*5* 空閑 清華
「不定愁訴による過換気症状、そして、寛解。典型的な〝刷り込み症状〟ね。確定指標である媒介昆虫による刺し口も目視で確認済みとなると、間違いないわ」
「……よろしかったんですか? 引きとめなくて」
「幸い、ヒトからヒトへの感染はありません。気になることはあるけれど、いまは私たちがあれこれ口出しできる立場にないことを、弁えましょう」
治外法権。
そうとだけ突きつけられてシャットダウンされたスライドドアの名残へ、思いを馳せる。
事実よ、と自分に言い聞かせながら。
「所長……あたし、悔しいです。せっかく研究に進展が見られると思ったのに」
それまで黙りこくっていた紫ちゃんが、悲痛な声をこぼす。
唇を真一文字に引き結ぶ妹を叱るでもなく、翠くんはただ、スクエア型のシルバーフレームの奥でまつげを伏せ、ちいさな肩に右手を添えるだけ。
そう。本当はわかっていたの。ここにいる全員が。
「私たちのわがままのために、彼らの人権が侵害されることは、あってはならないわ」
たとえ理解されなくとも。邪険にあつかわれても。
――誇り高き医療人たれ。
絶対的に、譲れない信念がある。だからいまも、この脚で立つことができている。
私――空閑 清華は、そう信じています。