花より団子より愉悦3
「意味わかんねぇーー」
「これが私の実力ってことよ」
アンナは振り向きざまに、見覚えのある勝ち誇った顔をする。
金魚すくいの戦績は俺が5匹、アンナはなんと脅威の9匹。
基本的にアンナはポンコツだが、ビーチバレーの時といい、時々妙なセンスを発揮する。
結果、5人で計10匹を持ち帰ることにして、俺たちは人混みを縫うようにして歩く。
「アンナたん上手かったね〜」
「先輩が変なこと言わなければもっといってましたよ。あと、その呼び方やめてください」
俺の前を歩く望月さんとアンナ。2人は同じように金魚の入ったポリ袋を片手にしていたが、笑顔な望月さんと無愛想なアンナの2人の対照的な顔つきは少し印象的だった。
というのも、途中、望月さんが
(金魚すくい上手い人ってH上手いらしい)
とアンナに耳打つように言った時、アンナは顔を赤くし、瞬間ポイは破けた。
それがなければ、もっと記録は伸びただろうに。
段々と人で溢れかえってきた大通り。
集団で密集することが憚られ、人混みを縫うように歩くと自然と二列になり、はぐれやすくなる。
「しゅんちゃんもやっぱり金魚すくい上手かったね〜」
そんな状況を待っていたかのように、愛生は俺の腕に抱きついてきた。
「どさくさに紛れて、そんなくっつくな。暑いから離れろ」
「え〜〜、この人混みだとはぐれちゃうかもじゃん〜」
俺が振り解こうとするも、腕を抱き寄せる力が思いの外強く、加えて、色々と当たっている。
当たっている……というか当てているのか……?
「だからって密着しすぎだっての」
「しゅんちゃんは私のだもん〜。ねぇ、私なら何でもしてあげるんだよ〜」
愛生は色っぽく囁く。
「なら時と場所を考えろ」
俺は呆れた口調で確認するようにいなす。
こう言えば、愛生はなんだかんだで身を引く。
そう、きっと何か見間違いだ。愛生の様子が変に見えたのだって、単なる思い過ごし。
思春期なら考え過ぎて勘違いしてしまうことなんて誰にだってある。
俺は悲観的に考え過ぎる。もっと楽観的に生きよう。
「そんなのが聞きたいんじゃないよ」
そんな俺の甘い思考は、愛生の暗い声音でかき消された。
「え、ちょいちょいちょい!」
愛生は俺の腕を抱き寄せ、無言で俺を身体ごと引っ張っぱると、人混みをかき分け、俺たちは大通りから細い路地に出た。
会長たちの後ろを歩いていたが、もうどこにいるのか分からない。
とにもかくにも、愛生の様子がおかしい。
「どうしたんだよ」
「私のこと恋愛対象として…好き?」
「だから、しつこi――――ッッ」
愛生の顔色を窺うと、そこには曇りのない愛憎があった。
殺伐した無表情ではない。愛と憎悪が混じり合って押し潰された感情。
それは狂気に満ち溢れ、普段の面影はない。
「ねぇ……答えてよ」
先程から転じて、酷く冷たい声をする愛生は、ただ俺を見つめて、俺を押すようにもたれかかってくる。
その瞳に光は反射せず、全てを飲み込む黒い目つきに思わず、
「やめろ!!」
俺は愛生の身体を跳ね除け、突き飛ばしてしまった。
あの時の、悪夢が正夢になった気がして、声が震えて身体の震えも止まらない。
「――――イッ」
愛生は室外機に右手をつき、転ぶことこそなかったが、手をついた場所には何かの金属片があり、愛生の右の掌からは血が流れる。
「ご……ごめん」
「わかったよ。じゃあ私ができるのは、どっちかだけ」
愛生が拳を強く握ると、傷は瞬く間に再生しているようだった。
その間に愛生は俺に背を向ける。
「は?何言って――どこ行くんだよ!」
愛生はそれから何も言わずに、路地裏の方へ走り去ってしまった。
表情が読めないせいで、泣いていたのかすらも俺には分からない。
「意味わかんねぇよ…」
愛生が無理矢理距離を詰めてきたのは、これで2度目だ。
もう2度としない、と言っていたけれど、忘れているかのように思える。
愛生が約束を破ったことはない。たかが口約束だろうとちゃんと守るような奴だ。だから、クラスでは人気者で影響力もある。
もちろん、突き飛ばした俺に非はある。感情的になるなんて俺らしくもない。
しかし、愛生の行動には不可解な点が多い。
「時透!こんな所にいたのか」
路地の方をを向いて思い悩んでいた俺に声をかけたのは、焦ったような会長だった。
たぶん、俺と愛生を探していたのだろう。
「すみません会長。1人になってしまって」
深く考えたくなくて、愛生のことは会長に伏せた。
「仕方ない、これだけ人が多いからな。顔色悪いようだが大丈夫か?」
「はい、問題ないですよ」
先程の一件は、特に言う必要もない。これは俺と愛生の問題だ。
恋愛なんてしないと、そう思っているのに。何故だろう。
会長と2人でいると、妙に意識してしまっている自分がいる。
もし、愛生が俺の行動で勘違いしているのだとするなら……
まさか、そんなわけない。これもまた、思春期特有の思い上がり。
自意識過剰にも程がある。
「時透は楽しんでるか?」
会長は一息入れるためか、コンクリートの壁に寄りかかり、俺に問う。
「そうですね。久しぶりに祭りにこれて、意外と楽しんでますよ。人混みには疲れますけど」
「そうか、ならここまで来た甲斐があったな」
「やっぱり、俺と愛生に気を遣ってくれたんですか?」
「流石に分かるか?」
会長は含んだような笑みをする。
「こんな所まで花火を見に行くのは、どう考えても何かあると思いますよ。こんな田舎に観光したい所なんてあるわけないですから。事故の件で言えば、俺はもう大丈夫です」
愛生が無事なのが分かってからは、悪夢に魘されることも無くなり、快眠とはいかないまでも眠ることが出来た。
「私も責任を感じているんだ。経緯はよく知らないが、林間学校2日目の午前中、深嬢が疲れていそうな時に、何もすることが出来なかったからな」
会長の反省を示すような言いように、俺は首を横に振る。
「そんなの関係ないですよ、きっと」
やはり、会長は優しい。そんな所が俺は……
「まぁ、花火を見たいというのも本当だぞ。都会の方の人が多すぎて遠くから眺める花火よりも、こういう所で近くで花火が見たいと思ったんだよ、みんなで」
「そうですね」
それまでに愛生に謝らないとな。
後、俺の気持ちを整理しておかなければならない。アンナにも言われたな。
(あんたは結局誰が好きなのよ!)
正論に言い訳ができなかった。俺が好きなのは……
下を向いて考え込んでいると、ふと会長の足の付け根が赤く腫れているのが見えた。
「会長、足どうかしたんですか?」
「あぁ、少し靴擦れしてるだけだ。多少の傷ならすぐに治るが、断続的だと治りが遅いみたいだ。でも大した問題ではない。それよりも、そろそろ全員合流するか。深嬢はどこにいるか心当たりはあるか?」
「いや……分かりません」
会長はスマホを取り出し、愛生に連絡しているのだろう。すぐ返信がきたようだ。
「ふむ。お、深嬢と連絡が取れたぞ。迎えに行くとするか。時透はれい達と合流してくれ。あそこにいるから」
会長が指差す方向を見ると、アンナと望月さんがトルコアイスのおじさんに弄ばれているのが見える。
あれっていちいちムカつくんだよな。
「分かりました」
「じゃあ、後で合流しよう」
会長は踵を返すと、違和感のある足取りで行ってしまった。
絆創膏でも持ってくればよかった。
すると、突然俺のスマホに知らない電話番号からの着信がきた。
フリーダイヤルなら基本無視だが、それ以外なら出た方がいいだろう。
「はい?もしもし」
「時透くんですか?良かった繋がって」
この声はまさか―――
「ロリ先生ですか?」
「誰がロリですか!石黒先生と呼びなさい!」
このキレの良いツッコミ間違いない。
「あーはい、良かった。本人ですね」
「そんなことより、確認したいことがあって連絡しました」
「はぁ、なんですか?」
先生からの直接の電話なんて、ロクでもない話だ。課題のことか、生徒会の業務のことか、想像に難くない。
「それがその……私の所属してた海外の研究チームにいる友人がソウスの死亡事例を研究していて、新しく分かったことがあるんです」
「え、新しく分かったこと?そんなの俺に言ってどうするんですか?」
予想だにしないロリ先生の発言に、俺は驚きを隠せない。
「しばらくしたら公表されるはずなので、もう言ってしまいますけど、ソウスの人は死んでしまうと大脳新皮質のなかにある特に「前頭葉」と呼ばれる場所が働きにくくなり、大脳辺縁系が活発に動くことがわかったんです」
前頭葉……?大脳……??
「もうちょっと馬鹿にも分かりやすく言ってもらえませんか?」
「簡単に説明すると、理性的な行動より情動的な行動をとるということです」
ほう、なるほど。
「なんでそれを俺に?」
「深嬢さんの様子がおかしくないか、確認しておきたかったんです。数週間前に事故に遭って一度亡くなっているはずなので。深嬢さんに連絡しても、一向に電話に出るけはいがなかったから時透くんならと……。傷害事件を起こすケースもあるようだから心配で」
ロリ先生は不安そうに言う。
違和感が確信に変わりはじめ、嫌な予感が脳裏によぎる。
愛生が人を傷つける?
いや、そんなわけ……
(わかったよ。じゃあ私ができるのは、どっちかだけ)
「今、地元の花火大会に来てて、愛生とは別行動なんで、急いで探してきます」
もしも、愛生が誰かを傷つけることがあるなら……。
そんなことあるわけないが、自分の目で確かめなければ俺の気が済まない。
愛生の違和感の正体がもしそうなら、急いで止めないと。
「それともう一つ伝えt――ブッ」
俺はロリ先生の電話を切り、人混みを掻き分けて走り出した。
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