敬語って敬う人にだけ使うべき
「お!瞬記くんじゃん!ちょ〜っと通るから椅子引いてもらっていい?」
軽快な声でドアの先にいたのは、望月さんと彼女に肩を借りて項垂れている会長だった。
「何があったんすか?」
俺は椅子を引きつつ、目の前の異常事態に疑問を投げかける。
しかし、質問は後回しと言わんばかりに、望月さんは慣れた手つきで会長をベッドに運ぶと、安心したように一息つく。
会長は意識が朦朧としていたようだが、ベッドで横になると一瞬にして眠ってしまったようだ。
「ひながバスケ中に足を怪我しちゃってさ。それだけならすぐ治るんだけど、そのあとちょっとあってね」
会長の足元をチラリと見ても、怪我しているようには見えない。もう完治しているのだろう。
というか、望月さんは会長のことひなって呼ぶんだな。会長の名前が雛菊だからか。
会長は会長ってイメージで、それ以外の名前は聞き慣れない。
それにしても、この会長の状態には既視感がある。
まさか、
「最初、会長に手を貸したのって男子だったんすか?」
「そうそう……瞬記くんは知ってるんだよね」
そう言って手近な椅子に腰をかけた望月さんは、口調こそ変わらないものの、僅かに心配そうな表情をしている。
その顔つきは今日の第一印象からギャップがありすぎて、俺は言葉が詰まる。
「はい……まぁ」
俺は適当な返事をしてしまうが、望月さんは気にしている様子もない。
「私がもっと早くに気づいてればよかったんだけど…」
おそらく、怪我をした会長に手を貸したのは男子で、そこから望月さんが引き継いだのだろう。
会長のことだから、その男子の前では平静を装っていたに違いない。
確か、会長と副会長は同じ中学らしいと、クラスの連中が話していたのを思い出す。
2人の仲が良いなら、これだけ心配するのも納得がいく。
「昔からなんですか?男性が苦手なのって」
会長のことなら付き合いが長い望月さんの方が詳しいと思い、不躾に尋ねる。
俺だって何か原因があるなら、会長のためにも改善策を考えたい。
望月さんは考えるように顎に手を当て、
「私と中学で友達になった時から苦手だったみたいだよ。こういう恐怖症って小さい頃のトラウラらしいよね。私は本人の口から詳しく聞いたことはないよ」
と知らないことが当然のように応える。
会長から詳しく説明をされていないというのは意外だ。
友達だからって全部説明する必要はないということなのか、いつか話してくれると会長を信頼しているのか。
この2人の距離感は掴めない。
「そうなんですか」
「まぁ、瞬記くんになら言いそうかなって思うよ」
「なんでですか?」
望月さんの突然の言葉に俺は目を丸くする。
「だって、ひなが生徒会みたいな自分の居場所に男を勧誘するなんて初めてだもん。なんでかは知らないけど、良い方向に進んでるとは思うよ」
望月さんは嬉しそうにいう。
初めての男、という響きは男なら誰でも好きだ。俺だって多少は嬉しさを感じている。
ただ、そうなると何故俺なのか疑問でならない。会長は俺が子役のことを知ってたし、なにより俳優の娘…。
同じ子役をやっていたなら覚えているはずだが、会長っぽい人は覚えがない。
…………いや1人だけいる。子役を辞めてすぐ、たまたま公園で見かけた密かに泣いていた少女を。あれってもしかして、
「だから、ひなをよろしく頼むよ」
過去の記憶を回想していた俺は現実に引き戻される。確信が持てない以上、変に妄想するのは勘違いの元だ。
決して【勘違い男】にはなりたくない。会長の手を無理矢理握ったあのナルシストみたいに。
「てか、何してたの?保健室なんか来て」
望月さんは含んだような笑みを浮かべて俺に聞いてくる。
この人、絶対俺がよからぬことをしてたと思ってるな。
俺は左手見せ、無実を証明するため淡々と応える。
「突き指した指をテーピングで巻いてます。なんか全然治らないんですよ」
望月さんは意外そうな顔をしたが、どうでも良さそうに両手を頭の後ろに組む。
「なんだーーシコってるのかと思ったよ。つまんなーい」
マジで、なんでこの人が会長の友達なんだ?
「いつかセクハラで訴えますよ」
「訴えられたくなければ、服を脱げって?瞬記くんは見かけによらずSなんだね〜。ふっ!嫌いじゃないぜ!」
「……こんな敬語の必要性を感じない先輩は生まれて初めてです」
「瞬記くんの処女を貰うなんて、罪深いことをしてしまったな〜……そうそう!お尻って挿入した後、ちゃんと洗わないと感染症の原因になるらしいから、本当にやる時は気をつけてね!」
「本気で怒りますよ?」
俺がジト目を向けても、望月さんはほくそ笑む。
本当に何を考えてるか分からない。俺に気をつかって無理矢理に話題を繋げているのか?
そんな風には全く思えない。
俺は盲目的な恋愛を否定しているだけで、別に男性が好きというわけではない。
もしかして、アンナとの会話を聞かれてたのか?
なんかあり得るな。
お読みいただき誠にありがとうございます!
下品なキャラクターは書いていてとても楽しいです。むしろこっちが主人公でもいいとまで考えました。
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