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魔法学院、設立③

山本の首にはかなりしっかりした絞めあとが残っていたこともあり、プールの授業は即刻中止になった。まあ泳ぐの体力使うからあんまり好きではないんだけども、プールないと地獄なんだよなあ。

「……あの、日比野さん、少しよろしいですか?」

「おん?」

「先ほどプールの中で何かと出会ったりはしませんでしたか?山本さんの首のあと、明らかに……」

「って言われてもな。水の中でゴーグルなしではっきり見えてたわけじゃないし、山本を引っ張りあげた後は特に覚えてねえよ」


ちなみに全身ずぶぬれになったのでパンツをコンビニで買ってきてくれた先生に感謝しつつ、今は体操着である。

「オバケって線もあるしなあ。ちょうど今の時期だから――」

「やっほー日比野君!さっきはありがとう、助かったよ!」

「うぉっとい山本待てだ。お前の体重で今のしかかられたら俺は気絶する。先ほどの疲れも含めて間違いなくだ」

「む!女の子に重いって言っちゃ駄目だよ?」

「俺の重いって判定は幼児から発生するから」


そう言って改めて山本に向き直る。

「いや、無事で良かった。首大丈夫か?なんか痕残ってるって聞いたけど」

「うん、平気だよ。ちょっとしたあざみたいなものなのにみんな心配しちゃってえ」

にっこりと笑って俺の背中をばしばしいってえな力強い!


「待ってください、山本さん。聞きたいことがあるのですが」

「なんです、ギリアムさん。私あなたとそんなに親しかった覚えないんですけど?」

敵愾心(てきがいしん)をむき出しにした山本が、普段のちゃらんぽらんな様子とは打って変わって冷たい目でヴィオレッタを睨んでいる。女の子ってこんな冷たい目つきできちゃうの???


「先ほど!あなたが捕まっていたのは魔物ではないのですか!?これは安全問題にかかわります、あなたが友をかばおうとするつもりで黙っているのなら――」

()()()()()()|。本当に何もなかったんだよ?」

困っちゃうなあ、と彼女は朗らかに笑う。だが俺は知っている。俺は今、彼女に庇われている。俺はゴーグルをしてなかったが、彼女は明らかにしていたし、何なら普通に目が合ってた。


うん。

ヴィオレッタは確かに妹だ。だが今では全くかかわりのない他人だ。正直に言えば、俺は今のままでいたい。にらまれながら笑顔で立っている山本の前に立って、それからド正論を口にする。


「なあ、ヴィオレッタさんよ。あんたが魔物だって言う根拠があるのか?仮にそうだとして、そいつが山本から逃げた理由がどうであれ、まず一番にしなきゃいけないのは進入経路の洗い出しと、退治する方法だ。違うか?」

「……それは、違いませんが。それなら山本さんに協力してもらっても良いはずでは?私達の捜査に協力することは国家のためにも――」

俺ははっきりと、声を若干張り上げる。

「山本は今日溺れかけたんだよ。校医にお墨付き貰ってなきゃ、首に縄つけて病院にひきずってくとこだ。それを何だ、山本を捜査に協力させろだと?冗談も大概にしとけよ」


ぎらりとにらみを利かせれば、ヴィオレッタはたじろぐように一歩引いた。よしよし、これで引いてくれよ?


「山本。今日弁当じゃねえんだろ?俺がなんか買ってきてやるよ」

「え?でも……」

「あーはー、遠慮すんなって。谷内のおごりだからよ」

「俺かよ!?」

肩を組んでぐっと引き寄せる。

「おぉ、生還祝いでスペシャルローストビーフサンド?太っ腹だな谷内!」

「ナチュラルに500円越えのをおごらせようとすんじゃねえよ!てめーカツアゲされてそいつらのことネチネチ恨んでたくせに俺にはたかるのか!?」


教室の空気が緩み始めたのを皮切りに、数人の生徒が教室を出る。

「俺がパシられてやっから」

「まあ、それならいいケドも……」


俺が教室を出たとたん、そわそわしていた女子達が一気に山本の下に詰め寄った。同時にヴィオレッタは孤立の一途をたどる、か。自分でやっておいて罪悪感が半端じゃねえ。だが監査官で、あまりにこちらの水と馴染まないなら、妹であろうと侵略派であるのなら、あまり容赦はできねえ。


「さてさてスペシャルローストビーフサンドっと」

お昼休みの購買は混んでるが、それでも高値のものは売り切れている。俺は自分の財布から二千円を取り出した。後で財布を除いた谷内がぎょっとして俺を見たが、人差し指を口に当ててしー、とやると察したのか黙ってくれた。

「おいしい!これ、おいしいよ!毎日食べたい!」

もぎゅもぎゅと口を動かしている山本の横で、俺はふと気になって谷内に尋ねる。

「そういや、さっき女子とどんな話してたんだ?」

「……いや、これはお前が調子のりそうだしあんまり言いたくない」

なんでだよ。エゴサ大事だぞ、エゴサ。クラスの中で敵を作るのも作らないのも自分次第だし。


「いやいや俺常に調子乗ってるから」

「ヤバいやつだろそれは」

そんなツッコミを受けながら飯を食べ終わると、もう次の授業まではいくばくもない。すぐに立ち上がり、自分の席で教科書を抜き出して机の上でそろえる。次は移動教室だと教室を出ようとすると、右肩をがっちりと掴まれた。


「……痛いんだが?この非力すぎる男に向かってなんて仕打ちだよ」

「少し時間を戴きたいのですが」

「悪いな。放課後にしてくれ、授業に遅れるんでな」


俺がすっとその横を抜けると、彼女は「必ずですから!」と食い下がってきた。こりゃ、いいものが釣れそうだ。


授業が終わると、彼女について校庭の裏に回るように歩いていった。するといちゃついているカップルが今まさにおっぱじめようとしていたところで、あちゃあ、と額を押さえる。

「な、な、な」

「ほらほらおじゃましましたー。行くぞー」

真っ赤になってフリーズするヴィオレッタをつれて、俺は学校のごくごく近い喫茶店に入る。飲み物を注文した時点でようやくフリーズから帰ってくる。ちゅー、とアイスティーを飲みながら、顔を赤くしている。そんなんだからお兄ちゃん心配。


「私としたことが、と、取り乱しました。まさか校内であのような不埒な行為に走っているとは思わず」

「それで?アンタの用件てのはなんなんだ?」

「は、そうでした。申し訳ありません。ひとまずは謝罪を。山本律に直接言っても受け取ってはいただけないと思いましたので」

「まあ、そうだろうな。で、他にもあるんだろ?」

「……私達は、勇者を失いました。それでは一体何を力とすればいいのであろうか、と。私から見てこの国はあまりにいびつです。しかしそれでなくとも成り立っている」


まあ、前世に比べりゃあ、そうだろうな。

「弱者を守るのは強者の務めではありますが、あまりに度が過ぎています。独り立ちできない子供を支えるのではなく、それができる大人にまで力を注ぎすぎなのでは、と思われるのです。あなたのような一般人から意見を聞きたく思いまして」

「まあそうだな」

わかる。

わかるぞ。


「で、お前が今それを聞く理由は本当に状況の調査のため?」

ぐ、と彼女は言葉に詰まった。

「……あなたのような人がたくさん生まれるのがこの社会の利点ですね」

「激しい皮肉の言葉どうも。ついでにその辺の事情をおじさんは知りたいわけだよ」


ニヤニヤ笑ってそう言うと、彼女は誰にも言わないでくださいよ、と前置きをする。

「現在の軍部が抱えている派閥が二つあります」

「協調派と侵略派だろ。侵略派が魔法学院の設立で過激化したか?」

「ぐ」

「ほうそうか。んでもってあんたは協調派、侵略派?――へえ後者、だがそう過激な行動に出るつもりはなかった?図星かよ」

「ま、ま、待ってくださいッ!!ど、どうしてそんなに心を読むような真似を!?」

まあそりゃあ家族ならね、表情のちょっとした変化から機嫌やらなにやら伺うことくらいは出来るんだよ。


「じゃあ一般人の俺から忠告だ。侵略派は心からこの地を去ることをお勧めする。俺たちは日和って見えるだろうが、お前たちにとってはただの毒にしかならない。思想は人を蝕み、やがてお前たちの国ごと潰しきる。俺たちが一切手を下さなくとも、お前たちの国を滅ぼすことが出来る。それもお前たち自身が守るべき弱者の手によってな」

「な……そ、それはどういうことですか!?説明しなさい!!」

「オイオイ、倫理の教科書くらいあるだろ?そいつを読めばてめえにもこのくだらねえ争いが以下に無益でどうしようもねえもんかわかるってものさ」


翻訳で文字もきっちりと読めるはずだ。俺はにたりと笑い、鞄の中を探るとぺたり、と伝票の上に金額をきっちり置く。

「お前がそいつを読んで、まだ今日みたいな戯言をほざけるんならやってみろ。魔法学院を設立したなんちゃらイッセがいかに賢いか心からわかるだろうよ」


からり、とアイスティーの氷が崩れる音がした。

翌日彼女は学校を休んだ。


「……針のむしろだ。今日学校なんて来るんじゃなかったぜ」

「絶対お前が言い過ぎたせいだとか、お前が帰り際に何かしたとか思われてるからな」

「……谷内ィ、てめぇ」

一日をそんな風に過ごした翌日に俺たちは目を剥いた。


「……っ、……っ」

顔を真っ赤にしながら、スカートの裾を握り締めて歩いてくるヴィオレッタ。学校の制服だ。今まで文官の服だったのに。

「に、似合わねえ……!」

谷内がそう口にしたので俺はその頭を軽くぺし、とはたく。とはいえ似合ってはないんだよな、想像を絶するほどに。クラス全員が動きを止め、にらみ合いをする魔物みたいになっている。俺はそこで一歩前に踏み出して「よお」と口にした。勇者かよコイツって視線は要らないからな?


「どういう心境の変化だ?」

ふう、ふう、と恥ずかしそうに息を二度吐いて、それから落ち着いた声を出す。

「……私、あなたが帰った後に件の教科書を読み進めてみたのですが……実際、あなたの言うとおりでしょう。我々はもっとあなた方の文化を見極める必要がある、と判断しました」

「それでその格好?」

「が、学校という場所に馴染むには、これが一番でしょう!」

口元を押さえる間もなく笑いが飛び出した。

「な、何を笑っているんですか!!」

「あっはははは、くくくく、いやなに、マジで素直だなって。……あー、そうか、うん」


山本のほうをちらりと見る。彼女もヴィオレッタにその気がなくなったのを見て取ったようで、そうひんやりした目つきでもない。

「改めてようこそ1の3へ、ヴィオレッタ。心から歓迎するぜ――谷内のおごりでな!」

「どうしてお前は俺におごらせようとするんだッ!!」

「へぶッ」

腹にチョップを食らって戦闘不能になった。


打ち解けようとした姿勢を見せたヴィオレッタは女子に明るく迎えられていき、ひとまずは万々歳、と椅子でだらけていると、山本から声をかけられた。

「やっほー、日比野くん」

「うん?どうしたんだ山本」

「あのね、今度の日曜日、ゆきねちゃんの様子見に行こうと思ったんだけど……一緒に来てくれない?」

「おう、いいぞ。ゆきねも無理しやすいしな、ちょうど気になってたんだ。ゆきねに時間聞いて、待ち合わせ場所と時間決まったら教えてくれ」

「うん!」

ぱたぱたと走っていく彼女に、そういえば谷内は誘ったか聞こうと思ったのだが、まあ山本のことだしどうせ誘ってんだろ。

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