道徳の授業って頭使わないから気楽でいい
愛生があんな強硬手段でくるとは予想してなかった。
というのも、そんな手段にくるなら寮に忍び込んで俺の寝込みを襲うだけでいいからだ。
これまでそれをしかなかったのは、愛生だって本意ではないのだろう。
悶々とする中で俺は教室に戻って席に着く。いつも席に着く時は、面倒臭い授業の始まりだから憂鬱な気分になるが、今日ばかりは安堵した。
「次の授業は……また道徳かよ」
俺たちには高校生にもなって、やたらと道徳の授業が多い。
この理由は明確で、人としての生き方を改めて見つめ直すことが必要とされているからだ。
俺たちの不死身体質はまだ十分に解明されておらず、治す目処が現時点では立っていない。
だからこそ、大人たちから今後の正しい生き方について熱弁を聞かされる。
入学式の時には内閣の偉そうな人、週一の全校集会では有名な医者、この前は教育系インフルエンサーが体育館の壇上でスピーチをした。
「不死身だからといって君達は何も変わらないんだ」
「自暴自棄にならないでほしい」
「自分を傷つけないでほしい」
だとか耳にタコができるほど聞いた。
まあ、その教えを破って、YouTuberになった奴もいるわけだからあまり意味はないのかもしれない。
さらに、道徳は週に1〜2回あり最近は戦争や貧困について考えさせられる授業だった。しかも、道徳は課題が毎回出され、それっぽくいい子ちゃんのような記述をしなければならない。
その時は俺たちにグループ活動を強いてくるので、俺は睡眠時間を削られる。だから、好きな授業というわけではない。
「はぁーめんど」
俺は思わずポロリと本音を溢してしまう。
「勉強がめんどくさいならいいじゃない」
アンナは俺の小言を聞いていたのか、ばつが悪そうに言う。
道徳の教科書を読んでいるアンナの横顔は真剣で、いつも通り真面目だ。
教科書に目をやると、平和のあり方、イジメ、犯罪など日常的な問題が書かれているページだった。
「犯罪なくそう、イジメなくそうとか茶番じゃねーか。人が人である限り、それらはなくならない。出来もしないことを考えるなんて、アイドルにガチ恋するくらい無駄なんだよ」
「あんたはまた屁理屈言って…。そんなこと言ってるから生徒会に呼び出されたんじゃない?なにをやらかしたの?」
「なんでお前も俺がやらかす前提で話しを進めるんだよ。俺は会長から直接、生徒会に入らないかって勧誘されたんだよ」
「え……あんたが……うそ……なんで?」
アンナは愕然として目を見開く。
理由と言われても、会長が男性恐怖症なのを知ってしまったからなんて言えない。だから、伏せた方がいいだろうし、適当に誤魔化しておくべきだな。
というか、俺の普段の素行を知っているからこの反応は正しいと言えば正しいが、そこまで驚くことか?
「なんか暇そうな生徒を生徒会に勧誘してるらしいぞ。あとこれからどうしても男手が欲しくなるって言ってたな」
「なるほどね。さすが会長!ダメ人間も要は使い方ってことね!」
「俺に対する評価がよーーくわかったよ」
「なぁ、会長ってアンナから見てどんな人だ?」
俺の素朴な疑問にアンナは真剣に考える。
「うーん、そうね。まだわからないことは多いけど、向上心の塊って人かしら」
「向上心…」
「何事においても手を抜かないで達成したり、弱音を吐かず、常により良い案はないか考えてる。そんな人よ」
「へぇ……」
アンナが人を褒めるのは初めて聞いたかもしれない。それは俺の日々の行いが悪いせいかもしれないが。
「なに、あんた。会長に惚れたの?」
アンナはニヤリとしながら俺に聞いてくる。なんで女子はいつも話を恋愛に変換するんだ。わけがわからない。
「あーそうかもなーー」
と俺はどうでも良さそうに流すと
「え……ほんとに……?」
アンナは寂しそうな焦るような表情を示す。
「ま、まぁあんたと会長じゃ正反対だし不釣り合いだわ!会長は上を向いてる人だけど、あんたは常に下を向いてるようなものだからね!」
「それは間違いねぇんだよなーー」
「ちょっと真面目に聞いてるの!?」
「おー聞いてる聞いてる」
会長はやはり向上心に満ち溢れているのか。
夏目漱石の「こころ」での文章の中に
(精神的に向上心のない者はばかだ)
とある。となればきっと俺は馬鹿で、会長は馬鹿じゃないんだろうな。
でも真面目に生きることに俺は意味なんて見出せない。
アンナと話していたらチャイムが鳴り、授業の始まりを告げる。
「授業始めますよ!席について下さい!」
と俺たちの担任、ロリ先生が小さい身体でハッキリと言う。
「なんだ、深嬢さんはいないんですか?」
すると、教室の後ろの扉から愛生が走って入ってきた。
「ごめんなさい〜ロリ先生〜遅れました〜!」
「ロリ先生いうな!」
石黒梨香先生、通称ロリ先生。小学生に間違えられる程の身長であるが、俺たちの担任であり数学の教師。毛先のクセ毛が印象的な茶髪ショートで緑がかった瞳をしている。
見た目からは想像もつかないが、海外大学の博士課程を取得しているエリートらしい。年齢は20代。
今は白いシャツを着ているから、かろうじて社会人に見えるが着る服によっては幼女にしか見えない。
「今日も今日とて、道徳の授業です。今回はとても重要な話ですよ」
小柄ながら大きめの声量はクラス全体の雰囲気を緊張させる。
「皆さんも知っての通り、今の症状を完治させるのには難しいとされています。ですが、最近の研究で一時的に再生細胞を弱めるワクチンが開発されつつあります」
これは、ニュースでよく言われている。あらゆる傷が治ると言われている再生細胞は医療に利用できないかと開発が進んでいる。
しかし、老いに対してどう身体が変化するかは、詳細に解明されていない。
元々、老いは細胞の劣化によって起こることで、再生細胞は細胞を元の状態に戻すと考えられている。ただ、再生細胞とて老化には勝てないようだ。
研究者によると、俺たちの身体の細胞が土台となっていて、再生細胞はその上にあるという構図らしい。
端的に訳すと、不死身ではあるが不老ではないということだ。
「つまり、君たちが数十年後、自分達が死にたくても死ねないとなった時にどうするか、というのを議論していただきたいんです」
今回はだいぶ重い話だ。前も戦争はなぜ起こるのかとか、宗教の在り方について考えさせられたが、今回は俺たちの死について考えろということだ。
「君たちは将来があり、未来があります。でもみんなが力を合わせれば納得する答えが出せるかもしれません。この議論には安楽死を容認してしまうのか等の法律に関わってきます。しかし、安心してください。数十年後には完全に症状を治すこともできるらしいです!それがダメそうなら私が研究してみせます!」
ロリ先生が真面目でカッコいいこと言ってるが、見た目のせいで話が頭に入ってこない。
「それではまず隣の席の人と考えて話し合ってみて下さい!」
※※※※※
「死ぬって考えられないよな」
「そうね。もし死にたくても死ねなくなったらって考えると怖いわね」
アンナは深く考えるように顎に手を当てる。
「もしそうなったらアンナはどうする?」
「私は子供や将来の結婚相手に看取られながら、十分生きたって思えればそれ以上はないわね。というかあなただって似たようなものでしょ」
「俺はそうだな…ベッドで寝たきりで死にそうになるほどの苦痛を味わうくらいなら、安楽死がいいな。何ならアンナが看取ってくれてもいいんだぜ」
俺の冗談にアンナは顔を赤くして小声になる。
「それはその……ずっと一緒に……いようって……こと?」
「どうした?」
「なんでもないわよ!ばか!」
この後、5,6人のグループになって議論したが、重く受け止めている奴はおらず、俺たちの意見とあまり変わらなかった。
むしろ、この体質は不慮の事故で死ぬことはないというから、むしろラッキーとまで考えてる奴もいた。
「そういえば、前歯動画知ってるか?」
「あれさ、他のクラスの本郷って奴らしーぜ」
他のグループがデカい声で話すので、否応なく聞こえてくる。クラスに1人はいるよな、歩くスピーカーみたいな奴。
「なによ。前歯動画って」
とアンナは気になったのか、俺に話を振ってくる。
「前歯を抜いて生やしてみたっていうYouTubeの動画だよ。アンナはYouTubeみねぇの?」
「YouTubeは見てないわね。家では基本勉強してるから」
それなのに俺より勉強できねーよな、と言ったらまた殴られると想像できるので、俺は口をつぐんだ。
ダラダラと雑談していると道徳の授業を終えた。
結局、クラス全員が安楽死には賛成という当然と言えば当然の結果となった。
俺たちは未知の存在であり、人間ではないのかもしれない。
けれど、道徳の授業を受けている時はどうしようもなく、人間だということを突きつけられる。こういう時間が大事なのかもしれないと俺は心の底から思った。
急に書いたので、改稿するつもりです!
ですが、大まかな内容は変わらないので面白いと感じたら評価やいいね、感想やブックマークお願いします!
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