平和で最高の穏やかで緩い日常回
「クソゲーだったなーーマジでクソ」
「敗者は黙って手を動かしなさい!ほら!早く洗って!」
古びた蛇口から冷たい水を激しく噴射させ、俺はアンナに言われるがまま、飯盒を水洗いしている。
海で遊んでから数時間後、夕暮れになり少し肌寒さを感じる夕暮れ時。
8月なのに涼しいのは、俺たちが海から移動して山にいるからだ。
辺り一面は雑木林なのだが、ここは木で作られたテーブルや長椅子があり、炊事場が併設され、少し歩いた場所にバンガローがある。
そう、この山は今日の宿であり、林間学校での肝となる飯盒炊爨とカレー作りができる施設である。
海で遊んでたって??
そんなの思い出したくもない(死ぬほど記憶に残っている)
風が吹くと木々のせせらぎが耳に心地よく、自然を感じる良い場所であるが、俺は悪態を吐きながら洗い物に励む。
「納得いかねーーー。先輩のおかげのくせに」
「敗者が何を言っても負け犬の鳴き声ね!」
「遠吠えな。ええと、洗い終わったら米を研いで30分放置かー」
俺は〈飯盒炊爨 やり方〉で検索したスマホ画面とアンナを横目にして、米を研ぎ始める。
アンナは海の時から一転、上機嫌に俺をパシっている。
なんでこんなことしてるかって?
理由は、単純。俺のチームがビーチバレーで負けたからだ。
昼のビーチバレーでは、俺、樹、愛生のチームと会長、望月さん、アンナのチームに分かれ、夕飯の当番を賭けてゲームをした。
ちなみに、俺の想像では上手さはこんな感じ。
会長 = 愛生 = 望月さん >= 樹 > 瞬記 >>>>>>>> アンナ
だから、チームの力量的には互角程度に分けることができたと思う。
そのおかげか、ゲームは一方的な展開になることがなく、拮抗することが続いた。
しかし、勝敗を分けたのはたぶん、、、
「なんで俺のサーブはお前の顔面にばっか当たるんだよ」
俺は思い出したようにポツリと呟く。
球技大会のために練習した俺のジャンプフローターサーブは無回転でボールの軌道が読みにくい。
よって、レシーブしづらいサーブのはずなのだ。
しかし、アンナ相手だと吸い込まれるように顔面レシーブをするので、その後に望月さんがトスをして、会長がスパイクを決めるという流れが確定する。
ジャンプフローターの対策はアンナをレシーバー(顔面)にすることらしい。
「悔しい気持ちは分かるけど、勝ちは勝ちなのよ!」
スク水や顔面レシーブの件を忘れたようで、アンナは誇らし気な顔をする。
理由はたぶん、勝利を手にする機会が少なすぎるせいで、感覚がバグっているからだ。
なお、顔面レシーブを連発して赤くなっていた顔は、すでに元通りに治っている。
流石の俺でも、女子の顔に何発もボールを当てるのは心が痛むので、ソウスじゃなかったら罪悪感を持ってたかもしれないな。
たわいもない話をしていると、米を研ぎ終わり、水を一定量入れて蓋を閉める。
「とりあえず完了っと」
基本働きたくはないけれど、一仕事終えると達成感は生まれる。むしろ、何もしていない時の方が辛い時もある。
「後は火を起こして待つだけか。暇になったらサラダとかだっけか?」
「サラダなら仕込みはもう終わっちゃったわよ」
「は?早すぎね?」
「あんたが遅いのよ。私がやった方が早かったくらいよ」
「え、なんで料理スキルは高いんだよ。料理下手な感じで愛嬌あるもんだろ、普通」
「あんたドMだったのね。殴られたいならそう言いなさい」
「すいませんでした」
男が女を殴るのは社会的にダメなのに、なぜ女が男に手をあげるのは割と肯定的な風潮があるのだろう。
何はともあれ、俺たちの仕事はほぼ終わったな。
俺とアンナは飯盒炊爨、愛生と会長はカレー作り、樹と望月さんは火起こしと各自で仕事は分担している。
カレー作りの手間が1番かかるはずで、俺は料理台に向かい、
「カレーの方は良さそうですか?何か手伝えることあればやりますよ」
と、言うも
「特にないかな〜大丈夫〜」
と愛生は野菜を切る手を止めずに言う。
調理台の前で愛生は慣れた包丁捌きで、ピーラーもなしに人参やジャガイモの皮を剥いている。
職人の技のような洗練された動きは、目が離せないようで隣の会長はじっと愛生の手元を見ている。
「深嬢はいつもこんな感じで作ってるのか?手際いいな」
「そんなことないですよ〜普段からやってるだけです〜」
会長は愛生の手際に感嘆を漏らしながら、切られた野菜を鍋に入れている。
包丁は一つしか持って来なかったようで、実質食材を切るのは愛生だけだ。
愛生の料理姿は見慣れているが、こうして正面からマジマジと見るのは久しぶりな気がする。
さて、カレーは順調となると、
「火の方はどうですかー?」
「一つは出来てるよ。今もう一つできそう」
と望月さんは細い木の枝をバラバラに組み、真ん中の着火剤に火を付ける。
みるみるうちに細い枝は火を受け取り、木の水分が弾ける音が小さく鳴る。
「先輩、火おこしめっちゃ上手いっすね!」
樹は隣で片方の火加減を調節しながら、陽気に言う。
樹と望月さんも順調そうだ。
「じゃあどうすっかな」
やることがないのはいい。しかし、みんなが作業してるのに、俺だけ手持ち無沙汰にしてるのも暇で死んでしまう。
「みんにゃ〜頑張ってるね〜〜」
「お、ロリ先生。って酒!?」
後ろから絡んできた幼女(先生)は、缶チューハイを手にしていて、その光景は犯罪的であり度肝を抜かれる。
しかも、呂律はまわっていないようで泥酔している様子が窺える。
大丈夫か?通報されないか??
そして、先生のはずの幼女は気分良さそうストロング9%と書かれた缶を勢いよく飲み干す。
「くぅぅーー!!こんなに飲むのに〜〜まーーた、年齢確認〜されましたよ〜。本当に私は、もう、大人なんですから〜」
「水も飲んで下さいね」
俺はため息混じりにいうが、ロリ先生は聞いていないようで、即座に2本目を開ける。
というか、生徒がいるのによく酒が飲めるな。それだけ生徒会は信頼されてるということなのか。
「私は今日〜頑張った!だからーーお酒ーー飲みます!!」
なんだろう。やはり、コンプライアンス的にこれは大丈夫なのだろうか。
酔っ払ったロリ先生を見て、こうはなりたくないと、きっとここにいる全員が思った。
※※※※※※※※※※※※
「みんなカレーはあるよね〜!ご苦労様ぁ〜!いただきますと、そしてかぁんぱぁい!!」
「「「「「「いただきまーす」」」」」」
いただきますの挨拶はいつぶりだろう。中学生以来か?
俺たちはカレーライスとサラダを並べてテーブルに着き、食を囲む(先生は泥酔)
カレーはスープというよりはドロドロの食べごたえがあるタイプで、俺はこっちの方が好きだ。
肉以外、野菜は細かく切られていて溶け合っているので、大きくないスプーンでも食べやすい。
また、米も上手く炊けたようで、白く光沢のある輝きを見せる。
全員ほぼ同時にカレーを口に入れ咀嚼すると俺たちは目を見開く。
「うんめ〜〜!!」
「美味しい。さすが、ひなと愛生さんだね」
「マジで旨いな」
初めに感想を言ったのは樹と望月さん。俺も次いで率直な感想を述べと、各々カレーを貪るように食らう。
会長は首を横に振り、
「私は食材を持ってきたりしただけで、ほとんど何もしてないぞ。深嬢が分量の調節をしたんだ」
というと、
「大袈裟です〜。カレーはどう作っても美味しくできますよ〜」
愛生も左手を振り否定する。
外で食べる飯は上手く感じるのか、それとも協力して作ったからか、こういったご飯はいつにも増して美味しく感じる。
しかも、店でよくあるカレーはスープカレーのようなものが多いため、野菜がドロドロに溶け合った家庭的なカレーは、料理をしない者にとってはあまり食べる機会がない
「いつもスープカレーっぽくなっちゃうから、こういう食べる感じのカレーは新鮮です」
同じ感想をいうアンナの皿には、もうカレーは残っておらず、2皿目をよそいに席を立つ。
こいつ、マジでよく食うよな。
「あーーわかる。カレーは飲み物って言うけど、これはじゃがいものデンプンが溶けて、ドロドロの食べるカレーになってるよね!」
望月さんは絶賛。
すると、会長は思い出したように愛生に問う。
「具材を細かめに切ったのは、火の通りがいいからか?」
「そうですよ〜。あと、好き嫌いがあっても食べやすいんです〜」
「俺、人参苦手だからありがたいわー!マジで気にならない!」
満足げな顔をした樹も一瞬で食べ終えたようで、2杯目を盛りに離席する。
愛生のカレーは大好評で、いつもその料理を食べている俺は幸せ者なんだと再認識する。
今日の臨海・林間学校の話を聞いた時は面倒だと感じていたが、来てよかったと改めて思う。
数少ない友人、面倒だと思っていた生徒会の業務、
こんな風にいつまでも平和ならどれだけ良かっただろう。
そして、ロリ先生は何本目かも分からない缶チューハイを開けた。
※※※※※※※※
日が沈み電柱の輝きに虫が集る。俺たちはカレーを食べ終え、後片付けをしている。
今日は海で遊び、米を炊き、夕飯を食べ、本当に楽しかった。
しかし、しかしだ、
俺たちは1つだけ心配なことがある。
「先生、流石にその辺にしといた方がいいんじゃ…?」
「そうですよ!私が襲っちゃいますよ!」
「本当に動かないとヤバいですよ。望月さんはガチっす」
会長や望月さん、俺が声をかけても、ロリ先生は飲酒をやめる様子はない。
ロリ先生は長い缶チューハイを10本以上も並べて机にうつ伏せている。
明日帰るための車の運転手は、泥酔してろくに立てもしない。
2日酔いのまま運転されて事故でも起こしたら俺たちの命に関わる。
……まぁ死なないんだけども。
てか、一体この小さい身体のどこに5リットルも液体が入るんだ?酒強すぎだろ。
「私は〜〜お昼頑張ったんですよ〜〜〜。いいじゃぁーーーないですかーーー!上手く予約できてなくて、色んなケーキにゃ…周ったんですよ!」
「先生、それはちょっと」
会長は小声で先生に口止めを促しているように見えるが、泥酔した幼女に効果はない。
「ケーキ屋って何のことですか?」
「あれ?瞬記くん知らないの?」
俺が問うも、望月さんは驚いたような顔をする。
本当になんのことなんだ?
「ケーキがどうかしたのかよ?あ、片付け終わりました」
「ケーキ〜?」
樹と愛生も会話が聞こえていたらしく、片付けを終えて首をかしげる。
会長は大きく溜め息をつくと、望月さんと目を合わせる。
「バレちゃ仕方ないな。れい、少し早いけど、持ってきてくれる?」
あいよーと、望月さんが相槌を打つと、駆け足で何処かへけえていった。
「あれ?望月さんどこ行ったんですか?」
アンナも片付けを終えたようで、望月さんとすれ違って帰ってきた。
会長は和かな笑みを向け、愛生を見る。
「深嬢は今日誕生日だからな。祝うために先生に誕生日ケーキを買ってきて貰ったんだ。16歳の誕生日おめでとう深嬢」
「え!?深嬢って今日誕生日だったの!?言ってくれよマジで」
樹は目を見開き、悔しそうにいう。
「権正から聞いてなかったのか?」
会長は意外そうに俺たちを見る。
「私はこいつに言いましたよ。本郷にも伝えるようにって」
アンナは俺を指差していう。
「え、そんな話聞いてないんだけど」
「あんたには言ったじゃない。そうしたら、半目で頷いて、「おー」っていってたわよ」
「完全に聞き逃してたわ」
「なんだよ!言われれば準備したのによ!何も準備してねーよーー」
「あ、ありがとうございます。私のためにそこまでしてもらえて」
愛生は感謝よりも戸惑いの方が大きいようで、申し訳なさそうにする。
急に先輩から誕生日を言われたらそうなるのも無理はない。
もちろん、俺は愛生の誕生日自体は忘れたわけではない。
誕生日プレゼントだって一応用意してある………………今が渡す時だな。
「ケーキは知らなかったけど、プレゼントならあるからちょっと待ってろ」
俺は持ってきていた大きめのバッグからラッピングされた袋を取り出す。
実を言うと、渡すタイミングがなくて、今日は常に持ち歩いていたのだ。
本来なら、しれっと2人きりになった時にでも渡すつもりだったのだが、そのタイミングはなかった。
いちいちタイミングを考えるのも面倒だし、今のうちがいいだろ。
俺は平静を装いつつ、そして自然体で、絶対に悟られないように愛生にプレゼントを手渡す。
「誕生日おめっとさん」
俺からのプレゼントに、愛生は嬉しそうに頬を緩ませる。
「えへへっ〜ありがと〜。開けてみていい?」
愛生は慣れた手つきで紐を解いて中身を見ると、一見しただけでは分からなかったようで目をパチクリさせる。
「ナイフシャープナー?」
俺のプレゼントは大きな溝のある形状をした、包丁を滑らせるだけで簡単に刃を研ぐことができる包丁研ぎ。
2つの独立したタングステン製の砥石の間に包丁を滑らせるタイプで、値段も学生に優しい。
「前に、包丁の切れ味悪いって言ってたろ?だから使えるかと思って。いらなかったらメル○リで売ってくれ」
愛生の誕プレは死ぬほど考えた。軽すぎず、重すぎない絶妙なラインを攻めたつもりだ。
「ありがと〜!ちょうど欲しいと思ってた物だよ〜。本当にありがと〜!」
愛生の満面の笑みを見て、この時だけは、プレゼントしてよかったと心の底から思った。
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