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ここではないどこかの世界の、ある港街。
その街のとある花屋で、とある女性が息を呑んでその少女を見ていた。
「……お探しの腕輪ってこれですか?」
銀色の指輪を華奢な指で掲げながら、その少女____エルゼは静かに問いかけた。エルゼが促すように首を傾げると、彼女の薄い亜麻色の髪が揺れ、アイスブルーの瞳がきらりと光る。
エルゼの言葉を聞いたその女性は、目を驚愕の色に染め、そして……
「えっ違う違う!
縁日で買った娘の腕輪、こんな綺麗な銀色なんかじゃないよ!」
エルゼの目に、一気に疲れたような色が広がった。
あっはっは、と笑い声が響く。
「まーたエルゼはどえらいもん見つけちまったのかい!」
「リンダさんとこの娘さんの腕輪見つけようとして、純銀製の腕輪拾ったのか……」
「……ミラルダさん、デービットさん。もう件の腕輪は見つかったんだし、掘り返さなくてもいいんじゃないのかな」
ついさっきの一幕があった花屋の中。
未だに疲れた雰囲気のエルゼは、養い親たちの方を淀んだ目で見つめてそう言った。
まぁまぁ、ととりなすようにエルゼと養い親たちとの間に割って入ったのは、さっきの女性____花屋の店主であるリンダだ。
「ほら、エルゼちゃんが珍しいもん拾ってくるのなんていつものことでしょ!
結局娘の腕輪も見つけてくれたんだし、別にそういちいち笑い事にするほどのもんでもないって」
「帰っていいですかね」
さらに遠い目になったエルゼに追い討ちをかけるかのように、養い親の片割れ____デービットは微笑んだ。
「別に可愛い娘を馬鹿にしてるわけじゃないさ。
ただなぁ、同じことを三日前にもやってたってなると流石になんつーかこう、驚くよなぁ」
エルゼは無言で後ろを向いて、花屋の入り口に向かって歩き出した。
「あ、帰るんなら卵買っといとくれ」と言うもう一人の養い親____ミラルダの声には何も反応しないでおいた。
エルゼは、ごく一般的な少女だ。
一応戦争で両親を亡くして天涯孤独になり、今の家族に引き取られたという経緯は持つものの、別にこの国においてそんな少女はとくに珍しいものでもない。
エルゼ自身、港街にあるパン屋の養子という今の立場に不満は無い。肝っ玉母さんのミラルダのことも、大雑把だが大らかなデービットのことも、それなりに大切に思っている。引き取られた先の街も、穏やかで親切な人々の多い良い街だ。
しかし、そんなエルゼにはとある妙な癖があった。
変に価値があるものを見つけてきやすいのだ。
それがどんなものかは非常に多岐に渡り、宝石店のマダムが落とした大粒のルビーから、数年間行方不明になっていた教会の聖具まで色々と揃っている。
ある意味たちの悪いことに、意図して探しているわけでもましてや盗んでいるわけでもなく、ふと目を落としたところにきらりと光ったのがそれだった、といった具合。
盗みの疑惑がかかりようがないくらいの歳から続くそれは、成長するたびにじわじわと酷くなっていく始末。数日前の十六歳の誕生日を切った辺りからは、先ほどのように普通の探し物すら怪しくなってきているくらいのものだ。
「………………なんでかなぁ」
ノロノロと家であるパン屋に続く、人気のない石畳を歩きながらため息を吐く。
この妙な癖を誇りに思っていた時代が懐かしい、などとしんみり思っていると、ふと先ほどのミラルダの言葉が頭をよぎった。
「そうだ、卵……」
卵が売っているのは、今通っている道の反対方向にある市場だ。
面倒くさいな、と思いながらくるりと踵を返した、その時。
「そこのお嬢さん、道を教えていただきませんか」
つい数秒前まで誰もいなかった____踵を返す前は無人だったはずの背後から、声がかかった。
「はい?私のことでしょうか」
そう言いながらエルゼは声に振り返り、そして___息を呑んだ。
「ああ、そうです。貴女のことですよ」
そう口にして微笑むそこには、絶世の美形が立っていた。
すらりとした長身、真っ黒な仕立てのいいコート。そして、その極上の美しさを誇る、顔。
中性的な雰囲気に、傷ひとつない滑らかな白い肌、そして整ったパーツ。ひどく肌が白いだけに、アメシストのような紫色の瞳が目を惹く。
髪は肩より少し長いくらいの白金で、ウェーブを緩く描くそれを、黒いリボンで結んでいた。
何やら、とんでもなく高貴で優雅な雰囲気の……………青年である。
そう、男である。
「(え、え、何この人?!)」
内心大混乱の嵐のエルゼは、しかし「どこをお探しですか?」と穏やかに返す。客商売の養子である経験が役に立った瞬間だな、とどうでもいいことが頭によぎった。
そんなエルゼを置いて、青年は「実は、」と言葉を続ける。
「とある銀の腕輪を探していて、まずは遺失物の取り扱いをしている教会に向かおうかなと」
瞬間、美形で頭がいっぱいになっていたエルゼは固まった。
「ぎ、銀の、腕輪…………」
…………エルゼのポケットには、先程花屋のリンダに見せた純銀の腕輪がある。
というより、エルゼが花屋を出たのは、正にこれを教会へと届けるためであったのだ。決して臍を曲げたわけではなく。
まさか、と思うエルゼに、追い打ちをかけるようにその美しい青年は続ける。
「ええ、純銀のもので。具体的な話はできないのですが、とある由縁を持った特殊なもので、どうにか探し出さなければならならず……」
そう口にして顔を僅かに曇らせた青年は、成る程先程までのエルゼならくらりと来てしまうほどのものだ。
が、しかし。エルゼは思い出していた。
「(……デービットさんが前に言ってた。高貴、とある由縁、話をぼかすの三拍子は、貴族絡みの厄介ごとだから首を突っ込むなって)」
そして、エルゼは無意識に手を握りしめる。
「(私の拾ったこれと、この綺麗な人、究極の厄介ごとの気配がするんですが)」
エルゼは、勘は悪くないのである。