表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おやばと  作者: はーこ
14/26

*14* 真夏の敗北

 俺なりに張り切って臨んだ薪割りチャレンジは、結果から言うと惨敗だった。

 思い返すだけで頭を抱えたくなるから、詳細は割愛する。


 とりあえず、力めばいいってもんじゃない。腰は低く。水分補給はこまめに。

 大丈夫だ。学べたことがあるんだから、明日に活かせばいい。


 はとちゃんは、慣れない作業の末、自然の摂理に敗北した俺のために濡れタオルと扇風機を用意して、そのままパタパタと台所のほうへ行ってしまった。

 昼食の支度をしているんだろう。冷やし中華だって聞いた。

 こんなことにならなければ、野菜を刻むくらいはできただろうに。


 いまさら悔いても仕方ないとはいえ、せめて皿洗いは立候補しよう……と首の後ろを揉む俺の膝元で、なにやら「プゥウウゥウウ!」と奇声をあげる毛玉が1匹いるんだが。

 嘘だろ。首振り扇風機の使い方をこんなに心得たうり坊が、いてたまるか。


「プププゥウウゥウウ!」


「人間より夏を満喫してるな、おまえは」


 一周まわって感心する。

 でもまぁ、ヘンテコな光景に毒気を抜かれたのも事実で。

 こいつのことだ、台所から漂う出汁の香りを嗅ぎつけてきたに違いない。食いしん坊め。


 ぷーすけの遊びに付き合っていた俺は、夏バテのぼんやりした感覚も手伝って、玄関先から響いてきたエンジン音に、直前まで気がつかなかった。

 話し声が聞こえる。高い鈴の音色は、はとちゃんで、あとは……誰かが、来た?

 誰だろう? と至極当然の流れで首をかしげる俺の疑問は、早々に解決する。


「や、調子はどうだい、(えみ)くん」


 俺が誰なのかを知っている人――玄関のほうから、ゆったりとした足取りでやって来た青年は。


「……どなたさまですか?」


「酷いなっ、忘れたとは言わせないぞ!」


(あおい)さんではないですよね」


「なんでそこ否定から入るんだ」


 おかしいな。俺の知ってる彼は、「生粋の日本人だ」と言外の主張をしてやまない、作務衣姿の青年のはず。

 けれど目の前にいるのは、シンプルな白Tシャツにアンクルパンツスタイルだけでもサマになっている、モデル顔負け美青年。

 見覚えがあるとすれば、白い歯を見せて握手を交わした、涼しげな目元くらい、で……


「……え、葵さん?」


「こら、呼び方」


「…………葵?」


「じゃなかったら、誰に見えるのかな」


「どこの芸能人が忍んできたかと……」


「おや、それは褒め言葉かい? はは、いますぐ鏡を確認してごらん。その、国宝級の顔面凶器をね」


 あぁ、このピリッと効いたスパイスみたいな毒舌は、間違いなく葵だ。

 みやびさん相手の淡々としていたときと違って、笑みを浮かべているから、あいさつ代わりの軽口なのかもしれない。


「今日は休みなんだ。用事ついでに、帰ってきたってわけ。これ、必要だろう?」


「俺に……?」


 世間話もそこそこに、紙袋を手渡される。

 思い当たる節はなかったものの、中身を確認して、頭の下がる思いしかない。


「君に似合いそうなものを、見繕ってきたよ。こっちは新品だから、安心して」


「すごく助かる。ありがとう……」


「どういたしまして」


 寝る場所も、着るものも、嫌な顔ひとつせず、自分が使っていた部屋だったり、古着だったりを貸してくれた。

 今日は夏物の私服数着に加え、新品の下着まで持ってきてくれて。

 つくづく、よくしてもらってるなぁ。俺にはもったいないくらい。


「ほかに困ったことはない? お疲れの様子だったけど」


「これは、薪割りもろくにできない俺の貧弱なせいなので、おかまいなく」


「あーね……ま、あんまり気負いすぎなくてもいいよ。この村の住人だって、基本ノリで生きてるし。慣れるまでに時間だってかかるさ」


「ありがとう。葵は、やさしいな」


 親身になって励ましてくれる気遣いに胸がキュッとなったから、素直な感謝を伝えたつもりだ。

 ところが、ぱちりとまばたきをした葵が、ため息混じりに頭を抱えるものだから、焦りが顔を出す。


「俺、またなんか変なこと言ったか!?」


「いや、そうじゃない。いま、込み上げる尊さを噛みしめているところで……こら、はとこ! 無自覚天使はちゃんと見ておかないと、無自覚ゆえに甚大なる被害を主に俺たち兄妹に及ぼすとあれほど……!」


「えーなになに? お兄ちゃんなんか言ったー?」


「咲くんの尊みが増してるありがとういいぞもっとやれ!!」


「ごめーん、お鍋洗ってるから聞こえなーい。とりあえず、ご飯食べてくでしょー?」


「た・べ・る!」


「ほーい。そんじゃお皿運んでちょー」


 意思疏通が成立してないのに会話が成立してるのは、どうしてなんだろう。

 これが木ノ本(きのもと)兄妹ミラクル、とか? ……じゃなくて!


「はとちゃん、葵! 俺も手伝うから!」


 膝から下、広縁の段差から放り出していた足をもつれさせるように、夏草履を脱ぎ捨てる。

 ヒノキの廊下を、大股で台所のほうへと向かう足取りは、パタリ、と息が止まったように鳴りをひそめることとなった。


「おや、そんなに急いで、体調はもういいのかね?」


 途中にある居間の、風通しをよくするため開放した障子の奥に、ふいの人影を拾ったものだから。


「やぁしばらくぶりだね。お邪魔しているよ、ボーイ」


 ちりん、ちりん。


 座卓テーブルの前に腰を落ち着け、手にはキンキンに結露した麦茶のグラス。

 軒先でご機嫌な音色を奏でている風鈴に協奏したのは、まったりくつろいでいる壮年男性の、特徴的なバリトンだった。


「村長の……頼光(よりみつ)、さん?」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ