幼馴染との変わった日常
6月17日
俺は時透 瞬記――平均的な身長と体重だが、普通とは少し違う高校一年生。
「ただいま〜ってやっぱりいるのか」
日が落ち、俺が寮に帰るとキッチンに明かりがついているのが見えた。
7畳の1Kで玄関のドアを開けたらすぐキッチンの1人用の部屋。
勉強用の机、小さめのテーブル、ベッド、座り心地の悪い椅子が2つある。
男の一人暮らしなら、掃除の手間も少ないしちょうどいい。
そんなありふれた部屋で、誰かが俺より早くこの部屋で料理を作っている。そんな人物1人しかいない。
「しゅんちゃん、おかえり〜」
キッチンから幼馴染の愛生の陽気な声がする。
深嬢 愛生ーーー俺の幼馴染で同級生。赤みがかった肩までかかる髪に、透き通った朱色の瞳が印象的な美少女。
しかも、出るところは出ていてスタイルも抜群。運動も勉強もできて人当たりも良く、明るい性格でクラスでは人気者である。
俺からしたら、幼馴染でなければ接点のない女子だ。
包丁で野菜をを刻む音は手慣れていて、手際の良さが伺える。
「おかえり〜じゃなくて、ここ男子寮だぞ。毎回毎回どうやって入ってくるんだよ。」
「え〜?合鍵はしゅんちゃんがくれたんじゃん〜」
「予備の鍵がなくなってたのはそのせいか…」
俺は深くため息をつく。学校にバレたらどうすんだよ。
この学校ではもちろん男子寮と女子寮で分かれている。
場所は急に作られたため、全員同じ建物ではなく、男子寮、女子寮で各々数十ヶ所点在している。
けれど、愛生の寮からは自転車で数分とそれなりに近いため、愛生は料理を作るためと称して、頻繁に俺の部屋に訪れるのだ。
「男女の寮の移動は禁止されてるだろ」
俺の言い分に愛生は包丁の手を止める。
「不真面目なしゅんちゃんに言われたくない〜」
まとも過ぎる答えに俺は何も言い返せない。
俺は授業中に居眠りばかりしているのに対して、愛生は優等生だ。
だから俺が正論を言っても説得力がない。
「そもそも飯は自分でなんとかできる」
「えぇ〜〜だってしゅんちゃんカップ麺くらいしか食べてないでしょ〜」
ほんと私がいないとだめなんだから〜と、愛生は笑みをこぼしキャベツを切り始める。
「失礼だな。近くにす○家とか松○とか○亀製麺があるし、冷凍パスタだって常備してる。」
す○家はチーズ牛丼、松○は牛丼と味噌汁、○亀はぶっかけうどんと、俺はほとんどルーティーンのように食している。
男の一人暮らしなんて、みんなそんなもんだろ(偏見)
「栄養が偏るでしょ〜もうご飯できるからちょっと待ってて〜」
そう言い放った愛生はそそくさと支度をする。
「明日は月に2回の献血なんだからいっぱい食べてね〜」
「そうだったっけ?」
「嘘ばっかり〜しゅんちゃんが忘れるわけないじゃん〜」
愛生はテーブルにオムライスとサラダと味噌汁を置いた。俺はカバンを机の上に置いて、テーブルの椅子につく。
「ほら、しゅんちゃんの好物のトロトロオムライス!召し上がれ〜」
愛生は包丁で卵に切れ込みを入れる。卵は切れ込みを入れた真ん中から崩れるようにライスを覆う。
高そうなレストランでよく見るやつだ。
ここまでのクオリティだと、感謝よりも申し訳なさの方が勝つ。
「悪いな」
「そこは、頂きます!でしょ〜!私が好きでやってるからいいの!」
愛生に促されるまま、俺はスプーンを手に取り、両手を合わせる。
「いただきます」
俺はオムライスを口一杯に頬張る。コクのあるケチャップライスが柔らかい卵に包まれる。ボリュームはあるのに重く感じない。
やっぱ、どちゃくそうめぇな。
「おいしい?」
「うまいよ。ありがとな」
愛生は嬉しそうに微笑む。
こんなことをされても俺には返せるものがない。
「お返しのことを考えてるなら私の彼氏になるっていうのでいいよ〜」
「それはない」
「なんでよ〜〜」
俺はいつもの通り愛生をあしらう。
「いつも言ってるだろ。俺の母親がお前の父親にしたこと」
「でもそれは私たちには関係ないじゃん〜!」
「大ありだろうが」
愛生はむぅぅぅと頬を膨らませる。
こんな美少女に胃袋を掴まれ、好きだと言われたら普通の男なら即座に首を縦に振るだろう。
しかし、お互いの親達が過去に起こした事で、俺たち家族間には大きな溝がある。
そんな中、愛生と付き合うなんて万に一つもない。
「あ〜!林檎買ってきたから今から剥くね〜!」
親の話をすると愛生はいつも会話を切り捨てる。愛生にとっても盛り上げたい話ではないだろう。
キッチンに戻った愛生は急ピッチで皮を剥く。それは焦っているように見えて、俺は思わず口を挟む。
「そんな急がなくてもいいぞ。危ないだろ。」
「なに〜?振った女の心配〜?しゅんちゃんは優しいなぁ〜〜〜イタッ」
「おい!大丈夫かよ!」
俺が愛生に駆け寄ると、包丁で切られた愛生の左の親指から血が垂れいた。
「あ〜やっちゃった〜でも大丈夫〜!すぐ治るから〜」
愛生は切った親指を右手で覆うように握りしめると、数十秒をせずに傷は治っていた。
これが手品であれば安堵するが、俺たちはそうではない。
「治るからって気をつけろよな」
「えへへ〜ありがと〜〜〜」
普段なら愛生がこんなミスをするはずがない。
体調が悪い時を除いて、愛生のミスを探す方が難しいレベルだからだ。
幼馴染の俺だから分かるが、愛生は確実に無理をしている。
勉強と部活に俺の寮に来て料理までこなし、疲れているのだろう。
「ちゃんと寝てるのか?」
「寝てるし〜、最近私に合ったリフレッシュ方法があるから大丈夫だよ〜」
愛生は自分の髪を摘みながら誤魔化すように答える。愛生が誤魔化したり嘘をついたりするときは自分の髪を触る。
本人はこの癖に気づいてない。やはり、ちゃんと寝てないみたいだ。
「もう帰れ、飯は本当にありがとな」
「うぅ〜、わかったよぉ〜」
名残惜しそうな顔をする愛生は、素直に俺の言うとおり帰り支度を進める。
「じゃあ、また明日〜」
「しれっと明日も来る宣言をするな」
「わかってるよぉ〜」
愛生は髪をくるくると指で巻く。絶対わかってないだろ。
愛生が帰った後、俺はテーブルに座り直し、愛生の作った料理を再び食べ始める。
……やっぱめっちゃ美味いな。
俺は一口一口感謝するように食べ進めた。
食事を終え、俺は一息つくためベッドで横になり現状を再確認する。
「本当に再生するんだな…」
愛生の指先がマジックのように治ったことを思い出す。
勿論、あれは手品ではない。俺たちは超再生細胞症候群(super regenerative cell syndrome)通称:ソウスとなった不死身の身体だからだ。
小さな傷は瞬時に治り、仮に死んだとしても細胞が再生して生き返るという。
死んだことがないため、にわかには信じ難い。
しかし、そうであるならなぜ俺の額の傷は治らないのだろう。俺は玄関の姿見へ向かい自分の前髪をかき上げる。
「昔の傷はなくならねーのかな。でもクラスでは視力が回復した奴もいたし、関係ないのか?」
これは不死身の身体を持ってしまった少年少女の日常であり非日常。
この時の俺はまだ、あいつに好意をもっていたと思う。
※※※※※※※※※※※※※※※
「しゅんちゃんに無理してるのバレちゃったか〜」
愛生は女子寮に帰ると、ゆっくりと制服を脱ぎ始める。
「もっと一緒にいたかったなぁ〜今日はリフレッシュが必要だ〜」
鼻歌を歌いながら浴室に入る準備をした愛生は、研いであるサバイバルナイフを手に取り、浴室に向かう。
そのナイフはアウトドアで使用される大型のもので、女子高生が浴槽に持っていくものではない。
「あっ!髪を纏めるの忘れてた!」
愛生は髪を簡単なお団子にして、そのまま浴槽に持たれるように座る。しかし、浴槽にお湯は張っていない。
「私も慣れたなぁ〜」
笑みを溢す愛生は、手に持ったサバイバルナイフで、自分の首筋の動脈を勢いよく斬り裂いた。
溢れ出す鮮血。血は浴槽を真紅に染め、首から下を塗り尽くす。
誰がどう見ても異様な光景。
愛生のリフレッシュ方法とは不死身の身体を用いたリセットである。
愛生は一度絶命し、そして元通りに生き返る。
「ふ〜〜スッキリ〜!シャワー浴びよ〜!」
愛生は血を洗い流し、いつも通りシャワーを浴びる。
文武両道、才色兼備、そんな誰もが憧れる美少女の正体は、愛する人のために喜んで死ねる女だと今は誰も知らない。
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