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高校入学当日③

「私達の足元の床が突然崩れたところから事態は始まりました。何しろ唐突なことだったので、全員がバランスを崩してしまいまして」

ちなみに俺が間抜けにもぶっ倒れていた場所は崩れなかったらしい。悪運が強いと彼女は笑った。


その後、瓦礫の中で透明な何かがうごめく様子が塵の中でよく見えたという。彼女のいた場所が狙われたが、転がることで事なきを得た。だが次の瞬間、その透明な何かは唱えられた呪文が聞こえたとたん、雷に打たれたように赤黒く焼け焦げた。遺されたのは陸上の肉食生物に当てはまらない外見のこげた死体だ。

ただただ訳のわからんうちに訳のわからないものに巻き込まれた、というのが彼女の正直なところらしい。


「気分的にはニチアサの戦闘に巻き込まれた気分でした。それをやったのは、先ほどの方たちと同一の軍服を着た人で……」

「なるほどな」

俺はちょっと首をかしげて、それから唸る。ほぼ分かってることをしゃべるだけなんでポーズなんだけども考えてる風の演出のために!


「これは突拍子も無いような仮定だが……水色の治癒を行う薬といい、呪文で起こった不思議現象といい、そのバケモノといい、どうにもファンタジーのような話だ。つまり、別の世界がこの世界と接触した挙句、つながっちまったってのはどうだ?仮説としては」

「まだあのバケモノが人工的に作られたというトンデモ生物で、あの薬が科学の粋を極めた説も持つべきなんでしょうが……私はその説を指示したいと思います。スピードが異様に速いのですよ、これは」

「だよなあ。あのわけわかんねえがクッソ臭い薬をぶっかけられて、怪我が治るなんてよ」

「え?臭かったですか?草の匂いのような感じですが」

「臭いだろあれは」


いかんとも形容しがたいが、アレの匂いは死ぬほど嗅ぎたくない。俺の気持ちとしては毎日生ゴミの中で動き続けるようなもんである。絶対に嫌だ。

「その話は置いておいて、とにかく今危惧すべきはこの世界をやつらが侵略しに来たのかどうかの一点に尽きる。もし仮に偶然だとして、こんなに迅速に助けに来れると思うか?」

「いいえ。それは否定せざるを得ませんし、なおかつ物資の配給、兵站に関しても最適化されているほど準備されたものでした。元々考えられていた侵略と言っても過言ではないでしょうね」

「そうだ。だからこそ、この事態には首を傾げざるを得ない。俺たちを捕まえるでもなく、ただ治療して家に帰している。ってこたぁ、得体の知れないがいつ来るか分かっている危機に備えており、その上で俺たちのような世界に対しての対応策を決めかねている、というところだろう。まあ、恐らくはファンタジー御用達、『予言』だのなんだのでそいつをはじき出したんだろうが」


なるほど理にかなっていますね、と彼女はうなずいた。とりあえずその理がなんの理かはさておいて、同意を得られて万々歳である。これだけ間違いない事態になったらそりゃあもう。

「で、俺から一つ思ったことがある。彼らが仮に侵略をしようとした場合、これは自衛隊出動案件ではなかろうか?と。まあ国から攻められるだのの違いはあるが、少なくともファンタジーの火力は現代兵器の火力に無条件で勝利できるわけでもないだろ?大量殺戮兵器ってのはそういうもんだ」

「そうでしょうね。飛行なども、彼らの地では達成できているのか分かりません。例えば魔物などが空中にいた場合に飛ぶメリットはあまり見つかりませんし、移動にしてもおおよそが命を落としかねない状況です。護衛を雇い、加えて車両が壊れることが多いでしょうから、現代のような精巧なつくりの車両などはありえないでしょう」


まさにその通りである発言に、俺はそうなんだよなあ、とうなずいた。

「つまり、仮に征服や侵略行為に出たとして、彼らが勝てる可能性があまりない。それを知ってか知らずか、俺たちを見定めるような視線があちこちから向けられていた。俺が大声を出したときも、なにやら警戒していたしな」

「そうでしたか。……ところでさっきから気になっていたんですが、律と後ろの谷内くんは、どうして黙ったままなんでしょうか?」


振り返ると、谷内と山本がギクシャクした様子でこっちを見た。

「い、ぃやっ、な、なんでもねえって。な!」

「そ、そうだね!」

「いやいやなんでもなくないだろ。もしかして谷内……高校デビューか?」

「ギクッ」


肩をぎゅっと引き上げて、俺とかたくなに目をあわそうとしない。

「あーはー、谷内ィ。女子は初めてか?初心だなお前さんは。おっさんがイケない店でも紹介してやろうか?」

「お前の顔でそれ言われるとちょっとマジにしちゃうから辞めろ!ただでさえ疲れきったサラリーマンみたいだし!ってかお前も言うほど女子とお近づきになった経験があるのかよ?」

「いや、俺、彼女いたことはあるし」

「は!?」

「童貞でもないけど」

「はああああ!?」


なんで山本とゆきねまで驚くのか。不本意である。

「高一で卒業してるのって普通なのか!?お、俺にはわからないぞ!?」

「わ、私に聞かないでくださいよ!っていうか律はどうなんですか!?」

「し、知らないよぉ!そんなの、け、経験だって無いもの!」

「なんだ性に興味津々な年代だろ。スマホ持ってりゃエロいサイトはいくつでも見つけられんだろうが。谷内は覚えがねえとは言わせないからな」

「だッ、だからといって~~~~~~ッ、こ、このリア充め!」


なんじゃそりゃ。

「あのなァ。今が一番彼氏彼女がどうのこうのって言う時代じゃねえか、青春しろよ」

「それは!青春が!出来るやつが言うセリフだ!……で?お相手は?」

「河川敷に落ちてるエロ本こっそり見に来たお堅い委員長だが?」

全員が脅したな、こいつという目で見に来たが、否定したい。だって俺はぶっちゃけ買い物の途中で委員長をみつけて声をかけただけで、そのあとは委員長に押し切られただけだし。


「さて、高校も近いが帰るやつは?」

「そうですね、すみません。それでは私はこれで。……律、気をつけて帰りなさい。男は狼よ」

「お、おとこはおおかみ……」

「オイオイ、谷内はチワワだぞ」

「それもそうですね」

「同意しないでくれよ!?ってチワワってなんだ!言えよヘタレって!」


谷内の叫ぶ中、ゆきねは一度だけ手を振り返して立ち去っていった。なんとも友達思いなやつであると苦笑すると、山本は俺と谷内をばっと見比べて、それから警戒する子犬のような動作でびくびくしている。

「……やーまーもとっ」

「ひゅん!?」

「あーはー、これ面白いな」

「って、日比野、お前タチが悪いぞ。やめてやれよ、大人っぽい顔でそういうことされるとマジ違和感はんぱねえから」

ちぇ、と俺は唇を尖らせると石を蹴り転がす。


「……なぁ、さっきの会話ってホントか?」

「エロ本の委員長の話か?」

「ちげえよ!……その、侵略とか、どうとか……」

「間違いなくその議論は向こうさんで起こるだろうな。で?」

「で?って、その、俺たち……どうなるんだ?」

「どうにもならんだろうよ。俺たちはいつだって流されるだけさ。それともどうにかできると思っているのか?共通の言葉すら持たないんだぞ、俺たちがどうにかできると思ってるのか?」

「……いや。悪い、俺が先走った。そういうんじゃねえんだ。ただ、俺たちの思ってた未来とか、日常とか、そういうものは全く……かなわなくなる世界になるのかな、なんて思ってよ」


谷内の言い分ももっともに聞こえるが、そんなことは無い。俺はちょっと肩をすくめてその言葉を笑った。

「それはありえないな、というか、お互いの言語が通じない。文法も何も分からないし、意思疎通が出来ない状態で相手を戦いに持ち込むなんてことは、ありえない」

それに、だ。

あの勇者のことだ、内政にまで口を出して確実に『侵略行為などすべきではない!』とかのたまうだろうしな。俺は当然事情さえ知らなきゃ侵略側に回ってただろうが、今は両者の事情が分かるゆえに協調路線を爆推ししたい。


「じゃ、俺はこっちだから」

「や、山本さんもあっちなんだ?」

「え、えっと……はい」


ギクシャクしながら歩く彼らは非常に見ていてうっとうしくもあるが、それより面白そうだという気持ちのほうが大きい。

まあ、あのチワワがどうにかできるようなことも無いか。


俺が家に帰ると、両親が「識!」と呼んできた。

「何?」

(ゆい)が大怪我して、それから意識不明のまま運ばれていったのよ!どうしたらいいの……」

ちなみに両親は妹様たる唯の進級に立ち会ってきたようだが、どうやら軍服に連れて行かれたらしい。唯の通っている中学は俺とは別の私立だからここから少しばかり電車を乗り継いだ距離だ。


「大怪我って、どれくらいだ?」

「顔と、それから胸を突き刺されて……」

「胸?どのへんだ?」

「右側だけど!でも、肺を刺されても死ぬってこの間ニュースでやってたのよ、それを変なコスプレ集団が無理やり連れて行って!お願い識、唯を連れ戻して!」


はあ、と俺は息を吐いた。へ、変なコスプレ集団か。元その集団に所属してた俺としてはなんか複雑な気分である。

「俺は頭を強打したし、友達は足をくじいてたけど一瞬で治してもらえたんだよ、そのコスプレ集団にな。唯から連絡はあったのか?」

「無いのよぉ!!識、お願いだから!」

「どーどー、パニックになるのも分かるが冷静になってくれよ。ったく、どいつもこいつもめんどくせぇ」

「めんどくさいとは何だ。その言い草は母さんに失礼だろう!」

「わーったよ。とりあえず着替えと、それから食い物。唯のとこもってってやるから、詰めてくれ」


全く二人とも妹を溺愛している(俺とは違って当然子供らしくて可愛いからであろうが)ため本当に容赦が無く俺をパシリにしてくる。最近は親父に複雑そうな顔で見られることもしばしばである。

それに良い年したおっさんとババァの泣き顔なんぞ汚くて見れたもんじゃない。正気度チェックものだ。


だが、まあ、これでそこそこ面倒じゃない状況は作れるわけだ。

「今日はネットカフェ泊まって来るから」

「あ、ああ。気をつけるんだぞ」


だが、まあ、これで良い感じに偽装が出来そうだ。

たとえて言うならこれは布石だ。


戦争を起こさないためには、まず対話を行うことが重要だ。日常を守り、ひいては毎日あの腐った生ゴミみたいな匂いを嗅がないで済むために、日本語も、あっちの言葉も堪能な俺がするべき事。


「あーはー、じゃ、まずは魔法かね?」

次回暗躍タイム。

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