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要求するもの①

「それでは、会見を始めます」

カシャカシャ、という音がわあっと響く。フラッシュもたいての撮影に目が少しついていかないし、なんだかんだ言って片目だとどうしても追い付かない。

「今回会見を開きました、日比野識です。今回顔も実名も公開しているのは、私に何が起きたのかを皆さんにはっきり見ていただくためです。事の始まりはあの日、世界が私たちの知っているものと一変したときからです」


とん、と指先をテーブルにあるタブレット端末へと押し付ける。幸いなことに牢に入れられている時俺の持っている所持品は一切持ち出されなかった。それはなぜか。

魔法的反応が一切なかったからだ。魔法というものを越えた科学、テクノロジーの粋。


「私が見てきたものをすべてお伝えするために」


ヴォスティフ家が俺にしたこと、そして俺が受けた拷問(ほんの序盤)。

「これは実際私が受けたもののほんの一部です」

俺はもとの姿を示した写真を示した。同時に俺がとん、と指先をそこに押しただけでその姿は今の俺に切り替わる。動揺したように声を震わせながら、うつむき加減で話す。

「俺はおれ自身の姿をなくしました。友人には話すことができましたが、家族にはまだ話すことができていませんでした。きっと俺でなくなった俺をすぐには受け入れてくれない、いや、受け入れられないだろう、と考えると……すみません」


流れてきた涙をそっとぬぐう。

「俺は、俺自身の姿を取り戻したい。世間の皆さんの中にはきっと、激しい報復を望む人もいるでしょう。しかし俺はそれを望みません」

なぜなら。


「皆さんは魔王というものが異世界にあったことをすでにご存じでしょう。その異世界は魔王という存在がなぜ生まれたのか。答えは魔法です。魔法を人々が使えるようになったゆえに、魔王が現れた。それを俺の眼を治療してくれた方が教えてくれました。そして魔王を殺すためには、魔力を使わねばならないことも」

勇者もまた武器に魔力を通して戦っていた。純粋な物理攻撃は魔王の体をほとんど通らないからでもある。


「私たちの世界に魔法学院ができたその瞬間から、私たちのすむこの地球に魔王が現れかねない事態となっている。それをどうか理解していただきたい。つまり異世界と争うよりも先に、異世界の方々に協力を求め、情報を共有していくのが先決だと考えたからです」


俺はすいっと要求を提示した。

「私の要求は二つ。私を元の姿に戻すための情報や魔法の提供。そして……地球にいずれ出現する魔王に対して、二つの世界が協力しあい、情報を共有してことにあたること。俺は生きています。無駄な戦争で貴重な命を落とすよりも前に、するべきことがあるはずだと思っています」


そこではあ、と息を吐き、テーブルに拳をのせた。震えながら顔が見えないようにうつむき、そして涙をこぼす。わざとらしくないくらいの声で。

「本当は、思い返すたびに、恐ろしくてたまらない。痛いのも、怖いのも。俺をこんな姿にした人間を殴り飛ばしてやれたらどれ程せいせいすることか。でも、俺がそれをすれば、後悔するはずだと思いました。この学院に入ったことがすべてが自己責任ですか?俺は突然国から命令されました。俺の友達は家庭の事情でやむなく学院に入りました。俺たち学生はいきなりこんなことに巻き込まれて、動揺してるんです」


はあ、と息を吐く。


「できれば元の生活に戻りたい。ですが、俺たちはもう後戻りできないことも分かっています。先程話した条件は一切譲歩するつもりはありません。するべき当然のことだと思っているからです。ですが、我欲に飲まれている方々が非常に多い。いまだに私に対しての補償や謝罪といった話は一切来ていないことからもおわかりだと思います」


俺は必死に、だが気持ちを抑えるように喋り続けた。記者からの質問はそう多くなく、俺は丁寧にその問いに答え続けた。途中無神経な質問をしてきた者もいたようだが、俺が顔面を蒼白にして口許を抑えると他の記者からの野次ですごすごと座った。が、俺はなるべくその問いに答えるようにしていた。


そもそも全部が演技な俺にとっては、難しいことではない。


録画が終わると俺は会場の外で大きくため息をつきながら壁にもたれて崩れ落ちた。すいっと横から差し出されたのは、しゅわしゅわとした泡を発するジンジャーエールである。

「おつかれさまー」

「ありがとな千歳。マジで編集なしの本番一発勝負だから緊張したよ」

「あはは。まあ十中八九間違いなく、編集済みかどうかはわかっちゃうからね」

「そうだな」


ぐびぐびと黄金色の液体を飲み干し、そしてかぁー、と声を出した。

「今回の要求は実際ごくごく当たり前のもの。そこを飲み込み、もう一つばかり願いを聞いてくれる度量が相手にあれば……ってのはまあ、求めすぎだが。実際俺が俺と証明する手段は俺の記憶しかない」


正直このちっこいままで生きていくのは俺が嫌だ。前世の面倒ごとは、前世で終わりだ。俺はシェリルではない。日比野識だ。


「だがこの体が日比野識だと証明する手段は、一応ある。DNA鑑定だ」

「まあ、そうだろうね。例え異世界の理で姿が変わろうと、その体が実際もとにしている素材はそのままだろうから」

素材言うなよ。なんかこうむずむずするから。


「あのちびっこのものも頼む。もし仮に親子関係があると証明するならそれしかない。もしかするとゲノム解析は時間がかかるだろうが……」

「いや、最先端のものなら一日もあれば。あの子のDNAはすでに回した。なかなか興味深い結果だったけどね」


ぺらりと紙をめくりながら俺に視線を落とした。

「人間の常染色体は23対、加えて性染色体1対計48本が存在している。この数はトリソミーなんかの染色体本数の異常でもない限り変わらない。が、異世界の人間の染色体は、そもそも10本なんだよ。性別を決定する性染色体が存在しない。まあ各個人での差異はもちろんあるんだけど、科学者は首を捻っていたよ。あ、もちろん親子関係も証明できたよ」

今の話を要約すると、そもそも異世界の人間は体がこちらの人間とは異なっている仕組みでできる。


性別ね、と俺はちょっと眉をひそめた。こちらの世界では子供が性染色体によって決定されているから、と思ったが、正直なところ『性別変化の理由をつけた』ようにも思える。異世界、すなわち女神の統治下では子供の性別は女神が決める。ゆえに女神以外の説明が必要ないのだ。


「来た瞬間に死ななくてよかったな。空気の組成が違えば息もできなくなる」

「ああ、うん。ただね、問題はそこじゃないんだ。染色体はあるんだけどね、正直なところ何がどう動いているのかさっぱりわからないんだって。細身の女の子が二時間近く全力疾走でマラソンをしてもけろりとしてる。僕らにとってはなかなか興味深い結果だった」

「となると、答えは魔力か」

「父さんもそう口にしていたよ。ふふ、僕もまさかこんな非科学的な言葉を口にする日が……わりとあったね、最近は」


自嘲するように千歳が笑った。


ここ数日間俺たちがしていたことは、前述した通りだ。ゆきねは文献などをあたり、俺はかなりの時間を原稿と演技指導に費やしていた。加えて千歳は関係各所の調整。

山本と谷内は俺の体調を気遣ったり(演技)、俺の精神を安定させたり(演技)といった役目を見事にこなしてくれた。谷内は途中で吹き出したりしてたけどな。許さんぞ。


「俺たちの勝利条件は呑んで当然の条件および追加の謝罪と賠償だ。大勝利は特にねーが……そうだな、魔王研究者をこっちの学校に寄越してくれりゃいいんだが」

「それは私たちもまた研究に加わる、ということですか?」

ゆきねの問いに俺はそうだ、と答える。


「明日の放送にあわせて俺もアリバイのために出掛けるから、帰るまでに身の安全の確保をしておいてくれ。校内は最も安全性が低いから、俺の家が一番いい。事情を知ってるヴィオレッタに頼んであるから、ひとまずそこで合流しろ」

「……なるほど、こちらが危ないということはそういうことなのですね。それでは即座に届け出を出してしまいましょう」

「あ、あのそれ、私もかな……?」


山本がふざけたことを言っているが、俺は当たり前だとうなずく。

「てめぇが捕まったらどーすんだ。俺は嫌だぞ、お前を助けにいくのは。手加減ができなくなりそうだからな」

「うわー、日比野くんが本気だしたらやばそうだな」

「日比野ってなんか蛇みたいだもんな。見た目はちょっとやる気無さそうにだらーんとしてるけど噛まれると即死だぜ、ありゃあ」

風評被害にもほどがねえか?


「とにかく俺から言えることはそれだけだ。これ以上やれば、あちこちを繕おうとして逆にぼろが出る」

要求を通すまでにぼっちでクリスマスをすごさなきゃいいんだがな、と一人静かにため息をつくと何いってんだよ、と谷内が肩に手をかけてくる。

「俺たちも山本もいるだろ?みんなでクリパしようぜクリパ」

「打ち上げってことだよ。結果も出てねえのにんなことできるか」

「……めんどくせえなあ、騒ぎたい時ゃ騒げばいーの。んでもって俺たちはお前の友達。オーケー?」

「わーったって。んじゃあゆきねに山本も、二人にはひとまず話を通しておくから」

「おうよ!」


二人は快くうなずいてくれたが、「もし恋人ができたら……」と山本が口に出してきた瞬間通話を切った。あの前置きは十中八九狙った獲物がいるか落としかけである。ということは山本は……うーん。不参加も見込んでおくか、とスマホをポケットの中にしまいこんだ。


翌日、俺は学院をさらっと出てから物々しい警備の中とあるホテルに向かった。つい先日に件の映像を撮影した場所である。千歳は俺についてくるようである。カメラもまだうわさを聞きつけてきたわけではない。そもそもいくらか決めたテレビ局のみでの放送だ。

「こんにちは。今日のカメラは中継などしないので、一応出たときに口裏を合わせられるスタッフばかりです。千歳氏より話は聞いているので、安心してくださいね」

「ええ。勿論、あれこれと準備してくださりありがとうございます」


それじゃ、まず始めにとあるコメント可能な動画サイトから見ようか。

ぜんっぜん!

更新ができない!!

親の目を盗んでの執筆!!

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