*18* ようこそいらっしゃい!
「なんか、ごめん……」
「ええんやで。お兄ちゃんにも、よく〝色気がない〟って言われる。だからいつもこう返してやるのだよ、〝Youもだネ☆〟ってね」
「突然の頼光さん」
「色気がないんじゃないの、必要ないから出してないだけなの! わたしが本気になったらねぇ、村のお兄さん方というお兄さん方が、みる間にバッタバッタと悩殺されてねぇ」
「熱中症の季節やねぇ。お兄さん方も、結構年やから気をつけんと」
「そうだよね、熱中症予防大事だよね、さとちゃん!」
もしかして俺はいま、物凄い光景を見たのかもしれない。
だってマイペースなはとちゃんが、一瞬にして会話の主導権を持って行かれたんだ。
里子さんすごい。無自覚だから余計すごい。
はとちゃん涙目になってるけど。
「これからお仕事か……それじゃあ、お邪魔だし、俺は里子さんのお手伝いでもしてるね」
「えっ?」
「え?」
「お邪魔なの?」
「……逆に違うの?」
「水くさいことは言うもんじゃないよ、ボーイ」
いや、だからなんでまた頼光さん、とかツッコむ脳内は、正直のところ混乱していた。
だってはとちゃんの言い方だと、つまり。
「頼さんいわく、はとちゃんは咲くん専用の〝おやどり〟らしいからねぇ。さしずめ、〝おやばと〟ってか」
「うん……?」
「そういうわけで! 今日もお供してもらいまっせ!」
「う、ん……」
つまり、そういうことになっちゃうよな……!
「ほな、れっつらごーう! ぷーすけ、おっきして!」
「プフゥッ!」
「行ってらっしゃいなー」
「えっと、はとちゃ……ちょ、力強っ……!」
心の準備なんてしてるはずもない。
意気揚々と玄関へ向かうはとちゃんに半ば引きずられるようにして、里子さん満面の笑みの見送りを受けるしかない俺だった。
* * *
夏場に塩分は大事だけれど、傷口にそれはちょっと遠慮したい。……したかった。
もっとずっと年下だと思っていた女の子が社会人だったことに驚いたのもつかの間。追い討ちは容赦なくかけられる。
やってきたのは、木ノ本家からも程近い、徒歩で10分くらいの建物。
3階建ての正面玄関に掲げられた文字に頭が痛くなってきて、これは夢なのかなと現実逃避に走る。
ぱらぱらと出勤している人たちは、女性の場合、はとちゃんと同じ制服で、男性はいかにもクールビズ中ですって感じの、シンプルなワイシャツ姿。
冷房の効いた室内を引き回……案内されるほど、鉛を置かれたみたいに頭が重くなる。
顔が上げられない。場違いにも程があるのでは。
精一杯の会釈をして以降、床と仲良くしている俺の視線は、突如としてひっくり返される。
「グッモーニンッ、ボーーーイッ!」
「うぁっ!?」
はとちゃんから脇に手を差し込まれたことがあったけど、あんなのは可愛いほうだった。
背後から強襲を受けるにしても、これはまずい。
だって、膝を……いきなり膝かっくんされることになるとか、どうやって予想したらいいって言うんだ。こんな公共の場で!
「いやぁ、近年稀に見る良リアクションっぷりだ。素晴らしい! 月間MVP獲得だネ! スーパーダンディー特別賞受賞者には、蛍灯村商店街割引券を進呈するのが決まりだ。喜びたまえ、エミリオ!」
「わーい、頼さんありがとー! 咲くん、やったね!」
「どうも……おはよう、ございます……頼光さん」
あいさつ代わりのハイタッチを交わすふたりに、テンションもなにもかも、完全に置いて行かれている。
まわりの人たちも、「またか」「まぁ村長だからね」と受け流している。いい、のか……?
村のみんなは基本ノリで生きてるって葵が言っていたけど、それってどこでも適用されてしまうものなのか?
だってここは、どう見ても……
「蛍灯村役場へようこそいらっしゃい! なにもお構いできなくてすまないが、どうぞゆっくりして行ってくれたまえ」
そう。はとちゃんに連れられてやってきた職場というのが、まさかの村役場だった。
つまり、頼光さんが上司……はとちゃん、公務員……え、ゆっくりってなんだ? 役場でどうゆっくりして行ったらいいんだ?
視線を泳がせても、超カメラ目線の頼光さんしか映らない。
ワイシャツにサマーベスト姿が、とても紳士的で村長さんみたいだ。村長さんだった。
やっぱりネクタイはしてないな、と思ったところで、「クールビズだからネ☆」とウインクを頂戴した。あの、心を読まないでください……
「そんな緊張することないよー。職場体験とでも思って、ねっ!」
「そうだね……」
おそらく20歳は超えてる大の大人だけど、俺。いや、深く考えたら負けだ。
ここは夏休みの社会見学に来た学生の気分にでもなって……って、はとちゃん、いま職場体験って言った? 職場体験って言った??