は何故か落ち着く。
俺はドア近くの椅子に腰掛け、この騒ぎを宥める。
「遅れました〜って何してるんですか〜?」
「おぉ!愛生さんとアンナたんの百合もの……………………いいね!採用!」
「深嬢も来たことだし、始めるぞ。れい、切り替えろ」
「は〜い」
経験した通り、今回は終業式の打ち合わせや段取りの確認だけだった。
終業式に関しては、会長の挨拶がある程度で俺たちは特にすることがない。
やはり、これも以前の7月15日と同じだ。
目を閉じて深呼吸すると、生徒会室のほのかな紅茶の香りが心地いい。
何もしなければ、この日常が壊れてしまうことを俺は知っている。
失って気づくことがあるとよく言うが、まさにその通りだと思う。
面倒だと思っていた生徒会の業務も板についてきたし、この場所が俺の居場所な気さえする。
だからこそ、守りたいと強く思った。
※※※※※※※※※※
「おー今日は来たか」
文芸部の部室に行くと、樹がだらしなく椅子に座っていた。
「暇そうだな」
「そんなことねぇよ。テスト勉強と動画編集もあるからな〜」
生徒会が早めに終わった今日は、久しぶりに文芸部の部室に訪れた。
ダラダラとしている樹は怠惰の限りを尽くしているように見えたが、そうではなかったらしい。
「それより、お前の生徒会の方はどうなんだよ」
「どうって?」
俺は椅子に座ると、樹の質問に耳をそばだてる。
「生徒会だぞ!美少女ぞろいの!!マジでハーレムじゃんか!どこの主人公だよ!」
「そんなんじゃねぇよ、恋愛中毒者が」
「そんなこと言って、めんどくさがり屋のお前が続いてるとか、誰か好きなんだろ!」
「そんなこと……ねぇよ」
この時は会長にキスされた後で、言葉に詰まってしまったんだったな。
会長とのキス、か。
「何だよ!その間は!あーあ、俺も生徒会入れっかなぁ〜」
「じゃあ人手がいる時は頼むわ。てか、お前は最近どうなんだよ」
「どうって?」
「You○ubeとかさ、金とか稼いでんの?」
「金はそこそこだな。でも、このままだと一発屋で終わっちまいそうでさ。だからいろいろやんねーと」
「ちゃんとクリエイターしてんだなぁ。チャンネル名〈不死身ニキ〉に変わってんじゃん。おもろ」
「おうよ!最近けっこう大きい会社から声がかかって、これからってところ。俺は伝説になる!今のうちにサインでもいるか?」
「そん時になったら転売ヤーになるわー」
「冗談のつもりでもゴミクズ極まってんなぁ」
会話まで忠実に再現していたが、やはり少し退屈だ。
たぶん、樹は今回の事件とはあまり関係がない。
少しだけなら問題ないだろう。
「なぁ、もしもドッキリでさ、未来人ドッキリとかするなら、どこまでやれば未来を知ってるって信じられると思う?」
「なんだよ、お前も動画投稿やりたくなったのか〜?」
「ちげーよ、ふと思っただけだ。で、どうなんだ」
「う〜ん、あれじゃね?競馬とかで勝ち続ければ、流石に信じるっしょ。だからやるなら、録画映像ってバレないように画面を編集して、ターゲットを騙すってことになるな」
「なるほどな。金が絡むか」
割と妥当な答えかもしれない。
確率の壁を越えれば、流石に信じる人は増えるだろう。
「けっこういい案だな!今度動画にしてみるかも」
その後、樹はYou○ubeでタイムリープドッキリを仕掛けたようで、動画の再生回数は100万再生以上に登ったが、それはまだ未来の話。
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仕事辞めよっかな、ははははは!
冗談です。
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