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死んでくれたら、ありがたい


「深嬢、こんな所にいたのか。間違いかと思ったぞ」


「会長さん、ここまで来てくれてありがとうございます」


 愛生がいたのは、大通りから屋台がなくなり、少し歩いた海辺の廃工場。


 位置情報を頼りにしてここに来るまで、スマホの誤動作かと何度も感じたが、そうではなかったようで雛菊は胸を撫で下ろす。

 

 ドア等がないので、中に入ると砂埃にまみれたブルーシートや塗装の剥がれたドラム缶、変に曲がっている鉄パイプがそこかしこに置かれていて、不良の溜まり場を再現したドラマのセットのよう。


 壁やそこに連なる柱は、錆びついたチェーンやら鉄骨やらが絶妙なバランスで立たせているように見える。


 また、電気が通っていないのか、電球などの灯りはない。


 そんな荒廃した暗がりだが、天井もなく開けた構造になっているため、集中すれば顔色を窺える程度の月明かりはある。

 

 待ち合わせにはあまりに分かりづらい場所に愛生は1人で待っていた。

 

 愛生は雛菊を一瞥すると、不意にほくそ笑み、自身の髪をつまむ。

 

「どうした?」

 不思議そうにする雛菊に、愛生はいつも通りの笑みを浮かべる。


「いえ、何でもないです~。お呼びしたのは、ちょっと会長さんと2人でお話ししたいことがあったからなんですよ〜」


「何か相談とかか?2人で話したいことって。私で良ければ力になるぞ」


元々、雛菊がここへ1人で来たのは、愛生からのメッセージに

 (2人でお話ししたいことがあるので、できれば1人でここまで来て下さい)

と言われていたからだ。


 生徒会という役職の影響で、雛菊は生徒の相談を時々聞くことがあるが、こうした仲間の相談はあまりない。


 だから、自分だけに打ち明けてくれるというのは、雛菊は素直に嬉しく思った。

 

「ありがとうございます〜。そう言ってくれると思っていました〜」

 愛生は雛菊に微笑む。その笑みには噓偽りはない。


「それにしても、何でこんな場所でなんだ?」


「それはですね~地元の人達しか知らなくて、花火が近くで綺麗に見れる場所があるからなんですよ〜。しゅんちゃんにもさっき連絡しました~」


「そうなのか、流石は地元民。いい場所を知ってるんだな」

 雛菊は関心混じりに言うと、愛生は懐かしんだように工場を見渡す。


「それとここ、結構昔によくしゅんちゃんと遊んでたんですよね〜」


「こんな危なそうな所でか?あまり健全とは言えないな。年上に絡まれたりしなかったのか?」


「あはは〜、似たようなこともありましたけど、しゅんちゃんと私で返り討ちにしてたんですよ〜」


「え!?想像ができないな」


「まぁ2、3年上の学年ってだけで、本当の不良とかではないですよ〜。私たち色んな習い事してたので、その中に少林寺拳法とかもあって〜」


「それは、逞ましいな」

 人は見かけに寄らないものだと、雛菊は意外そうに呟く。


「習い事とかいろいろあって、しゅんちゃんと遊ぶ機会も本当に少なくなって、今となっては良い思い出ですよ〜」

 

 愛生は辺りをゆっくりと踏み締めるように歩き出す。


 ブルーシートの汚れを指でなぞり、次いで壁から吊るされたチェーンに触れると指を汚す。

 

 黒く汚れた手は、子供の頃の懐かしい記憶を思い出させてくれる気がして、愛生は思い出に(ふけ)る。


「そう、なんだな」

 

 愛生の言う、いろいろ、というのが瞬記の子役のことをさすのを雛菊は知っている。


 しかし、ここでは言わない。言うはずがない。


 それはたとえ、瞬記の幼馴染である愛生が知っていたとしても、雛菊と瞬記の間での秘密であり、口にしてしまうとその約束のような物がなくなってしまうと感じるから。


「それが相談と関係しているのか?」

 その言葉に愛生は足を止め、後ろの雛菊に振り向く。


「会長さんは、しゅんちゃんのこと、どう思ってるんですか?」

 愛生は顔を俯かせていて、灯りの少ないここで、表情は読めない。


「どうって………………大切な仲間だし、好意的にも思っているぞ」

 

 雛菊は困ったように言葉を詰まらせたが、愛生の真剣な声音に即座に気持ちを切り替えた。

 

 雛菊の心はもう決まっている。隠す必要なんてない。


 そんな雛菊の堂々とした答えに、愛生は冷笑する。


「会長は私がしゅんちゃんのこと好きなのは、知ってますよね?」


「そうだな。しかし、君の物ではないだろ」

 愛生の威圧するような物言いに、雛菊はらしくない口調で牽制する。


「確かに、そうですね。今は」

 今は、という言葉を強調する愛生。

 

「なら、私がたとえ時透のことを好いていても、問題にはならないだろ」


「それもう、好きって言っているようなものですよね」



 

「…………そうだ。私は時透のことが好きだ。深嬢にだって負けるつもりはない」

 一瞬沈黙した雛菊は、心の底から思うことを言う。


 雛菊にとって、異性を好きだと口にしたのは、これが初めて。

 

 口にするだけで、これまで意識していなかった淡い恋心が明確な形を帯び、こそばゆしく思う。


「会長さんは正直ですね。しゅんちゃんにもそうなって欲しいです」


「確かにな。しかし、そうやって律儀に悩んでるところもいい部分ではあると思うけどな」


「分かったように語るな……」


「ん?なんだって?」

 愛生のぼやきは雛菊に届かない。

 

「いえ!じゃあ私たちは恋のライバルってことになりますよね!私、普通の恋バナってあまりしたことないので楽しいです〜」

 

「そ、そうか?そう考えると、私は初めてだな。恋のライバル……か」

 雛菊の反応に、愛生は不思議そうに首をかしげる。


「会長さん?」


「すまない、嬉しくて。こんなこと考えもしなかったから」

 

「そう…ですか」

 

 恋のライバル。


 雛菊にとっては、瑞々しい果実のような爽やかに甘美な響き。

 

 そんな言葉は男性恐怖症の自分とは縁遠い存在だったからだ。

 それゆえ、こうして好きな異性を語るのが、どうしようもなく心地いい。

 

 加えて、他の女子が好いているということは、好きになった男が間違いないという証明でもある。


 信頼している仲間がライバルというのは世間では修羅場となるようだが、雛菊はそんなこと微塵も思っていない。


 正々堂々、好きになっていくことが、例え仲間であっても競い合い、その先に何があっても受け入れられる自信が彼女にはあった。

 

「だから、何と言うか…ライバルとして、負けないからな。これからもよろしく頼む」

 雛菊は誠心誠意の気持ちを思うと、浴衣の袖を捲り、自然と右手を前に出した。


「え?あっ、握手ですか」


「あ……すまない。嫌だったか」


「いや、その、右手は汚れてるので、左手でお願いします」


「そんなこと気にしなくてもいいんだが、そういうことなら」

 2人は固い握手を交わす。ぎゅっと音が鳴るほどに。


 雛菊は愛生からの意志のある強い握力に絆を感じていた。


 愛生もどちらも譲るつもりなど毛頭ない。


 そんな恋のライバルとしての言葉のない宣言
























 

 






 

 

 が








 



 


























 雛菊の左手の感覚は、鈍く歯切れのいい音と共に途絶えた。



 

「え?」

 

 手首の違和感に気づいた頃には、既に遅い。


 目の前の愛生の手には、人の手らしきものが握られていて、自分のがない。


 そう……………………手がないのだ。


 理解が追いつかず、脳がバグを起こす。


 バグを解決してくれたのは、激しい痛み。


「ァァァ――――――ッ」


 声にならない悲痛の叫びを上げ、左手腕を抱えるようにして雛菊はその場にうずくまり、愛生を見る。

 

 愛生の手には片手にナイフ、もう片方の手には切断された左手が握られていた。


 雛菊は本能で理解する。


 目の前の信頼していた女子は、握手を交わしていた相手の手を切り落としたのだ。


「関節を狙ったら一発だったか〜。私ってやっぱり天才かも〜。あ、しゅんちゃんがプレゼントしてくれた包丁研ぎのおかげかな〜きっとそう!」

 

 愛生は雛菊の左手を放り投げると、血塗られたナイフを見て恍惚としている。

 

 一方で、どうしようもない痛みが雛菊を襲う。


 汗が吹き出して呼吸が荒くなり、苦痛に怯えて声がでない。


 そんな雛菊は苦悶の表情を浮かべているのに、愛生は関心混じりに笑う。


「手首飛ばされてみっともなく叫ばないなんて、流石会長さんですね〜」


「どう――してッ」

 浴衣の袖は赤く塗られ、吹き出す血をなんとかせき止めている。

 

 雛菊は会話をするために喉を働かせて、絞るように言う。

 

「ライバルっていつか邪魔になるでしょ?それなら今仕留めないと」

 

 暗がりをも飲み込む黒い瞳をした愛生。顔に付着した返り血を手の甲で拭うと、雛菊を見下したように足蹴にする。


「本当は、しゅんちゃんと既成事実を作ろうと思ったんですけど」

 

 愛生は近くにあるドラム缶の蓋を開けると、中身を確認して目を細める。


「拒絶されたら、私どうにかなっちゃいそうだと思ったので、先輩には死んでもらいます。死ねないですけど!」


「――――――ッッ」

 そこにいるのは、知っている仲間の姿ではなかった。


 狂人だ、と雛菊は思う。


 こんな逃げ出したくなってしまう状況だが、それはできない。


 なぜなら、目の前の仲間を見捨てるような気がするから。


 雛菊は恐怖に抗うように、ゆっくりと立ち上がる。


「良かったですよ〜こうなることも予想して、浴衣じゃなく運動できる服で来て〜」


「深嬢――ッ、私たちは、仲間じゃ――ッなかったのか」


「会長さんはいい人ですね〜。でも……」


 愛生は雛菊に向かって駆け寄ると、ナイフを突き立てて、腹から雛菊の子宮に挿入する。


 無抵抗の雛菊は、ただされるがままに愛生に腹部を刺され、吐血。


「ァ――――――――ゴフッ」


 口や腹からの溢れる多量の血。


 暗く錆びついた場所でも、鮮血はハッキリと瞳に映る。


 身体が脱力し、雛菊の意識がなくなりかけた時、耳元で愛生は呟く。

 


「死んでくれたら、ありがたいです」

お読みいただきありがとうございます!


2週間ぶりの投稿になりました。


今回のこのシーンを書きたくて、この小説を作ったと言ってでも過言ではありません。


そのため、悩みに悩んだ結果、時間がかかりました。


誤字脱字の報告などしていただけると幸いです。


また、ブックマークは私のモチベーションに大きく繋がるので、是非ともよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 愛生が浴衣じゃないのが伏線だったとは!!廃工場で2人きりというシチュエーションでもうそろそろやばそうだなぁーとは思っていたけどもここまで愛生がおかしくなっているとは!!殺してしまうとは思っ…
[一言] とうとうやりやがったなって感じですww愛生が怖い
2024/02/28 11:01 きびだんご
[一言] 自分の推しが……会長…ぅぅ(´;ω;`)
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