表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おやばと  作者: はーこ
3/18

*3* 差しのべられた手

「だいじょぶ。怖いものは、なんにもないよ」


 からころ、と。硝子を鳴らしたような、澄んだ音色。

 とたん、赤いペンキをぶちまけられたような視界がクリアになる。


 いつからだろう。白衣の男女より1歩近い場所に、女の子がひとりしゃがみ込んでいた。

 くりくりと黒目がちな瞳を細めたかと思えば、血濡れのシーツに膝立ちをして、正面の俺の頭をそっと抱え込む。


「いいこ、いいこ」


 真っ暗にさえぎられた視界では、歌うようなそれが、より鮮明になる。

 とくん、とくんと、心地よい心音を頬で感じられる。

 荒れ狂う思考のさざなみが、すぅっと引いていくのがわかる。


「はっ、はっ…………ふー……うぅ」


 整いゆく呼吸の中、優しすぎるくらい頭をなでる手と、力強く俺を抱きしめてはなさない腕の感触が、無性に泣かせてきた。


 不安なんじゃない。ほっとしたんだ。


 あたたかいのがうれしくて、わけもわからず、ぎゅっとしがみつくことしかできない。

 すぅ、はぁ……と、何度呼吸を繰り返したときだったか。


「……止まった、かな?」


 ぴたりと寄り添っていた身体がはなされ、反射的に手で追いかける。

 そんな俺のすぐ目の前で、女の子が満足げにはにかんだ。


「うん、止まったね。これでだいじょぶです」


 なにが、と口を動かしかけて、気づく。

 俺が我を忘れているときに、点滴の外れた右腕を痛いくらい圧迫して、止血してくれたんだろう。手にした、シーツの端で。


「すみません、なんか拭くものって、もらえますか?」


「……アルコール綿と、止血パッドがあります」


「ありがとうございます」


 呆けているうちに、女の子は白衣の女性から受け取った手のひらサイズの袋を破く。

 取り出したアルコール綿で血まみれの右腕を綺麗に拭うと、まだ熱の残る傷口にふわりとテープを貼ってくれた。


 一部始終を黙って見守っていたふたりの若者は、俺の警戒を感じ、あえて手を出さなかったのかもしれない。


「ありが、とう……」


「えへへ、どういたしまして!」


 そこでようやく、自分を助けてくれた子の姿を映すことができる。

 ふんわり丸みを帯びたボブが小顔によく似合う、可愛らしい女の子だった。

 首を傾けた拍子に、長い襟足がさらりと細い肩を滑る。


 その瞬間、時が止まった。


 青みがかった灰色。見覚えのある藍色鳩羽(あいいろはとば)

 弾けた笑顔を前にしたとたん、それまで胸にはびこっていた得体の知れない焦りとか不安の残り香が、嘘みたいに吹き飛ばされる。


「さて、これで一件落着したことですし!」


 まばゆい笑みのその子は、ぱんっと打ち鳴らした手のひらを、いまだ夢見心地の俺へと差しのべた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ