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おやばと  作者: はーこ
4/18

*4 * 緋色の風

「病み上がりのところごめんなさいですけど、ちょっと歩けそうです?」


「……どう、して」


「帰るんですよ、お家に!」


「あのっ、それは困りますっ!」


「待ってくれ。彼はもちろん、きみだって……!」


「門限が迫ってるんで、わたしたちはおいとましますね。遅くまですみませんでした~」


 言い募るふたりをヒラリとかわしながら、腰を上げる女の子。

 つられて、俺も立ち上が……嘘だろ、立て、た?

 さっきまで、思うように足が動かなかったのに。


「すこし、お待ちいただけるかしら」


 手を引かれるまま病室を後にしようとした、まさにそのときだ。入り口のドアがスライドし、新たな人物が姿を現す。

 新雪を彷彿とさせる長髪をうしろでひとまとめにし、膝丈まであるラボコート型の白衣(色はなぜか黒だが)を身にまとった婦人。


「所長!」


 キーを半音上げて、女性が婦人を呼ぶ。対して男性のほうは、ばつが悪そうにうなだれた。


「所長……すみません」


「いいえ。私のほうこそ、遅くなってしまってごめんなさい。(みどり)くん、(ゆかり)ちゃん」


 穏やかに語りかけた彼女は、次いでこちらへ向き直り、ふわり、花も恥じらうような笑みをこぼす。

 美しい。いっそ恐ろしいくらいに。身を縮こませる俺を、オニキスの瞳がしかと捉えた。


「考え直しては、いただけないのね」


 人形のように整った顔立ちを、ほのかな寂しさに歪め、彼女は問いかける。俺を背にかばった女の子へ。


「治外法権です」


 にこにこと可愛らしい声音で告げられた言葉が、どんな意味を持っているのかはわからない。

 それでも、対峙した全員の表情をかげらせるカードであることだけは、たしかだった。


「ただまぁ、わたしみたいなひよっこの独断じゃどうこうはできないので、いったんお持ち帰りさせていただくってことで、ここはひとつ」


「俺は反対ですよ、所長!」


「あたしもです!」


「さぁて、行きましょっか!」


 白衣の若者たちが声を張り上げるが早いか、いま一度腕を引かれる。呼び止める声も知らんぷりで、廊下へ飛び出して。


「色々あったときはですね、美味しいものいっぱい食べて、ぐっすり寝るのが一番だと思うんです。だからはい、早くお家帰りましょうね、見知らぬお兄さん! わたしは、木ノ本(きのもと) はとこです!」


 自信満々になにを言い出すかと思えば、そうか。俺たちは、面識がなかったらしい。

 赤の他人を放っておくどころか、ましてや連れ出すなんて。


 ――はとこさん。


 初めて耳にする音を、そっと紡いでみる。吐息も同然のそれに、当然ながら返事があるはずもない。

 ……のに、俺を振り返った女の子が、はにかんで。ただでさえまぶしい笑顔を、こがね色の光が覆い尽くす。


 サァッ――……


 通りすがりのそよ風に前髪をなでられて、無意識のうちにかざしていた右手を下ろした。

 はるか頭上で揺れる木漏れ陽。こがね色のカーテンがそよぐ度、キラキラと、こまかな雫が反射する。


「よかった、お天道さまも、泣き止んだみたい!」


 一瞬、呼吸の仕方を忘れてしまったのは、まぶしすぎる景色だけが理由じゃない。


 ふるえる深呼吸をすれば、爽やかな若葉の香りが、鼻腔をすぅっと吹き抜ける。

 胸の奥にぽっと灯をともすような、あたたかな生命の息吹。

 白で統一された、無機質で硬質な場所から1歩踏み出ただけで、世界はこんなにも違うなんて。


「さぁさぁ、帰り道はこっちですよ。たぶん!」


「……ははっ」


 自分が誰なのかも、どこへ行くのかもわからない。不安がないと言えば、嘘になる。

 それでも、不思議と心の波は穏やかだ。

 おかしくて、うれしい気持ちでいっぱいなのは、俺と彼女が、手と手以上のなにかでつながっているからなのかな……って。


 駆け出した爪先が、水溜まりを蹴る。小気味いい音を奏でて、光の微粒子が弾けた。

 藍色のにじみ始めた鮮やかな空を頭上にとらえて、こがね色のカーテンが揺れる坂を駆け下りる。


 はやくこいよって、はじめの1歩を後押しした風が俺たちを追い越して、あっという間に緋色になって、消えてった。

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