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おやばと  作者: はーこ
19/26

*19* お仕事開始

「お、新入りか? まーたほっせぇのが来たなぁ」


「これはこれは。お人形さんみたいな美青年を拾ってきたもんだねぇ、はとちゃん」


 そうこうしているうちに、視線が集まってくる。

 そりゃあ、これだけさわげば当然なんだろうけど。

 中でも実際に歩み寄ってきた人影は、ふたつ。


「ふーん、おまえがはとの言ってた〝(えみ)くん〟か」


「……は、はじめまして」


「見れば見るほどほっせぇな。さわったら折れちまいそうだ、マジで男か?」


「マジで男です……」


 顔立ちはさておき。これでも背に関しては、取り立てて低くはないと自負していたつもりだ。

 179cmあるという(あおい)を、少し目線だけで見上げるくらいだ。この年代における日本人男性の平均身長は、ゆうに満たしているはず。

 だが、今日は相手が悪かった。


 170cm後半はあるだろう俺をひょいと腰を折ってのぞき込む、黒髪の男性。

 墨を落としたような切れ長の瞳に捉えられたら、ひゅ、と呼吸が停止してしまう。

 さながら、猛禽に狙いを定められた獲物の気分だ。


「こーらタカ、彼、固まっちゃってるでしょうが。図体デカイんだから、その辺にしときなさい」


「んお? 怖がらせちまったか? わりーわりー、生まれつきの顔なもんでな」


 ため息混じりの呆れ声が聞こえたかと思えば、頭上にかかる影がふっと退く。

 何回かまばたきをして、目を疑った。

 ついさっきまで俺を射抜かんばかりに見据えていたのは、目前でからからと笑い声をあげる彼だったろうか。

 くしゃあ、と崩れたはにかみはまぶしいくらいで、とてもじゃないけど、頭が追いつかない。


「っと、自己紹介がまだだったな。オレは鈴森(すずもり) 鷹緒(たかお)。そうだなぁ、はとの親戚ってところか?」


「……はとちゃんの?」


「遠縁だけどな。で、こっちが」


「同じく鈴森。鈴森 つぐみだよ。タカとはいとこになるね。よろしく」


「よろしく、お願いします……!」


 鷹緖さんは、はとちゃんの親戚なのか……太陽にも負けない鷹緒さんの笑顔を思い返せば、はとちゃんと同じ血を引いてるっていうのも納得できる気がした。


 対してつぐみさんは、鷹緒さんとあんまり似てないんだな、と思った。

 落ち着いた物腰で、木ノ本(きのもと)家では見かけなかったタイプだったからかもしれない。

 それと……訊いてもいいのかわからないけど、その。


「あの……つぐみさんって、もしかして」


「うん? あぁ、私? まぎらわしくてごめんね。こんなナリしてるけど、一応女だよ」


 やっぱり……気のせいじゃなかった。

 鷹緒さんと同じワイシャツにパンツ姿なんだけど、つぐみさんは体格がひと回り違うというか、華奢なんだ。

 俺とそんなに目線は変わらない。

 女性にしては長身で、艶やかな黒髪がベリーショートなこともあり、一瞬は男性かと思ってしまったほどだ。


「たっちゃんとつぐちゃんはね、ちょー仲良しのお友だちで、頼れるお兄さん、お姉さんなんだよー」


「そんなこと言ってっと、また葵のやつが拗ねちまうぞ?」


「あはは、目に浮かぶなぁ。あおくんってば口ではなんだかんだ言って、シスコンだからねぇ」


「ホントそれ。たまに会ったときくらい、素直になりゃいいのに」


「それが難しいんだよ、天の邪鬼なものだから」


 シスコンだったのか。それは……なんとなく知ってたかもしれない。

 はとちゃんにズバズバ物を言っているまなざしが、やさしいから。

 そういえば、はとちゃんに恋人が――って話をしたとき、物凄い形相になってたっけ。


「本当にやさしいお兄ちゃんなら、かわいい妹のほっぺをつまんで、おもち呼ばわりしたりしない……」


 肝心のはとちゃんは、「解せぬ……」と難しい顔だけど。

 うん……がんばれ、葵。


「そうだはと。出勤してるってことは、そっちのほうはもう平気なのか? 明日から移動市があるけどよ、オレらだけでも、回せるっちゃ回せるぜ?」


 そう、出勤。はとちゃんは、仕事をしにきたんだ。

 働いていたことも、年齢だってそうだ。俺は、はとちゃんのことをなんにも知らない。そんなことにいまさら気づいた。

 こんなによくしてもらっているのに、申し訳なくてたまらなくなる。


「あの、移動市って?」


「あぁ、咲くんは、まだ見たことがないのかな」


 居ずまいを正す俺の問いにいち早く返答してくれたのは、つぐみさんだった。


「月に一度、2日間開かれる限定市場のことだよ。村の外からやってきた行商が主体になるから、ふだん村じゃ見かけないような品物を買うことができるんだ。果物とか、野菜とか、魚介類とか。衣服や装飾品だったりもね」


「そうか……だから里子さんが、アサリの味噌汁って」


 蛍灯村(けいとうむら)は、どこもかしこも山に囲まれた僻地だ。舗装された道路と畦道(あぜみち)も、半々くらい。

 夜になれば、街灯なんてほとんどない真っ暗闇。決して交通の便がいいとは言えない。

 お年寄りも多い村にとって、外から行商がやってくるというのは、ありがたいことなんだろう。


「へーきへーき! みんなに咲くんを紹介したかったし、気分転換にもなるからね。お仕事しますよー」


「りょーかい。設営は明日の早朝からだから、とりあえずいつもの巡回して、夕方に軽く会場見て回るか。ちょっくら準備してくらぁ」


「はいはーい!」


「参加者名簿と会場の配置図は、私がリストにまとめておきました。最終確認をお願いしますね、村長」


「まっかせっなさーい。それじゃあみんな、今日も1日頑張ろう!」


 テキパキと予定を告げて、きびすを返す鷹緒さん。

 つぐみさんから受け取った冊子をヒラリと振り、密集したデスクの間を縫って奥の部屋へ消える頼光(よりみつ)さん。俺が呆けている間に、トントン拍子に物事は運んでいく。


「わたしたちも行こっか」


「鷹緒さんを待たなくても、大丈夫なのか?」


「だいじょぶ、だいじょぶ!」


「タカはちょっと相棒を迎えに行ってるだけだからね、すぐに来るよ」


「相棒……」


 当人たちの間でしか伝わらないような、最低限の会話しか耳にしていないからか。

 はとちゃんたちがこれからどこへ行くのか、なにをするのか、部外者の俺にはまったくわからない。

 にこりと笑うつぐみさんに促され、はとちゃんと俺は一足先にフロアを後にする。

 正面玄関の自動ドアを潜ってすぐ、軽快な靴音が近づいてくる。


「お待たせ……って、うげぇ。こりゃ日射しがキツくなりそうだな。溶けちまわないようにしねぇと」


「咲くんならまだしも、タカは倒れないでしょ。死んでも死ななそうな図太さがあるのに」


「つぐおまえな、もっと言い方ってもんが……ま、たしかにヤワなつもりはねぇけど。熱中症でブッ倒れんなよー、咲ー」


「がんばりますっ!」


 俺としても、なにも役に立てずお荷物になるのだけはごめんだ。

 きっとやり遂げてみせる……なにをするのかサッパリわからないけど!


「いい返事だ」


 鷹緒さんがニッと口角を上げて、ようやく気づく。

 さっきまで手にしていなかった〝なにか〟を、右肩に担いでいたことに。

 鷹緖さんがくるりと手首を返した、次の瞬間だった。夏の日射しをさえぎるものがある。それはパッと咲き誇った、純白に輝く大輪の花。


 ――また、だ。ここでも。

 頼光さんの〝それ〟は、朱色だったか。


 呆ける、いや見惚れる俺の左腕を、女の子のちいさな手が引いた。


「咲くんは、こっちね」


 ふり返れば、今度は鮮やかな向日葵が花開いている。


 ――華やかな和傘。

 からりと澄み渡った晴れ空を堂々とふり仰ぐ、花の芸術。


 花弁型の影の中へいざなわれながら、どこか夢見心地のような気分になってしまう。


「うっし、そんじゃ、パトロールに行こーかィ」


 ふわふわと現実味のない光景の中。

 大輪の花を差し、背筋をしゃんと伸ばした大小の後ろ姿が、金色の日射しと共に不思議と脳裏へ焼きついた。

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