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言語超解①

民俗学や言語学者、はたまた官僚が頭を寄せ合いながら、軍服の人間の喋る言葉を記録していく。英語の話者も出張ってきており、相当な金をかけて呼び寄せているのだと思われるほどだった。だが相手の常識も向こう側の世界を支配している道理も何一つ分からない状況で、何がどの単語なのかを特定するのが難しい、というニュースが流れてきた。

ちなみに俺の学校は休校扱いになっている。


唯はぴんぴんしていた。

何しろ俺が部屋に断り無く入った瞬間に花瓶がぶん投げられてきたのである。……わが妹ながらやべえやつだな。顔の真横でぶち割れる花瓶に背筋もろともぞっとしたわ。

「あれ?なにやってんの?」

「一瞬で同情してやろうという気分が吹っ飛んだわ!何で花瓶ぶん投げてんの!?」

「あれよ。あれなのよ。えと、その……あのね?やっぱり乙女が目覚めて知らない場所にいたらすわ貞操の危機かと思うじゃない」

ぶっほ、と噴き出した瞬間、枕が飛んできた。それをタイミングよくキャッチすると、舌打ちが聞こえてきた。見事な舌打ちだ、普段からやってないと出来ない。あとこの枕重いね。どうやって投げたんだよ。ずっしりしたそれを近くのベッドに置き、それから近くに寄っていく。花瓶、また投げてきたりしねえよな?コイツ。


「それで?あんた、何しに来たのよ」

「別に。着替えと食い物だが……こんだけ元気なら早く家に帰ってやれよ」

「嫌よ!外、もう真っ暗じゃない」

「チッ、箱入りが。小学生だって歩いてるってぇの」


面倒な、と俺は溜息を吐いた。

「じゃあ、俺はこのへんのネカフェに行ってくるから」

「ちょっと!?アタシを一人にする気!?」

「寝てる間に花瓶でぶっ殺されちゃたまらんからな?」

もう一度投げるものを探していたようだが、俺が部屋を出るまで特に物が飛んできたり声がかかることは無かった。


俺は足早にネカフェに向かい、それから白紙のノートを開いた。今から作るのは、まあ非効率もいいとこな魔法陣である。魔法陣はその内側に魔法言語を孕みつつ、さらに図形でそれぞれのリンクを――まあ細かいことはいい、自由度が少ない代わりに設置して大気から魔力を供給させたりすることができる。

つまり、俺が魔法陣を作って何処かに設置すれば、少なくともある一定の範囲でお互いの言葉が通じるようになる、というわけである。


「さァてと、久々だがやりますかね?天才の俺でもこんな魔法陣は初めてだが」


――結果として。

一晩では完成しなかったが、概形が見えた。後は細かいところを詰めて東京のあちこちに設置すればOK、のはずなんだが。

「この、くそばか、兄貴!!死ね!」

枕で殴られそうなところをすいすいと避ける。反射神経はいいほうなので。

「なんつー口の悪さだ。嫁の貰い手もいるかどうか」

「なんですって!」

「あぁすまんすまん、つい思ってることがぽろっと。そんで、ぴんぴんしてる、明るい、帰れるだろ」

「お、……おぶれ」

「無理だ。俺は自他共に認める非力だからな!」

「チッ、使えな……」

「へいへい、生意気でどうしようもねえ妹を持つと兄貴は苦労するもんだな、と。さて、どもあんがとございましたーっと」


軍服に礼をしながら、俺はすたすた歩いていく。妹が時たまびくっとしながら俺の鞄を掴む。止めろ。

「ひぇん!?」

ばさ、とノートが開いて、昨日書きかけていたページがばさ、と開く。

「げ」

「あ?」


妹が拾い上げ、それから俺とそのページを見比べる。面倒なことになった、と額を押さえた。

「へぇえええええ~ん?あんた、こういうことに興味があるんだ?へ~ぇ、つまんないと思ってたら。へ~ぇ」

「はいはい、返してくれ。そいつには数学の板書もとってんだからよ」

「妹様に向かって?中二病のキモオタ兄が?その口調でいいわけぇ?」


にやあ、と彼女が笑う。だから面倒なんだって。ちなみに今の顔キモオタのニチャアって感じの顔だから。うら若き乙女自称するヤツがしていい顔面じゃねえから。

「へいへい申し訳ありません。どうかこの私めにそのノートをお返しいただけないでしょうか」

「だ め よ」

「じゃあ強硬手段しかねえな」

「は!?ちょ、ちょっと待っ、」

もぎ取るくらいの握力は出せるんですよ。一瞬ならね。


「ぉら」

べり、と取り上げると、うなっているチワワみたいな顔になる。目が大きくてくりくりしているだけに余計にそう見えるようだ。

「なにすんのよ!」

「へえへえ、すいませんでしたー」

頭を手で押さえながら鞄に再度ノートをしまいこむ。

「そろそろ黙れよ。じゃねえとお前、自分の兄貴がどうしようもない人間だって自己紹介する羽目になるぞ?」

「あ?……って、な、ナッコじゃない!か、隠れてよ、馬鹿兄貴!近寄るな!」


どん、と押されてよろめく。その瞬間、相手が唯に気づいたらしく、つかつかと寄って来た。しりもちをついていると、俺を糾弾するように指差してくる。

「唯!どうしたの、このおっさんにナンパされたの!?唯に何してるのよ!このハレンチリーマン!!」

胸倉を掴まれて、ぎりっと睨まれる。いまどきハレンチって日本語チョイスが絶妙に古い。

「え、いやあの、ちょ、」

「唯は黙ってていいよ。私が全部何とかしてあげるから!」

さて。こういうときの選択肢だが、シチュがシチュだけにこういう手が取れる。


「へえへえ。じゃ前科でもなんでもつけとけよ」

「覚悟しておくことね!」

「ち、ちょっとおおおおおお!?何で兄貴も釈明しないのよ!」


そう唯が叫んだとたん、叫んでいた少女はさび付いた人形のようにぎぎぎ、と動かなくなった。面倒だから塀の内側で保護して欲しかったなあ。

「あ、あ、あ、あ、兄貴、ってことは、唯の、おにいさん……?」

「全く似ていなくて悪かったですね。そろそろどいていただけます?さすがに周りの視線が痛いんで」

「へ、あ、はい……」

「ついでに釈明もしといてもらえます?俺、はっきり言って冤罪もいいとこだし。唯も似たもの同士のお友達はいいが、兄貴に前科つくの嫌だったら、のんきに見物なんてしてないでくれる?」

「あ、うん、ご、ごめん兄貴」


捨て身の特攻良し。

と、そこで俺のスマホに通知が来た。それを見て、顔をしかめる。スタンプ欲しさに友達登録した食べチャオのLINEからである。それを見て溜息を吐き、そして唯のほうを見る。

「悪いな、俺は少し用事が出来た。父さんと母さんには遠くの友達に会いに行くから数日帰らんって言っといてくれ。じゃあな!」


颯爽とその場を立ち去り、それから背後から「って、どうして兄貴の弱み握った私が怒られてんのよ!」と叫ぶ声が聞こえた。今頃気づいても遅い。


それから二日、俺の下にある魔法陣をいじくり回し、ようやく完成したものをデジタル化する。それからコンビニでコピーを行い、家の近くまで帰ると、学校途中の河川敷に降りた。

橋の下にある空間は、非常に魔法発動に適している。だれか四六時中そこを監視でもしていなければ見えにくいし、それに人だって多くいるわけでもない。いわゆる日常に潜むアングラな場所でもある。監視カメラもない場所だから発動は問題ない。隠蔽化がちょっと監視カメラをごまかせるか分からないので、多少ドンキグッズで変装をして、と。


「さァて、ご開帳。天才はいつだって、凡人には神のごときなんだぜ?」


ばしりと魔法陣は橋のコンクリートに張り付いた。その一部に指を置き、それから魔力を流し込む。すると徐々に魔法陣は侵食をはじめながら紙から抜け出ていき拡張し、やがて俺を上回る大きさになりかけたところまででようやく止まった。ふう、と息を吐く。

「でかい魔法陣だな」

空気中にある微量な魔力を吸収し始めた段階だ。安定までにはまだまだ気が抜けない。左腕の指をすっと動かし、右の前腕に魔力で文字を刻み始める。


「ィリュェラ・ォ・ゥシュルジィ」

魔術言語特有の先細りした言葉は、魔力文字と呼応し共鳴してその効果を増す。俺が教科書にした重量軽減はたいしたもんではないから共鳴の段階すら必要なかったが、これは違う。

これだけでかい魔法陣となると、ひどく面倒なものだ。真ん中に書かれている五つの丸に、右手の指を押し当てる。


「上手くいってくれよ?」

ぎゅる、とただ吸収されていった魔力が中心に集まってくる。五つの丸には熱いほどの魔力が溜まり始めたが、もう少しだけ待たなければならない。

「せぇ、のぉ!!」

右腕をねじり、それから引き回すように腕を引き抜いた。魔力だまりから腕を引き抜くのは癖になりそうだ。毛穴から角栓がとれるのにも似てる。


にゅる、ずぽっ!という感覚と共に、光のシャワーが飛び出した。

俺は慌ててその場から駆け出して、数百メートルでダウンしそうになる。へろへろになっていると、例の猫がぶにゃ、と通りがかった。その腹をもしゃもしゃ撫でていると疲れもとれるわけねーだろ!

「ただいまー」

「お帰りなさい。まったくアンタって子は、こんな時に一体どこに行ってるのよ!」

「すいませんでしたー」

「ちゃんと話を聞きなさい!ああもう、こんなににおうじゃない!早く風呂に入っていらっしゃい!」

「へーい」


俺は風呂に入るべく服を脱ぎ捨て、はだしでぺとぺととシャワーの前まで行く。足の指の間から出てくる靴下のゴミが非常に汚い。

「ぅえ、ばっちーの」

昔なんかは数日やそこらブーツを履きっぱなしでも平気だったんだが、今思うとただの歩く生物兵器だな。浄化魔法はかけてたが、戦いの最後の方になると浄化にかける魔力のほうがもったいなくて……。

今とんでもないことに気づいてしまった。

もしかして、俺すげえばっちい状態で死んだんじゃね?そんでその死体がそのままどこかに埋葬されている、なんて。

「――うわぁ」


願わくば聖女か誰か、心ある人間が俺に浄化をかけてから持ち帰ってくれたことを祈るばかりである。


二回シャンプーをして、シャワーで全身を丁寧に洗い清めていく。ちなみに背中に手が届くからだのやわらかい人間なので、お手の物である。指先まで丁寧に洗い、一旦止めていたシャワーで洗い流した。

風呂から上がると居間には妹様が鎮座していた。

「おかえり?」

「ただいまっと」

俺はスマホをいじり、それから一部のツイートで『それ』が話題になっていることを見つけると事が目論みどおりになったことを確信する。


「あ、やべ。発売日今日だったか」

「何の?」

「特典がついてるCDだよ。新宿店かあ……わり、母さんたちに買い物にいったって言っておいてくれる?」

「はあ!?ちょ、また家出るの?ちょっとは――聞いてるの!?」


俺はしれっと昨日のかばんを持って家を飛び出す。電車に飛び乗り、それから鼻歌を歌いつつ廃ビルの中に、裏通りの壁に、ぺたぺたと魔法陣をくっつけては発動していく。良い子は不法侵入しちゃ駄目だぞ。悪い子ならいいかってそういうわけでもないけど。


翌日、政府主導の記者会見が行われた。

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