第2話「infomation」
「来栖湊、一五歳。生まれは広島で、中学二年の二学期に家庭の事情で引っ越し、十石中に転入。身長一六四㎝、体重は五〇前後詳細は不明。成績上の下。運動神経上の上。人当たりは良く話し方に棘もない。輪の中心に行くのは苦手だが、人前で過度な緊張はしない。初恋以降の恋愛経験はなく勿論彼氏不在。処女ほぼ確定。入学してこの一週間で既に何度か言い寄られてる報告あり。そんでバストは……Dだなありゃ」
つらつらと語る同級生に優は、視線は寄越さずも顔をしかめて言った。
「……樋泉、お前はストーカーだったのか」
「おいおーい、多々良が熱烈な視線送ってっから、オレがありったけの情報を開示してやっただけじゃーないかよぉ?」
軽い調子で言い訳する自称友人はニヤニヤとした笑みを、優も見やる先へ送った。
襟元や袖口に赤いラインの入った白い体操服。紺色のハーフパンツは不必要な露出を避けて膝上まで。ただ平時とは違う服装と言うだけで目は惹かれる。
それぐらいに優は、彼女——来栖湊の事を意識していた。
「いやぁ、確かにあれは良い女だぜ。早くしろよお前?」
優は話を広げたくない一心で応えずに口をつぐむ。
樋泉慶八の理解に苦しむ発言は今に始まった事ではない。そもそも彼が優の友人を名乗り出した時も支離滅裂だった。
『よーお前が多々良? ぼっちしてんじゃん、オレが友人してやろーか?』
返事はしていない。なのに樋泉はそれ以来、好んで一人でいる優にしつこく絡むようになった。いつも軽薄な笑みを浮かべては、適当な言葉を並べるおかしな奴。それが最初から今までの一貫した彼に対する評価だ。
正直、耳障りにすら感じて迷惑なのだが、調査対象に関する情報は有益と言わざるを得なかった。
「湊、か……」
「男っぽい名前だよなー。けど逆にそう言うのってなんかそそらね? スイカに塩かけてより甘くするみたいな? 美少女を男装させたらより興奮するぜ! 的な?」
漏れた呟きも拾ってこねて伸ばす樋泉に辟易する。
現在はクラス合同の体力テスト。それぞれが記録用紙を持って、二人一組で器具のある場所を回り、自身の身体能力を書き記す。優と樋泉は最初の内は真面目に行っていたが、巡回順が良くなかったのか、立て続けに長蛇の列を並ばされ、しびれを切らした樋泉が「もう適当に埋めようぜ」と言って、現在である。
いち早く記録を終了したのを装い、壁を背に並んで座っている。優は罪悪感があったものの、サボタージュを決意した樋泉の意思は固く、記録を頼む相方がいなければどうしようもないので、仕方なく動かずにいる。
……まあ、正確に測ったところで将来には影響しまい。ましてやスポーツ選手を目指しているわけでもあるまいし。
自分の行いを正当化させ、優は視界に映る少女を再度見つめた。
来栖湊。樋泉の口から知ったフルネーム。更に聞かされた情報は、彼女を魔女と裏付けするには申し分ない。
その魔女は今、反復横跳びを行っている。運動神経は優れていると言っていたように、その記録は恐らく男子の中でも上位に食い込む。無論、予想でつけた優の記録は簡単に上回るだろう。
「……ショット」
全てを撃ち殺す弾丸を放つ。けれど、脳で描かれる惨劇はいつものように像を結ばない。
——ばーりあ。効かないよ?
左耳が熱を思い出し、思考を乱す。
対象は三本の線を跨ぐ事に集中しているから声は発していないはずなのに、優の力は妄想ですら失敗した。
彼女は自分を狂わせたのだ。ならば他の人間とは違う。魔女、あるいはそれに近しい特異存在なのは間違いなかった。
「つかさー、そんなに気になるんなら、ちゃっちゃと話しかけちゃえば?」
「……気になるなんて一言も言っていない」
「いやー、さすがにバレバレだって。キモいぐらい」
「き、キモくはないっ!? これはあくまでも魔女の調査なんだ!」
図星を突かれるとすぐに優は声を荒げてしまう。そんな様子に樋泉はケラケラと笑う。この瞬間だけを切り取れば、立派な友人関係に見て取れた。
彼女はそれを、少しだけ羨ましそうに眺めていた。
「来栖さんすごいよ! 六〇回だよ!」
「記録ありがとう。もうちょっと行けたと思ったんだけどなぁ」
記録用紙を受け取りながら、チラリと彼を窺う。するとまた視線が合った。
それが嬉しくて、フフッと笑ってしまう。
彼女はずっと、待っていた。