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おやばと  作者: はーこ
21/26

*21* 夏のせい

 ここ蛍灯村(けいとうむら)には、駐在所だとか交番だとかいう施設が存在しないらしい。

 代わりにその役目を担っているのが、はとちゃんや鷹緒(たかお)さん、つぐみさんが所属している、蛍灯村役場〝自警課〟と呼ばれる人たち。


「……ってつまり、実質はとちゃんが警察ってことだよな……?」


「そんな大層なもんじゃないよーう」


 道理で、鷹緒さんが「パトロール行くぞ」と当たり前のように宣言するわけだ。

 遅ればせながら理解した俺をよそに、当のはとちゃんは、のんびり歩を進めるだけ。


 辺りは、見渡す限りの田んぼ。赤いポストらしきものはまだ見当たらない。

 等間隔に並んだ青い稲が、そよ風にさやさやと揺れている。

 ひと呼吸分の沈黙を挟んで、くるくると回る目前の向日葵へと視線をもどした。


 何故、駐在所や交番がないのか。

 俺の問いに、はとちゃんは「必要がないからかな?」とだけ答えた。

 そりゃあ、村は平和そのものだけど。だから必要なくなったとか……いや、あり得るかも。

 このとき俺の脳裏には、ダプルピースを決め込んだ頼光(よりみつ)さんのすがたがよぎっていた。


「まぁおかげさまで、毎日のお仕事がお散歩になってますよ」


「……ねぇ、俺を見つけてくれたのって」


「うん、パトロールしてたとき。見つけたのがたっちゃんとかだったら、(えみ)くんひょいっと背負えたんだろうけど、わたし、途中でバテちゃってさ。いやぁ、鍛練が足りませんなぁ。ごめんなさい」


 1歩先を歩いていたはとちゃんが、ふり返りざま、薄笑いで頭を下げる。とたんにわけがわからなくなった。

 ……どうして。なんで。


「……なんで、謝るんだ」


「咲く、」


「助けてくれたのが、きみでよかった。俺はそう思ってる。謝らないでくれ。会えてよかったって思ってるのが、俺だけ……みたいだ」


 あぁ、また変なことを口走ってる。自覚はあるよ。

 だけど、俺は口下手だから。どれだけ頭を使ったって、上手いチョイスなんてできるわけがない。


「あっと、咲くん? その辺で……」


「…………」


「うぅう……! ごめんっ! わたしが悪かったよぅ……わたしもね、おんなじ! 咲くんと会えてよかった!」


「……ほんとに?」


「ホントホント! 最初見つけたときは冗談抜きで身体が冷たくて、こっちの心臓まで止まりそうでさ……でもでもっ、絶対、ぜっっったい助けてやるんだって思ったんだから! 無事目を覚ましてくれて、元気になってくれて……笑ってくれて、あぁ……よかったって、諦めなくてよかったって、思わず頼さんの前で号泣しちゃったの内緒にしてたのにぃ~!」


「そう……そっか」


 頬がゆるんでしまう俺は、不謹慎なやつなんだろう。

 それでも、いまだけは言える。かまうもんかって。


 はとちゃんがかけがえのない存在であるのは、もう変えられようのない事実だ。

 ……俺だけが求めているのだと、物寂しさは、胸の片隅にいつも棲みついていた。


 だけど。感極まって涙目になったり、真っ赤に茹で上がった顔を傘の影で隠したり、きみにそうさせることが俺にもできたんだって知れて、薄情にも胸が高鳴る。

 どき、どき、と近づくこの音は、不快じゃない。


「……どうしよう。ぎゅって、したい……ものすごく」


「ふぇあッ!?」


「俺も、よくわからないんだけど……なんていうか、胸がムズムズして、たまらない」


「えっ、えっ」


「発作が出たときとか、いつもしてもらってるから……その、たまには俺からしちゃ、駄目……かな?」


「ウッ…………!」


 不躾にならないよう、控えめにお願いしたつもりが、何故か胸を押さえてフラつくはとちゃん。……え。


「はとちゃんっ!?」


「これは……まずい。普通に、死ねる……」


「死っ……!? 駄目だはとちゃん、しっかり!」


「いや、むりっす。供給過多やばい」


「きょ……?」


「大天使エミエルのシャイなスマイル、略してシャイニンスマイル、ありがとうございます!」


 とっさに抱きとめたはいいものの、和傘の柄を握りしめるはとちゃんが、あまりに安らかな表情すぎて……


「……俺、大変なことに気づいたかもしれない」


「むっ?」


「俺が笑ったら、はとちゃんに隙ができる、らしい」


「えっとあのえみさん」


 にっこりとか、自在に表情筋を使えたなら、どんなによかっただろう。

 張り切れば張り切るほど、空回るタチ。

 これでも学習した俺だから、無理な挑戦はやめた。


 難しいことは考えなくていい。

 ただ、はとちゃんを瞳に映すだけ……それだけで、胸がきゅんとなって、目の前にいる女の子が固まる。


 自分がどんな表情をしてるとか、この際どうでもいい。めったにないチャンスを逃したくないから、思いきって腕を伸ばす。

 小柄な背はすっぽりと両腕におさまって、なんだ、案外近くにあったんだなって、拍子抜けだ。

 そうだよな。はとちゃんはいつだって、そばにいてくれた。


「……変だな。はとちゃんがいないと、息ができないのに……そばにいても、息苦しい」


「咲くん……?」


 もどかしくて、焦れったい。

 笑っちゃうよな。これ以上、近づけやしないのに。


「どうしたら、もっと近くに行けるんだろう」


 無防備な首筋に顔を埋めて、俺より少し間隔の短い脈動を感じてなお、求めてしまう。

 傘を握るちいさな手が、ほんのひとときでも、俺を包んでくれないかなって。

 求めて、求められたら、いまよりずっと、近づけるんだろうか。


「……ごめんな」


 なんに対する謝罪なのか。口走った俺自身が、よくわかってはいなかった。

 複雑な色でごちゃまぜで、ひと言で表すのは難しい。

 少なくとも、困らせてしまったことへの申しわけなさは、あるだろうけど。


「俺の、わがままでした」


 冗談めかしたら、なかったことにできるだろうか。

 できなくても、誤魔化すくらいは。気が大きくなってしまったのも、日射しのせいにしたら。


「オーケー、理解しました」


「……え?」


 せっかく、やっとの思いで身体を離した俺に、深呼吸をしたきみがつぶやく。


「咲くんの笑顔に値段なんてつけられないけど、それできみが満足するって言うなら、お安いもんさ。いつもほわほわしあわせ気分にさせてもらってるお礼です、さぁ、はとこをおもち扱いでもなんでもするとよいでしょう、特別に許可します!」


「……なんでも?」


「あっ、おもちも引っ張りすぎるとちぎれちゃうので、できればやさしくお願いします……」


「……ははっ」


 そうだけど、そうじゃない。

 見当違いなことで身構えてしまうはとちゃんが、駄目だ。すごく、すごく……かわいい。


「ちょっと、俺を甘やかしすぎじゃないか?」


「んー……わたしとしては、うれしかったですよ?」


「うれしかった?」


「遠慮ばっかしてる咲くんの、わがままが聞けて。やっぱ咲くんはさ、笑ってる顔が、一番すてきだよ!」


 ……あぁ、もう。きみって子は。俺を舞い上がらせて、どうしたいんだ。ろくなことがないだろうに。


「うん……ありがとう。お言葉に甘えて、もうちょっとわがままになってみる。……覚悟、してね」


「ホッホッホ、頼さんやお兄ちゃんの無茶ぶりに比べれば、なんのなんの。思いっきり来たまえ」


 相手はあのはとちゃんだから、一筋縄ではいかないだろう。

 それでも、こんなところで足踏みばかりは、してられない。


「手、つないでもいいかな」


 両腕いっぱいに受け止めてくれる女の子のところへ、俺は、踏み出したい。


「早速ですな、あっちょっ、手汗やばいからタンマ」


「大丈夫、俺もやばい」


「違うんだよ……天使からはいいにおいがするんだよ、天使だから……あーっ! いけませんお客様! お客様ーっ!」


 言葉の続きは聞かないふり。あたふたと空中をさまよう左手をさらって、ぎゅっ。

 ちいさくて、細い指だ。女の子の、手。

 くらりとめまいがしたのは、日射しの仕業ではないだろう。


 ……夏のせいに、したくない。

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