*23* 太陽に咲く
「……ははははっ!」
けど、何故か焦ってしょうがない俺をよそに、高らかな笑い声は響いた。
「咲くんは、すごいなぁ!」
呆けていたさっきまでとは打って代わり、はとちゃんは満面の笑み。拍手だって送られている。
俺の言動のどこに笑いの要素があったのか、まずい、本気でわからないんだが……
「実はわたしもね、そんな感じはしてたんだ」
「はとちゃんも……?」
「うん。すーぐどっか行っちゃうミヤ姉だけど、お兄ちゃんのご飯の時間には、きっちり帰ってくるからね!」
思い出されるのは、「まったく、俺はあの人の召し使いじゃないんだけど!」とぶつくさ言いながらお茶の準備をしていた葵。
「ちゃあんと帰ってくるからね、ミヤ姉は」
だからなんだって、もう問うまでもない。
自然体で、好き放題文句を垂れる相手が、いまの葵にはいる。それが答えだ。
……俺も。葵にとってのみやびさんみたいな存在に、俺もなれるかな、なんて、おこがましいだろうか。
「なってるよ」
「え……」
「お兄ちゃんにとっての咲くんに、とっくにさ」
口に出したつもりはなかった。だから返事があったのは、予想外だったというか。
「仲良くしてくれて、ありがとう。お兄ちゃんのこと、よろしくね!」
少しびっくり。そして飾りけのない笑顔に、じんわりと胸があたたかくなった。それなら。
「こちらこそ」
ちょっとずつみんなと近づけてるって、自信を持ってもいいんだよな。
「さて、そろそろ行きますかぁ! あと一息がんばったら、お昼ですぞー」
空になった紙コップは、手近なゴミ箱へ。
伸びをしたはとちゃんが、「よしっ!」というかけ声と同時に、背後に立て掛けた和傘を取った。
ふわり。向日葵が花開く一連の光景は、もう何度も目にしている。だけどどうしてか、やけに目について。
「咲くん? どうかしたの?」
「……あ、いや」
さすがに見つめすぎたか。不思議そうに首をかしげられて、言葉に詰まる。
だけど、相手ははとちゃんだ。「かさ……」とうっかりこぼした音さえも、拾い上げてしまう。
「かさ……傘? ひろくんがどうかした?」
「その、変な意味はなくて……」
「む? よくわからないんだけど、だいじょぶ? さわってみる?」
「うん、ありが……えぇえええっ!?」
「えっなになに、どったの!?」
いや、どうしたもなにも。きみが放った爆弾に心拍数が跳ね上がりました。
待て、落ち着け。鎮まるんだ、俺。
「あのですね、俺はこれでも、男ですので」
「はい、存じております」
「あいあいが…………一緒の傘に入らせてもらってる身としては、俺が持つべきなんじゃないかと、思ったり思わなかったり」
「ほうほう」
「でも、はとちゃんの大事なひろくんだから、気安くさわれな、」
「ヘイユー」
「はとちゃーん!」
じぶんでもなに言ってるのか、段々わからなくなってきてる。それなのに、うんうんと相槌を打ったはとちゃんがサラッと右手を差し出してくるんだ。
そうだよな、はとちゃんそういうとこある!
「……ほんとう、に?」
この期に及んで往生際が悪い自覚はあっても、訊かずにはおれない。
「咲くんも、大事にしてくれるって思ったから」
寝るときすら自分の部屋に置いておくくらい肌身離さず持ち歩いていた和傘なのに、俺に差し出す理由は、たったのひと言で済んだ。
混じりけのない瞳に見つめられて、これ以上食い下がるほうが失礼だと悟る。
「じゃあ、お預かり、します……うわ!」
そうして意を決し、腕を伸ばした結果、予想外の出来事に驚かされるのだ。
「……和傘って、こんなに重いものなのか?」
はとちゃんは軽々と扱っていたけど、1kg……いや、2kgはくだらないんじゃ?
「意外と重いんだよねー。慣れないと肩に引っかけちゃいがちだけど、正しい持ち方は、真っ直ぐに立てること!」
「真っ直ぐ……」
「そうそう。じゃないと、お着物を着てたら、帯が濡れちゃうからね」
「和傘って、晴雨兼用……?」
「陽に当てすぎると劣化しちゃうし、普通は使い分けるよ。でもミヤ姉の作るものに限っては、特殊な技術で晴雨兼用を実現できているのです」
「へぇ……」
ということは、ゆくゆくは葵も。月並みな感想しか言えないけど、すごい。
しんどいとか、まるで鉄の棒でも握らされている気分だとか、泣き言言ってる場合じゃないな。
「……真っ直ぐ、背を伸ばして」
しゃんと、背筋を正してみた。はとちゃんや鷹緒さんの見よう見まねに過ぎないけれど、このほうがしっくり来る。
そうだよな。向日葵はいつだって、太陽に向かって咲いているんだ。




