花より団子より愉悦5
「おゔぇぇぇぇ――――」
自身の胃液で喉が焼ける。
さっき食べたチョコバナナ風味の汚物は、留まることができず身体の外へ流れ出す。
そんな勢いよく地面に吐き出された吐物は、ベチャベチャと音を立てて流れ落ち、跳ねた液状の汚物が俺の靴を汚す。
死体を目にするのは、これで2度目。
人気俳優の謝罪会見なんて比にならないほどの過度なストレスに、吐き気が止まらない。
吐いて吐いて吐いて吐く。
感情のダムが決壊し、ストレスを溜め込まないために、文字通り身体から全てを吐き出す。
ストレスでどうにかなる人はメンタルが弱いだけかと思っていた。
違った。
これは支配への抵抗だ。
信頼、喜び、期待、怒り、嫌悪、悲しみ、驚き
全ての感情が、目の前の恐怖に支配されることを拒絶する。
だから身体が言うことを効かない。
その後、胃の残留物も出し切り、胃液で舌を溶かす頃には、どうしようもない脱力感に見舞われて俺は膝をつく。
「あ〜あ、大丈夫?」
いつの間にか近づいてきた愛生は、当然のように俺の背中を摩ろうと手を伸ばす。
その瞬間、俺はほとんど反射的に、愛生の手を払い除けた。
「人を、殺しておいて、何言ってんだよ!!!」
「殺してないよ〜?ただコンクリ詰めにしてるだけだよ〜」
「お前、狂ってる!!」
溶けた喉奥から何とか罵声を浴びせるも、愛生は満ち足りて充実しているようで、
「何でそんなこと言うの?」
きょとんとしていて、悪びれている様子もない。
…………俺のせいだって言うのか?
愛生があの時死ななければ。
林間学校の帰りに事故に遭わなければ。
俺が引き止めていれば。
うじうじしていたせいで、こうなったのか?
「可哀想だね、しゅんちゃん。そうだ!良いこと考えた!」
愛生は明るく言い、どこからともなくナイフを手にすると、唐突に俺の首目掛けてナイフを振り下ろした。
またも俺は反射で身体を動かすも、バランスを崩してしまい、手で防御する姿勢になる。
すると、ナイフは容赦なく俺の右手の平を貫通した。
「ぐ――――ッ」
血飛沫が宙を舞い、身を引こうとするが、突然の痛みが判断を遅らせ、足がもつれて俺は尻もちをつく。
愛生はそんな俺の動揺っぷりを見ると、即座に仰向けとなった俺に馬乗りになり上をとる。
愛生は両手でナイフに力を込める。
刃の向かう先は俺の首元。
女子の力とは到底思えないが、体重をかけた愛生に俺は必死で抵抗する。
ここで力を抜けば、俺の首は手と同様に貫かれることになるから。
何故か愛生は俺を殺そうとしている。
「一回死んでみるとね、スーって頭がすっきりして、良い気分になれるんだよ〜!しゅんちゃんも一回やってみようよ!」
愛生はナイフを捻り、俺の手の傷口をこじ開け、笑みを溢す。
悪意など微塵も感じさせない表情は心からの善意なのかもしれない。
ナイフから滴る血は俺の首筋を撫で、その生暖かさが死を予感させる。
俺と愛生の力比べでは俺の方が上だろう。しかし、馬乗りの状態は下の方が圧倒的に不利だ。
しかも、ナイフを止めているのが精一杯で、吹き出した血の量を見ると、力がなくなっていく。
「マジで、どうしちまったんだよ!」
「好きな人と同じになりたいって、そんなに可笑しい?」
愛生は首を傾げるとナイフをまたも捻り、俺の手の平から血が吹き出す。
愛生の淡いピンク色の髪に俺の血が付着するのも気にせず、より一層力を加える。
「大丈夫だよ〜ちゃんと気持ちよく逝かせてあげるから〜」
「やめろって言ってんだろーが」
俺の抵抗を物ともせず、俺の首にナイフの先端が触れる。
死ぬのか?愛生に殺される?
「……そこまで言うなら、やめようかな」
愛生は力を抜くと、諦めたようにため息をつく。
「は?おぉ」
愛生の感情の起伏が読めないまま、俺は手の力を抜く。
どんな気の変わりようかは分からないが、俺は死なずに済んd…
「嘘♡」
一瞬だった。愛生の言葉を鵜呑みして力を込めずにいた俺は反応が遅れた。
俺の首はナイフによって貫かれる。痛みも感じる暇もなく、一思いの一撃に痛みは遅れてやってくる。
痛みを感じる頃には、何もかもが遅い。
「えへへ〜ごめんね。こうでもしないと力抜いてくれないと思って〜」
溢れた血は俺の後頭部に広がり、温かいシャワーを浴びているかのようだ。
勃起した陰部は生きたいと叫んでいるが、目の霞とともに思考もぼやける。
「好きだよ、しゅんちゃん」
最後の花火が打ち上げられて、愛生の愉悦に浸る表情が見える。
綺麗なものを見た時や、どんなご馳走を食べた時だろうと見たことのない顔は、狂気的で病的な美しさがある。
愛生に殺された俺は、そこで意識が途絶えた。
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