始まりから悲劇
7月15日。
気がつくと、俺は教室にいた。
しかも、教室全体が静かで皆んな机に向かって何か書いている。
授業中なのに、こんなにも教室が静かなのは珍しい。
直射日光が全身に当たる。今は昼過ぎらしく、窓際の席はどうしても眩しい。
俺は視線を机に移すと、数学の問題用紙と解答用紙がある。
今は期末テストを受けている最中のようだ。だから、静かだったのかと納得。
風で木が揺れ、解答用紙には光と影がさす。もし、必死こいて解答用紙を埋めるなら、この動く影は少しだけ悪要因になるかもしれない。
そんなことを思いながら、ただただ呆然としている。
テストが終わって、俺はただ呆けていただけか?
だが、それではあの痛みは説明ができない。
痛み……。
俺は首筋を触って確認するも、痛みもなく傷跡もない。
刺されたはずの右手にも何の跡もない。
全部夢だった……のか……?
俺は軽く安堵して、解答用紙に向かう。
全ての解答欄を埋め終えた後で、やはり呆けていただけのようだ。
しかし、この問題……………………………………
見覚えしかない。
問一から問六の答え、全て俺は知っている。ケアレスミスをしている俺の解答もそのままだ。
たまたま問題用紙に書かれた日付けに目がいく。
7月15日。
見間違えるわけがない。
教室を再度見渡しても、席の配置、黒板の時間割、風の強さ等、記憶が間違っているわけがない。
俺が忘れるなんてこと、あり得ないからだ。
見てきたものは、全部夢?だったか…………いや、夢にしては出来すぎている。
臨海林間学校は8/6、花火大会は8/26
共に夏休みに入ってからの出来事だ。
今はその1か月と少し前で、どう考えても記憶と辻褄が合わない。
今のここが死後の世界又は夢とか?
…………これはまぁないだろう。
もしくは、デジャヴに近い未来視か?
…………これも現実味がなさ過ぎる。
俺は一度死んだはずなのに……。
そう、死んだはずだ。
思い出すんだ、搾り出せ。
あの日、花火大会で生徒会メンバーで行って、屋台を周って、グダグダと喋って……。
それで、懐かしい廃工場に行って…………………………
それから…………………………
会長は愛生に殺されていて、俺も愛生に殺された。
思い出すと突然、どうしようもない吐き気に見舞われた。
俺はテスト中にも関わらず、勢いよく立ち上がると口を押さえて教室を出た。
「ちょっと、君!今、試験中!」
監視の教師の言うことに脇目も降らず、俺は廊下を駆ける。
何でこんなことになっているだ!?!?確かに愛生に首を刺され、俺は死んだ。
不死身だとして、生きているのはいい。じゃあ何で7月15日なんだ!?
意味がわからない、時間が巻き戻ったってのか!?
トイレに駆け込んだ俺は便座を勢いよく開くと、俺は胃の残留物を吐き出す。
「おゔぇぇ――――――――」
数分前にしたことを再度行う。
昼休みの後だからか、胃の中には昼食に食べて消化されるはずの物が便器に垂れ流される。
胃液で舌と喉が溶ける。また、涙も噴き出す始末だ。
身体から全てを出すことに、もう躊躇いなんてない。
苦しい、辛い、痛い、どうしてあんなことに…………。
記憶には鮮明に、鮮明過ぎるほどに焼き付いている。
会長の頭がコンクリから出てきたこと。
愛生が狂人になって襲ってきたこと。
理由は明確にあることを、何となく知っている。
吐き気が治まると、俺は目元の水滴を拭いながら考える。
愛生は死んでからおかしくなってしまった。狂人とも言えるほどに。
それはソウス特有の「死んだら脳の働きがおかしくなってしまう」ことだろう。
一方で、俺は死んでから1か月と少しの間の時間が巻き戻った。
巻き戻ったとすれば、妙にしっくりくる。
経験した事情と全く変わらないのだから。
チャイムが普段より小さく鳴り響き、テストが終わる合図を出す。
教室の方からは、解答用紙を回収する紙の音や椅子を引く音が微かにする。
俺が困惑している中でも、時間は止まってくれない。
一旦冷静になろう。
まず、なぜ巻き戻っているのかは分からない。
予想としては、ソウスの不死身という特性は俺のものに限り、死亡時に時間を巻き戻すという現象を引き起こすということだ。
不死身ならその場で傷が治り、五体満足で復活というのを想像していた。
しかし、そうではないのかもしれない。
俺は傷の治りが他の生徒と違って遅過ぎるし、そこは確かに違和感があった。
この違和感が科学的に証明されたわけではない。
これはただの予感だ。
…………もう一度死んだら、分かるかもしれない。
だが、俺にそんな度胸はない。
次は、本当に、死ぬかもしれないし、自殺する勇気もない。
もしくは、誰かに相談するか?
いや……ないな。ただのドッキリとか思われる可能性もあるし、俺でさえもループしたっていう確信が持てていない。
説得力のある説明ができないと、悪ふざけで終わってしまう。
ただ、悲観的に考え過ぎるのも良くない。
逆に、これはチャンスなんじゃないのか?
「おい、瞬記!大丈夫か〜?」
元の記憶を辿っていき、愛生を事故から守れば、助けられるかもしれない。
そうしたら、会長も愛生に殺されることもない。それくらいなら、俺にできるか?
…………やるしかない。
「おいって!いるんだろ!」
誰かがドアを強くノックしている。この声は、樹だ。
こんなに強く叩いて、俺じゃなかったらどうするんだ。
平静を装い、ドアのロックを外す。
「何だよ、お前他のクラスなのに」
「テスト中にトイレに駆け込んだのが見えてな〜。ゲロの音聞こえてたぞ。体調でも悪いのか?」
「え?なんて?」
樹は本気で心配しているようだが、肝心なことがよく聞き取れない。
「だから、体調でも悪いのかって!何だよ、難聴か?」
樹はより声を張る。やはり心配してくれていたようだ。
「いやぁ、そんなことねぇよ。マジで大丈夫。難聴とかアニメの主人公じゃあるまいし」
この時、自身のもう一つの違和感に気づいた。
耳が聞こえづらい、と思う。
特に、右耳の方はプールで耳に水が入った時みたいに聞こえにくい。
さっき吐いた時に、鼓膜が変になったのかもしれない。
「冗談言えれば大丈夫か!次のテストもあるし、じゃあな!」
樹は早足で教室に戻ると、俺は唾液をゴクリと飲み込む。
耳の調子は治らない。
俺も後を追うように、手洗いを済ませて教室へ行った。
俺は教室に戻って席に着くと、バッグからイヤホンを取り出し、スマホに接続する。
そして、そのまま右耳だけにイヤホンをして、音楽を聞く。
俺がよく聞く音楽は、その時期のほとんどがアニソンだが、アニソンも最近はバラードに近いものまで幅広くある。
最近(俺の体感では2か月前に)、よく聞いていた音楽を何気なく流すが、右のイヤホンから音楽は聞こえなかった。
音量を上げるも、何か振動しているような気がする程度で、再生ボタンは押しているし、音は流れているはず。
右耳のイヤホンを左耳につけ代えて、再び音楽を再生。
すると、大音量にしていた音楽が左耳に刺さる。
やはり、機器の不調ではないようだ。
俺はイヤホンを外し、自覚する。
―――右耳がほとんど聞こえない。
お読みいただき誠にありがとうございます。
ここまでを第1章にしようと思っています。これは章を跨いで展開が変わると考えているからです。
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