2 救う方法
ちょっと重いですね。
佐倉は、クラスにどんどんなじんでいった。それはもう最初からこのクラスにいたかのように。
でも、それはクラスの中心になるわけでもなく、目立ちすぎるわけでもなく、誰かから目を付けられる手前の絶妙な塩梅だった。
話していても、話題が尽きることはないけれど、踏み込んだ話になる前に自然と違う話にすり替わる。
浮いたりはしていないけど、深い仲にはならない。そんな佐倉に気づいたのは、2月になってからだった。
でも僕はそのスタンスに感謝している。僕と悠人と佐倉は結構一緒に行動することが多かったけれど、僕の家族や家のことを聞かれたことは一度もない。
誰にだって話したくないことはある。それは自分の趣味だったり、夢だったり、誰かに入って欲しくない自分のテリトリー。
それが僕にとっては家族だった。
途中まで佐倉と一緒に帰り、そこから電車に乗って家に向かう。
重い足をなんとかあげてどんどん静かになっていく道を進む。
ほかの家より幾分か大きな家の重苦しい扉のドアノブに手をかける。
「ただいま帰りました。」
広く薄暗い家に響き渡る僕の声。
良かった、まだいない。
物音ひとつさせずに階段をのぼり自分の部屋に行く。机とベッドしかない簡素な部屋。
まあ、あるだけありがたいけど。
制服を脱いで着替え、宿題を終わらせ、ここからが僕の仕事。
階段を降りて広いキッチンへ向かう。
朝、水につけておいた食器を洗い、洗濯物を取り込み、掃除機をかける。
こういう仕事は淡々とこなすほうが早く終わる。
次に冷蔵庫にある食材を使って、夕飯の支度をする。
彼らの嫌いなものを使わないように細心の注意を払って。
支度を終え、また階段を登り、今度は白い扉をノックする。
「お母さん、玄です。」
「…あら、しずか?お帰りなさい。入って良いわよ。」
そろりと扉を開ける。僕の部屋より広くでも薄暗い部屋の中をみると、1人の女性がベッドから起き上がっている。
「お母さん、夕食作って下さったんですね。今日も美味しそうです。ありがとうございます。」
一拍あいて、女性、いやお母さんが口を開く。
「あら、わざわざありがとう。嬉しいわ。育ち盛りなんだから、いっぱい食べてね。」
ふわりと笑うお母さん。何の疑問も持っていない顔。
あぁ、本当にごめんなさい。
お母さんの部屋からでて、階段を降りると乱暴にドアが開く音が聞こえた。
あぁ、もう帰って来たのか。しかもこれはイラついてるな。
急いで玄関に向かい、そこに立つ人物に頭を下げる。
「お帰りなさい。玄也さま。」
白中玄也、僕の義理の兄だ。
兄は、乱暴に靴を脱ぐと、僕の頭を鷲掴みにする。
「おっせーんだよ!!!なにチンタラしてんだよ!俺が扉を開ける前にそこに頭下げてろよ!」
大音量の怒声が耳元で繰り出される。
鼓膜が破れそうだ。
「おい、話聞いてんのか?こっちは高度な学習を終えて疲れて帰って来てんのに、わざわざお前なんかに指導してやってるんだそ!分かってんのか、能無し!!」
鳩尾を殴られ、思わず倒れ込むと馬乗りされて、更に殴られる。
「お前があの有名私立に通えてるのは、父さんと俺の出世に必要な顔つなぎの為ってこと忘れてんじゃねぇだろうなぁ!!」
忘れるわけない。僕みたいな凡人があの学校に通えるはずがない。
ただただ感情を殺して殴られ続けてると、飽きたのか兄は自分の部屋に入ってしまった。
僕は殴られたところを確認する為に洗面所に向かった。
鏡を見て殴られた場所を確認する。あちこちを見ていたが、顔だけは殴られていない事に気づく。
白い肌に、長い睫毛。嫌になるほどお母さんとそっくりな顔。
この女顔の所為で、と思うとおもわず顔を歪めてしまう。
僕が8歳の時、新しく義父となった人は実力主義のエリート官僚だった。
美人で家柄も良かったお母さんを後妻として迎えたらしい。
彼はきっとお母さんを愛してなんかいなかったのだろう。いなくなった妻の代わりに自分の価値を高めることができる道具としてお母さんと結婚したんだ。
その証拠に僕が生まれてから、奴はお母さんに暴力を振るい始めた。僕も5歳になる頃には殴られらようになった。
「お前もあの女と同じだ!顔だけの能無しだ!それなのに自分が偉いみたいな態度をとって踏ん反り返っている!お前らのような人種が俺は一番嫌いなんだよ!!」
昔、美形と何かあったんじゃないかというくらい、凄まじい剣幕で奴はいつも怒鳴る。
奴がそうなってしまうと、前妻の子である兄は増長した。
僕には暴力を、お母さんには下卑た視線を送った。
あいつは自分の父親を将来的に超えて、捨てて、お母さんを自分のものにしようとしているらしい。
死ぬほど最低だ。
顔だけと言っておきながら、顔だけはどちらも傷つけない。能無しの僕は奴らの将来の成功の為の顔つなぎ用の道具でしかない。
能力も、力も無い僕はなるべく奴らの機嫌をとって、言いなりになるしかお母さんを助けることが出来ない。
元々お嬢様だったお母さんは、数々の仕打ちによって心を病んでしまった。
僕が、僕が何とかしなくてはいけないんだ。
独白、続きます。