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おやばと  作者: はーこ
9/26

*9* 山道の貴婦人

「それって、俺の、名前……」


「あれ、中性的な美人さんだから、響きの綺麗なチョイスにしたつもりなんですけど……やっぱり男性ですし、もっと強そうなほうがいいです? ムム……わりと語彙力がげんかい……」


「嫌じゃないです! ただ……俺には、もったいない名前じゃないかなって」


「そう、ですか……名前を呼び合ったりするの、打ち解けたみたいで、なんかいいなって思ったんですけど」


「……は」


「ぷーすけみたいに、仲良くしたかったです……お兄さんと」


 しょんぼり肩を落とされる光景に、込み上げる罪悪感が胸を掻き乱す。


(えみ)でいいです」


「ふぇ?」


「じゃなくて……咲がっ、いいです!」


 しょうもなく濁していた本音を、なりふり構わず叫んで、我を取り戻して。


「……呼んで、ください……きみさえよければ」


 意趣返しにしてはたよりない語尾が、届いたかどうかは知らない。


「咲さん?」


「……っ」


「咲さん」


「……は、い」


「敬語、ナシにしませんか? たぶん咲さんのほうが、わたしより年上な気がしますし」


「でも、はとこさん……」


「さん付けもいらないです。そっちのほうが、仲良しさんな気がするかなぁって!」


 ここぞとばかりに畳み掛けてくるのは、ちょっと、反則なんじゃないかと思う。


「……そんなこと言うなら、俺も……はとちゃんって、呼ぶけど」


 これがなけなしの反撃だなんて、笑える。

 それでも、俺だけがこんなに一喜一憂するのは、フェアじゃないだろ。


「咲さん咲さん、それはご褒美です」


「……きみが、言えることではないかと」


「ねぇ咲さん、咲くんって呼んでもいい?」


「……あぁ」


「咲くん、咲くん」


「……なに? はとちゃん」


「仲良くしてくれて、ありがとう! すごく嬉しい!」


 笑顔の威力は相変わらずだったけれど、今度は何故か、視線を向けてしまう。

 飾りけのない言葉が、するりと胸に入り込んできて、俺を絡め取る。


「……俺も」


 うれしい……うれしい、うれしい。

 曖昧だった俺の輪郭が、かたち作られたみたいで。


 お礼を言いたいのに、語彙力の欠片もなければ、行動で示せるほど器用でもない。

 どうにも逃せない熱い感情は、代わりにぷーすけを抱きしめることで、なんとかごまかした。


「あらまぁ。どこからか、甘酸っぱいかほりが致します」


 頃合いを見計らったような声が届いたのは、そんなときだ。


 俺と、はとちゃんと、ぷーすけ。

 いままで2人と1匹しかいなかった山道に、さくり、さくりと足音が響く。

 いち早く振り返ったはとちゃんが、あっと声を上げた。


「ウワサをすれば、ミヤ姉!」


「はい、あなたの親友であり、美しい姉、みやびでございます。ぷーちゃんに素敵な殿方もご一緒で、にぎやかですわね。うふふ」


 一体どこの貴婦人が現れたかと。

 言葉を失うほど、ゴシックなマーメイドドレスにパラソルを差した麗人の登場は、衝撃的すぎた。

 まさか、うり坊がいるようなこんな山道で、まさか。


「わたくしに、ご用でしょうか」


「そうそう、ちょうどお家にお邪魔しようと思ってたんだ。はい、回覧板でーす!」


「まぁ、そうなのですか。ありがとうございます」


 流石はとちゃん、動じない。浮世離れした女性を前にして、ごく普通にトートバッグから回覧板を取り出しては、手渡している。

 山道、貴婦人、回覧板。なんだろう、この落差は。


「それはようございました。わたくしもそろそろ、はとちゃんをお呼びしなければと思っていたところでしたの」


「あっ、それじゃあ!」


「えぇ。彼もすっかりお元気になりました。早くお迎えにいらして。あなたの恋人が、首を長くしてお待ちですわ」


「…………え?」


 ドレスと同じ艶のある黒髪を滑らせ上品にほほ笑む女性の姿を、どこか夢物語のようにながめていたら、殴られたような衝撃で現実に引き戻される。


「うんっ! お言葉に甘えて、早速!」


 絶句する俺をよそに、ひときわまぶしい笑みを浮かべるはとちゃん。


「せっかくご足労頂いたんですもの、アフタヌーンティーはいかがでしょう? もちろん、そちらの殿方もご一緒に」


 優雅な所作でパラソルを回転させた女性は、俺の胸さわぎを知ってか知らずか、意味深長な笑みで追い討ちをかけてくるのだった。

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