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おやばと  作者: はーこ
25/26

*25* 招かれざる客

「くそっ……!」


「君はここでお留守番だよ、(えみ)くん」


 すぐにはとちゃんたちを追いかけようとしても、部屋を出たところで待ったをかけられる。俺を引きとめたのは、つぐみさんだ。


「どうしてですか……みやびさんに、(あおい)に、なにがあったんですか」


「招かれざる客、というやつさ。なに、この時期はちょっと多いだけでね。村長にも知らせてある。きっと大丈夫だ」


「……そんなこと言われても、納得できません」


 核心を避けた曖昧な説明も、有無を言わさず言いつけられた留守も。

 本当はわかってる。俺みたいな頼りない男に、話せることなんかないんだって。部外者は大人しくしていろって。


 だけど、でも。みんなが血相を変えるほどの異常事態が起きていることくらい、理解できる。

 そんな場所に、はとちゃんみたいな女の子が向かっていることも。


「……はぁっ!」


「咲くん……!」


 俺の知らないところで、はとちゃんになにかあったら。

 嫌な想像が脳裏をよぎり、じわりと、冷汗がこめかみを伝う。

 くしゃりと握りしめたシャツ1枚を隔てて、胸の鼓動が、浅くなってゆく。


「はとちゃんがいない場所なんて……俺には、どこも同じ、です……俺も、連れていってください……!」


 脅しと思われても構わない。

 いまの俺に、なりふり構っていられる余裕なんて必要ない。

 瞳と瞳がぶつかって、しばしの沈黙が流れた。


「……具合の悪い子を、放ってはおけないものね」


 俺の胸を押し留めていた手が、そっと肩に添えられ、背中へ回る。


「わかった。くれぐれも、無理をしちゃ駄目だよ」


 迷惑この上ない頼みを突っぱねるでもなく、つぐみさんはただ穏やかに、身体を支えてくれた。


「……ありがとう、ございます」


「いいんだよ。私も、いつもタカに留守番を食らってるクチだからね。思うところもあるのさ」


 あくまで個人的な仕返しだと、冗談めかしてみせる彼女みたいな優しさを、俺は知らない。


「落ち着いたかい? それじゃあ、行こうか」


 胸の底から込み上げる感情に息が詰まりつつも、差し出された手を取って、1歩を踏み出すのだった。



  *  *  *



 事の始まりは正午前。

 昼食の支度に取りかかろうとした里子(さとこ)さんが、ちょうど自宅近くの道で、不審な人影を目撃したことによる。

 連絡は、すぐに村役場まで回ってきた。

「村の子供たちが、見知らぬ連中と山のほうへ向かっている」――と。


 再び訪れた山奥の洋館は、やけに静かだった。

 自然の豊かさを感じられたはずの場所は、風も吹かず、動物の気配もなく。


 1歩先を行くつぐみさんに促され、息を殺した俺は、人影のないエントランスへ足を踏み入れる。

 アフタヌーンティーをご馳走してもらったテラスも通り抜け、奥へ、奥へ。


 やがて、優美なパステル調の廊下とは明らかに異なった、竹づくりの引き戸が現れる。それは、不自然に開いたまま。

 細心の注意を払い、敷居を跨いだ俺の目前に、衝撃の光景が広がった。


「――貴様(きさん)何処(どこ)()じゃ」


 薄暗い土間で、聞いたことのないような低音を響かせ、純白の和傘を掲げる鷹緒(たかお)さんの横顔。

 彼がにらみつける先には、ひょろりとした痩身の男性が佇んでいた。


「いやっ、自分はたまたま、お邪魔させてもらっただけでして」


「子供らにわざわざ案内させちか? 貴様が言う〝たまたま〟やったとして――何故(なして)行広(ゆきひろ)〟ん名を知っちょる?」


 ふれれば斬れるような、鋭い鷹緖さんの声音。押し黙る男性。

 一触即発。どこをどう見ても明らかだった。


「……鷹緒兄さん、退いてくれ」


「じゃけんど、葵」


「来客にはご挨拶を。そうだろう?」


 紺の作務衣を身にまとった葵が、毅然とした態度で歩み出る。

 彼を背後に庇っていた鷹緒さんは、凛としたまなざしに口をつぐみ、沈黙を返した。


「〝行広〟に用がある……とのことだが。おあいにくさま、茶葉を切らしていましてね」


 口調こそ丁寧だが、それは〝帰れ〟という言外の宣告。

 男性を見据えるまなざしは冷たく、厳しい。

 よく似た別人でも見ているんじゃないかと、錯覚してしまうほどに。


「そうですか……それじゃあ仕方がない」


 無言の気迫に圧倒されたか。男性は苦笑混じりに後ろ首を撫で。


「――なんて言うと思ったかよ、バーカ」


 耳障りな嘲笑の直後、ドンッと鈍い音。

 驚愕に染まる葵の腕が、やけにスローモーションで虚空を掻く。


「……っぐ、ぁああっ!」


 呆然とする意識を、絶叫が引き戻す。

 硬い地面へしたたかに身体を打ちつけた葵が、苦悶の表情を浮かべてうずくまっていて。

 押さえつけているのは……足。右の。


 ――お兄ちゃんね、足がわるいの。右のほう。


 その言葉を思い出した瞬間、頭の中が、真っ白に塗り潰された。


「葵ッ!」


 これで黙ってなんていられるはずがない。無我夢中で飛び出し、葵のそばで膝を折る。


「咲!? 待っとれ言うたに……おい、つぐ!」


「はいはい、止めなかった私の責任。だから咲くんを責めるとかお門違いはやめてよね」


「おまえなぁ……!」


「咲くんには、はとちゃんが必要なんだ。私たちが想像していたよりもずっとね。はとちゃんだけじゃない。あおくんだって同じ。どうこう言える権利が、私たちなんかにある? ないよね?」


「っ……」


 つぐみさんにフォローさせてしまって、申し訳ない。

 でも、いまだけは、その心遣いに甘えさせてください。


「葵……ごめんな、俺、なにもしてやれなくて……」


「……咲くん、はは、きみが来ちゃったかぁ……」


「ごめん、ごめん……っ」


 あぁ、泣きそうだ。

 馬鹿じゃないのか、俺は。

 痛いのは、辛いのは、葵のほうなのに。

 せめて支えるくらいはしなきゃなのに、すがりつくみたいに、ひた謝ることしかできなくて。

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