言語超解②
「どういうことだ!?突然話が通じるようになったぞ!?貴殿らの魔法か!?」
「わ、分からない。我々も理解不能な現象だ、言語の習得を試みたのはまず、言語の訳を行ってくれる魔法陣を作るために必要だからだ。魔法陣の作り手がその言語を理解していなければ、魔法陣に言語の体系を組み込むことが出来ない。だから理解不能だといっているのだ」
詰め寄られた軍人がそう解答すると、言語学者の一人が「つまり」と口にした。
「魔法陣を使えば簡単に翻訳が出来るが、その魔法陣を作るには言語を理解していなければならない、ということだね?」
ニコニコとした顔ながら、その言葉尻は糾弾するようなものに近く、その場にいた人の多くがう、と呑まれかける。だがそこは軍人というべきか、すぐに立て直して肯定をする。
「ええ、その通りです。しかもかなり魔法陣の作成に通暁している人物だと考えられるでしょう。もし可能ならば、人員をいくらか割いて魔法陣の調査に向かいたいのですが、可能ですか?」
「こちらから随行員をつけて、対応しましょう。魔法陣などの特徴などはありますか?」
「ええ、かなり目立ちます。この発動方法から見るに、魔力自然吸収によるものでしょう。発光しているはずですし、おそらく人一人を超える大きな魔法陣のはずです。発動直後ならその人間の魔力が残っているのですが……」
軍人の答えに官僚はすぐさま指示を出し、ネット上に何か情報が無いかを調べ始める。目立つという言葉にふさわしく既に情報は拡散され始めていた。
「場所特定はすぐに終わりそうです。特定が終わり次第即時向かいましょう、誰がどんな意図で設置したかもはっきりさせねばなりませんから、できればそのあたりのことはあなた方にお願いしたい。情報の隠匿などはお互いに、不利益しか生みませんから」
「ええ、了解いたしました。我々も全力をもって事に当たるつもりです」
官僚の釘刺しにもほとんどタイムラグなしに答える。目下協力体制は築かれた、といえた。
新宿のとある一角、そこは人だかりになっていた。軍人がすう、と息を吐き、声を張り上げる。
「現在我々は調査の一環を行っている!すまないが、一時的に道を開けてくれたまえ!」
カメラを向けていた青年たちがぎょっとして、それからそそくさと道を開ける。平和な日本ではとても考えられないくらいに鍛え上げられた肉体を持つ軍人と、それに付随する白衣を着た女性、そしてかっちりとした髪型にスーツをびしりと着こなしたいかめしい顔の男たち。
その一団が人垣の中に入ると、白衣の女性がぎょっとした。
「な、なんですこれ!?こんな複雑な術式……」
「何か分かったんですか?」
「いいえ!分からないですわ。ええとですね、これを作った方は勿論天才です。私共にはおよびもつかないほどの。ですが、いくつか読み取れる情報もありますわ。例えば、この基礎的魔法陣はエイグェの基礎にのっとったつくりです。これは我々の国にある魔法学院にて教えているものですわ。他の学校は主にスラヴェュ、マトゥリシュの魔術基礎にのっとってペンタグラムを基礎としています。ですがこれはヘキサグラムを主にしているわけです。ただ、それを中心の五つの丸に閉じこめるためにかなり無理やりな設計です。収束が六つだと自動吸収は入れづらいんですよ。正直、心底信じられないほどのバランスで成り立っていますよ。一見意味の無い文字の羅列が、それぞれ共鳴しあって……作れといわれても絶対国家計画ですよ、これはもっごぅ!?」
がーっとまくし立てられたが、軍人の一人が彼女の口を押さえて「つまり」と進み出た。
「我々がこの魔法陣を作ろうとしても、十数年かかります。現にこの魔法陣は完成されていますが、ここまでのことをできる人間はいません。いえ、一人だけいましたが、彼は死んでいます」
「彼?」
軍服の男はこくりとうなずいた。
「魔法学院を歴代最短、かつ最年少で卒業。加えその後の軍では敵を単独で数万退け、さらに魔王討伐の旅ではほとんど魔王に近しい実力の側近を、単身撃破しております。あなた方には想像できないでしょうが、我々にとっては神にも等しいお方でした。その聖体は確実に現在も女神教中央聖堂に安置され、今も聖人としてあがめられています」
その話を聞いて、一番年の行った男がなるほど、とうなずく。
「ふむ……彼は非常に優れた男だったのだね。だが、彼は死んでいる。今現在起きている現状の理解は不能と見るべきだろう。ここはこの場所の警備と、魔法陣の保全。それから全ての魔法陣の場所の特定を行うべきだろう。警視庁に連絡し、即時に徹底させるように」
官僚の数人がスマートフォンを取り出し、テキストを送り始める。その様子を見ながら年配の男はちらり、と軍人に視線を送る。
「……魔法か。我々の世界ではついぞ実現しなかった技術だが、魔法陣が使えているということは、なに、我々も今からもしかすると魔法使いになれるかもしれんのかね?」
「魔法は我々の国では非常に浸透した技術であります。あなた方が気づいていないだけで、魔力はあなたの中にもありますよ」
「はは、そうか。科学をもってしてなお観測できない事象か。さて、まずは君たちの現状を聞きたい。何ゆえこの世界に来たのか、な」
「ええ。説明すべきでしょう」
『政府の公式見解では、現時点で発見されているこの魔法陣が言語を訳している、と考えられています。そのためもし見つけた場合には警察の、こちらの番号に通報して、決して手を触れたり、破壊をしたりしてはいけません』
破壊ねえ。しようと思っててもできねえからなあ。
土台になってるアスファルトが地中からぶち割れるレベルじゃねえと。
『加えて、ラスエファト王国軍部隊長より、公式の見解があります。皆様フラッシュはお控えくださいますよう、お願いいたします』
『お初にお目にかかる。我が名はアゥディール・ロエス・コンツァである。ラスエファト王国の軍部隊長を務めている。今回の事態について我らが世界に起きた出来事について説明しておきたい』
その前置きから始まった話は、俺の耳から聞いてもずさんとしか言いようがなかった。
まず、勇者が死んだ。
あのでたらめで意味の分からんが筋の通った正義を振りかざす男が死んだ。
ついでに聖女が死んだ。
あの博愛主義者でどんな悪人も優しく諭しながら治療していた女が死んだ。
勇者が魔王を倒した際、彼が勇者に呪いをかけた。それが個人に及ぶものならまだ許容できたのだが、勇者の膨大といえる魔力と加護を全て食いつぶし、異世界との門を開くというものだった。予言でぎりぎり軍人と資材を集めることが出来たが、勇者は死亡。同時に勇者の解呪に当たっていた聖女も死亡。
その後異世界からの怪物を警戒していたが、攻め込まれることも無く、安堵していたところ向こう側に魔物が逃げ出し、慌てて飛び込んで魔物の掃討及び住民の救助を行ったという。
『魔物の流出により怪我をさせ、申し訳ないと思っている。だが我々はラスエファト王国の守護者である故、長期間の滞在が出来ない。現に勇者と聖女を両方失ってしまっている。向こうでは戦争が起こった際捕虜などの扱いも貴族以外はモノ同然だ。出来れば自国民をそのような事態から守ることを急務としたいのだ』
『そこで、今回の事態を受け、ラスエファト王国から魔法技術の提供により日本国、東京に魔法学院を設立することとした。この学院では――』
待て。
話が早いぞ。
魔法技術の供与?
なにそれ全然予想してなかった。っていうか魔法学院って誰が考えたんだよそのアイデア。まずは軍事関係者が魔法技術を試すべきだろ頭沸いてんのか――と口走りそうになるが、ひとまずクールダウン。
落ち着いたらちょっとは冷静になったらしい。
まず魔法学院としたのは、おそらく軍事利用をすることがないというアピール。純粋に魔法技術の供与としての場を提供するための建前。まあおそらく十中八九まちがいなく軍事利用されますけどね!
で、おそらく生まれている協調派と侵略派だが、今のところ協調派が頭一つ出ているんだろう。俺が魔法陣で言語通訳をしたのも、侵略派が増えすぎないようにするためだ。
だが『魔法学院』となると、侵略派もかなり活発だ。何しろ軍事目的での施設なら明らかに協調路線といえるが、日本側の平和利用アピールによって日和った軍人も出てきてるだろう。こいつらは確実に犬も羊飼いもいないまま柵の中で丸々肥え太った羊だ、と。
はしゃぐと同盟国が何言ってくるか分かったもんじゃねえのに。
「クソッ、情報が足りねえな」
「なにやってんのよ、兄貴。一人でリビングでテレビ見ながら独り言?テレビと会話するようになったらヤバいってこないだやってたわよ」
「会話なんざしてねえ」
「あっそ。……ねえ、兄貴、この魔法陣、もしかして――」
ちらり、と俺を見て、それから唇をつぐむ。そうやってしおらしくしてりゃ何でもかんでも教えてもらえると思ってるのか、こいつ。俺が教えるわけ、ないだろ。
「俺ちょっとムラムラしたから部屋に戻るわ。覗くなよー」
「誰が覗くかッ!!」
部屋の扉を閉めてオナ……るわけねえだろ。
さて、侵略派閥がここから考えることとしては、だ。
「まず第一に、学院の設立を邪魔しようとするか、学院を設立したことを逆手に侵略の足がかりになる人間を送り込むな。これは間違いなく、だ。国王も派閥をそう無視は出来ないはずだ。加えてこっち側からの圧力をかけるとしたら、警察か、自衛隊か?いずれにせよ生徒がいる、強気の交渉にはなりえないだろうな。あー、なんつう目障りなことをしてくれやがったんだ」
ベッドの上からのけぞり、頭を床につけながら考える。なんとなく血がいきそうな気がするから考えるときにはたまにこうやっている。
いいアイデアが浮かんだことは一回もないけどな。
「そうだ、魔法学院って入るのにどんな条件がいるんだ?」
検索をかけてみると、いまだ設立されていないため入学の条件は書かれていない。俺はがっくりと肩を落としながらそろそろ再開されるだろう学校に向けて、準備を始めた。
まさか業を煮やしたせっかちなお偉いさん(知り合い)が、直接教師に名乗りを上げ、学院の設立を夏までに成し遂げてしまうなど、このときの俺は微塵も思わなかったのである。