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おやばと  作者: はーこ
15/26

*15* これからのこと

 冷やし中華のタレは、醤油か、胡麻か。


 まず、胡麻という選択肢があったことに驚いた、ということをこぼしたら、驚かれた。

 なら、スイカに塩はかけるか否かという問いに対しては、聞いたことがあるような気はするけど、かけたことはない……と思う、と返した。

 塩をかけたスイカの味が、いまいちイメージできなかったからだ。


 その結果、まるでこの世の終わりのような表情を浮かべる(あおい)と言ったら。

 鬼気迫るものを感じてしまった。


 冷やし中華は胡麻ダレ。スイカに塩は必需品。

 異論は認めないと力説する葵は、食に対する意識が高いんだなぁと感心する。


 シャク……


 勧められた通りに塩をプラスしたひとくちは、一瞬のしょっぱさと、じゅわりと鼻腔にまで広がる瑞々しさを連れてきた。


「……すごい、甘くなるんだ」


 ただでさえ真っ赤に熟れて、ずしりと重みのあるスイカなのに、ジュースみたいな瑞々しさと甘さに拍車がかけられたんだから、美味しくないわけがない。


「コントラストが際立つというのかな。同じ法則が、きな粉にも適用される。俺としては、砂糖と塩を1:1の割合で混ぜたきな粉で食べるわらび餅が最高だと、自負している」


「へぇ……」


 俺はなんでも美味しいと思うし、なんでも食べるけれど、言ってみれば、自分の栄養管理に無頓着な状況だ。


 元からなのか、病気のせいなのかわからないが、少食なこともある。

 葵を見習って、もう少し関心を持つべきなのかもしれない。熱中症や夏バテ予防のためにも。


 とか考えていたら、視線を感じた。

 どうやら左の膝元から、俺を見上げるつぶらな瞳がある。

 ぷーすけ専用にスイカを切り分けたはずの小皿が、お盆の上でポツンと取り残されている。


 おまえってやつは……と苦笑しながら、まだ手をつけていなかった残りのひと切れをあげる俺も、大概甘い。

「プゥ!」とお礼をしてからもそもそ食べ始める意外な利口さがあるものだから、憎めないんだけど。


「ご馳走になって悪いねェ、はとちゃん」


「なんのなんの。もらった野菜でついつい作りすぎちゃうのは田舎のデフォなので、消費のご協力ありがとうでやんす。お兄ちゃん、ミヤ姉にもスイカ持ってってあげてね」


「はいありがとう。こっちで切り分けてからな。丸々持って帰ろうものなら、嬉々としてスイカ割りを始める未来が見える」


「始める、んだ……みやびさんが?」


「やる。突拍子もないことをしでかす達人だ、あの人は。それも、常人ではあり得ないレベルの規模で。後片付けをする俺の身にもなれっての……」


「ドンマイだネ☆」


「他人事みたいに言うのやめてくれませんかねぇ、頼さん! 知りませんよ、明日は我が身ですよ!?」


「お兄ちゃん、血管。血管労ったげてよ~」


 和やかな談笑は、昼食のときから変わらずそこに在るものだ。さながら、一家団らんのような。

 目の前にあるのに、どこか遠い気がする。

 ふと、現実を突きつけられた感覚。

 みんなが当たり前に話している内容を、俺だけが知らないという現実だ。


 薄い笑顔で相槌を打つのにも限界を感じて、意味もなく視線を逸らす。

 そのとき、不思議と目についたものがあって。


 俺の右隣にはとちゃん、正面に葵。

 そして、斜向かいに当たる上座に座る頼光(よりみつ)さんの左手側に、和傘が横たえられていたんだ。

 見るも鮮やかな朱色のそれに、どうしていままで気づかなかったんだろう。


 和傘といえば、みやびさんの作った……?

 それに、どうして玄関先じゃなく、家の中にまで持ち込んでいるんだろう、とまで考えて、思い出した。

 はとちゃんだって〝ひろくん〟を自室に持ち込んで、保管していることを。


「あんまり湿気にふれさせると、傷みやすいし。なにより、危ないからねぇ」と苦笑していたはとちゃんの言葉が、半分理解できて、もう半分の意味は、未だわからずじまいだ。


「ところで、エミリオ」


「……え、えみ……?」


「キミのことだよ、ボーイ」


 俺のことだったのか。まさかとは思ったけど。

 さも当然のように切り出され、しかも突然話を振られる不意打討ちには、ぎくりと身体が強張ってしまう。


「ぶっちゃけると、今日のお宅訪問は、キミにめちゃくちゃ用事があったからなのだよ」


「俺に……」


 そうですか、と。ふたを開けてみれば、意外に驚きはしなかった。


「キミのこれからについて、一度話をしておこうと思ってね」


 いつかはきっと。予感していた未来が、現実になっただけだ。

 ぐっと唇を引き結び、背筋を伸ばす。

 俺だって、なにも考えずに毎日を過ごしてきたわけじゃない。


「俺は、働きたいと思っています。村のみなさんが、得体の知れない病気を抱えた俺を受け入れてくれるかはわからないし、出て行けと言われたら、それまでですけど」


「ほう?」


「でも、俺は元気です。薪割りはまだまだだけど、普通に生活をして行けるくらいの体力ならあります。だから、ただの居候のままでいるのは、違うと思うんです。親身になってくれたはとちゃんや、葵や、村のみなさんに、恩返しがしたいんです。このままここに閉じこもっていたり、現実から目を背けるのは、絶対にしたくない……」


「ふむ……なるほど。ひとまず、お茶でも飲んで落ち着こうかね、(えみ)くん?」


 名前を呼ばれて、我に返る。

 いつの間にか睨みつけていた膝の上で、きつくこぶしが握りしめられていた。

 そんな俺の肩の力をスッと抜いてしまうように、向けられた微笑みは、晴れた空のごとく朗らかなものだった。

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