*24* 昏天隊
あれから問題なく巡回を終え、村役場へもどってきた。
1階にある休憩室には、俺とはとちゃんしかいない。
鷹緒さんたちはまだ帰ってきていないようだった。でもとっくに昼を回っていたこともあり、ひと足早く昼食にすることに。
「さぁさぁお待ちかね! 今日のお昼は、さとちゃんお手製弁当ですよー!」
向かいの席ではとちゃんが持ち出してきたのは、今朝方里子さんに手渡されていたランチバッグ。
これが思いのほか大きい。いざ広げてみると、ちょっとした重箱サイズくらいはありそうで……
「なにから食べる? わたしはねぇ、鶏めしと、とり天と」
「鶏めし、とり天……」
「あっ、鶏めしはね、鶏肉とごぼうの笹がきをにんにく醤油だれで煮詰めて、ご飯と混ぜ混ぜしたもので、とり天はその名の通り、鶏の天ぷらです! うちの村は鶏料理が美味しいんだよねぇ。……およ? 咲くんどったの?」
「いや……ちょっと、色々きてしまって」
おしぼりも、取り皿も、お箸も、ちょうど2人分。
俺のことまで考えて里子さんが朝早くから作ってくれたんだと思うと、無性に胸が震えてしまう。
こんなことで感激する俺って、おめでたいやつなんだろうか。
「ごめん……せっかくのご飯時に」
「ううんっ、いいの、いいんだよ……!」
こらえきれず視線を伏せる俺に、なにを思ったか。
はとちゃんの黒目がちな瞳にまで、じわりと涙がにじんでいるじゃないか。
「美味しいもの食べると、しあわせな気持ちになるもんね……遠慮せずに、たーんとお食べ!」
「あ、ありがとう……?」
涙ぐむはとちゃんに、ひょいひょいとおかずを移された紙皿は、すぐに食べきれないほどの量でいっぱいになる。
「鶏めしだけと言わず、しそや高菜おにぎりも美味しいよ! とり天にはかぼすを忘れずにね。すだちじゃないよ、かぼすだよ!」
「……あははっ!」
ふいのひと言で無自覚に笑わせに来るのは、はとちゃんらしいなって、すごくホッとした。
* * *
約2時間のパトロールで、わかったことがいくつかある。
原則として2人1組となり、地域ごとに3~4組の職員が巡回していること。
道中すれ違った彼らは、圧倒的に男性が占めていたこと。
〝自警課〟という部署としては当然の流れだろうが、気になることもいくつか。
それは、和傘の存在。
パトロールを行う職員は、どちらかもしくは両方ともが和傘を携帯していた。
さらに言えば、和傘を持つ人には、ある法則があって。
「黒いエンブレムをつけてた。たしか……つぐみさんは、つけてなかったよな」
「おっ、よく見てるねー」
「お見事!」と拍手するはとちゃんの制服の左袖には、真っ黒の円型エンブレムが縫いつけてある。
鷹緒さんにあって、つぐみさんにはなかったものだ。
反応から察するに、和傘を持つ職員の証として間違いはないらしい。
「傘の色は、黒が多かったみたいだけど」
「なんたって〝昏天隊〟ですからねぇ」
「こんてん……?」
「昏い天。夜空って意味。だからチームカラーは、黒なんだよね。わたしとたっちゃんと頼さんが、特殊例なだけで」
そうだ、頼光さん。
思い返せば、たしかに頼光さんの制服にもエンブレムがあったかもしれない。
とすると、やっぱり頼光さんが〝昏天隊〟のまとめ役でもあるということか。
「はとちゃんは黄、鷹緒さんは白、頼光さんは赤……これって、なにか意味があったりする?」
「色そのものに意味はないけどね、黒じゃないものには、名前があるの」
「ひろくんみたいな?」
「そうそう! ひろくんのフルネームはね……」
「よくぞ訊いてくれました!」とばかりに身を乗り出し、うれしげに口を開くはとちゃん。
だけどその言葉が、最後まで紡がれることはなかった。
「――はと、いるか!」
人影もまばらな休憩室に、駆け込んでくる長身の男性。鷹緒さんだ。
切れ長の瞳をスッと細め、険しい表情を浮かべた姿に、間違っても「お帰りなさい」なんて場違いな言葉はかけられない。
「なにがあったの?」
「里子おばさんから連絡が来た。いますぐミヤ姉のとこ向かうぞ。葵が――」
ガタリ。
全部を聞くまでもなく、音を立ててパイプ椅子から立ち上がったはとちゃんの行動は、早かった。
制服のスカートをひるがえし、近くの壁に立て掛けてあった和傘を引っつかむ。
「待ってくれ、俺も」
「咲くんはここにいて。すぐにもどるからね。行こう、たっちゃん」
「おう」
「はとちゃんっ!」
否やを言う暇すら与えてもらえなかった。
和傘を片手に飛び出したはとちゃんは、鷹緒さんにも劣らない、いや、むしろ凌ぐほどの俊足で、あっという間に姿を消してしまった。
後には、訳もわからない俺が取り残されるだけ。




