高校入学当日②
名前を書き記すついでに、一番最後の奥付のページに魔力文字をさらりと書き記す。ちょっとだけ補足しておくなら認識吸収と自動吸収ってのがあって、認識吸収は俺だけしか使えない術式になって隠蔽性が上がったり専用性が上がったりするが、とんでもなく長いことになる。
自動吸収は魔力のある人間からなら誰でも吸い取るが、ま、重量軽減程度なら問題はない。せいぜい日常的に発しているぶんが削られるくらいだ。よくて肩こるだけだし。
「あ、あの、日比野くん。少しいいでしょうか」
「なんだい山本さん」
胡散臭い輝かんばかりの営業スマイルを浮かべた。理由?教室で女子に塩対応すると大勢の女子から叩かれるから。特に今のようなみなさんはじめましてだと塩対応はイケメンにしか許されないから春から高校生になる君たちは覚えておくんだぞ☆
「……え、えーと……その、友達のゆきねちゃんの様子を見に行こうと思うんですけど、もし時間が空いていたら、お手伝い願えませんでしょうか……」
「それは、つまり、もしダメそうなら俺に送迎を手伝って欲しいって認識で?」
「よ、良いです」
人選ミスですぞ山本氏ィ!!この俺のたおやかな細腕が見えぬと言うのかね!
「……すまない。俺は三メートルで潰れる自信しかない……のでお手伝いを召喚します。我が呼びかけに応えよ、生贄はホームランバー一本、や行の森よりいでよ、谷内!!」
「なんでだよ!!ってかなんで俺をホームランバーで釣ろうと思ったんだよ!!」
「釣れてるじゃねぇか。なんだ、握力20でシャトルラン13回の俺からしたらお前なんて森の賢者くらいにはマッチョだから。いやもうガ○ダムくらいとでも言って良いと思う」
「いやいや貧弱すぎだろ。俺だって四十はあるからな?ま、まあいいんだけどよ。それにお前、荷物今日やべえんだろ、寄り道なんかしたらそんな体力だと死ぬんじゃねえかなと思ってさ」
よくぞお見通しで。まあ、重量軽減かけてるから、大して重くはない。そう、うっかりしていたのが本に直接触れてる運び方ならば、である。つまり俺がかけるべきは鞄への重量軽減だった。
とんでもねえやらかしである。
「ぐ、ぐぬぉ……?」
いや重たいわこれ。
べちゃりと潰れるように床に崩れ落ちる。慌てた山本さんが俺の体を引き起こそうとするが、上手くいかない。そりゃ俺ほどで無いにしろ女子の細腕である。俺の身長は一七〇はある――自慢ではないけどね。無駄にでかいって言われたし、先生に荷物運び手伝ってくれと言われて撃沈したことが何度あることか。
「わわっ!?だ、大丈夫ですか!?日比野くん、しっかり!」
「お、お前マジで家まで帰れるのか!?」
俺はふ、とはかなく笑みを浮かべて、震える手を谷内に差し伸べた。
「谷、谷内……あとは……たのんだ、ぞ……ガクッ」
「っておい!?ガクッて口で言えるくらい元気なら自分で運べやこのボケがぁ!!」
ぺこーん、と丸めた教科書で一発食らうと、今度こそ床に崩れ落ちた。あと山本さんおっぱい柔らかかったです。てへぺろ。
さてその山本さんの友達、ゆきねちゃんであるが、保健室でぴんぴんしていた。多少の顔色の悪さはあるものの、痛みによるもののようだ。そりゃ足くじいただけだしなあ。
「あー、大丈夫?」
「……その、どちらさまで?」
「だとよ山本さん」
「あ、あう、ゆきねちゃん、大丈夫?」
「大げさですね、全くあなたは。というか、この人たちは誰なのでしょう?」
「私がゆきねちゃんのお家まで運んであげられないから、こっちにいる日比野くんにヘルプしたんだけどね、えっと、日比野くんすごい弱くてね!」
とんでもない言葉の刃で死んでしまいそうである。
「で、日比野くんがホームランバーで谷内くんを召喚して……あれ?」
「すいまっせんほんとこの子ったら天然で!!もう!すいまっせんほんと良く言い聞かせますから!」
がっとゆきねちゃんが山本さんの頭を掴んで下げさせると、「いたいよぉ」と涙目で訴えられ、「あなたはもうちょっと反省なさい!」とはたかれていた。なんだろうか、女子同士にもかなり肉体言語が浸透している。あの中に混じったら物理的に死んじゃう。
「あーはー、別に構いませんて。俺特にこの後予定があるわけじゃないし、谷内は暇そうだったからとっつかまえただけで」
「暇そうって風評被害だぞ?」
「何だよ、何か予定があったか?」
「……ありませんけどぉ」
すねた様に足元をもぞもぞさせ、ポケットに手を突っ込む谷内は
「でも、本当に良かったです。谷内くん、でしたね?それと日比野くん、はじめまして。私は芳賀ゆきねです。こちらは山本律。名前を聞いても?」
「へ、あ、はい!えと、俺は谷内翔太です、こっちが――」
「日比野識です、と。さて、お互い自己紹介を終えたところで荷物持って家にかえ――」
中学のときは置き勉筆頭だった俺であるが、今回もそれと同じ勢いで荷物を持とうとした瞬間、思い出した。そういえば中に教科書入ってて重たいんだ、ということを。
見事にひっくり返り、頭を強打して意識が遠のいていく。
「――なんて非力だよ!?」
聞こえてんぞ谷内。とはいえ文句を言うのも面倒だ、俺はそのままあっさり意識を手放した。
次に目覚めると、そこには心配そうに俺を覗き込む山本さんの顔があった。……っていうか知らない天井だしなんなら覚えのある嫌な匂いだ。魔術師だった時分、回復薬の匂いが嫌いすぎて実技系をとことん「当たらなければどうということもないわ」を地で行っていた俺だが、魔王討伐の間は何度も勇者共の臭い匂いを――ってそれはどうでもいい。
どういうことだ?
「山本、ここはどこだ?」
「え、えっと、それが……それがね?あの後、ひっくり返った日比野君を助け起こそうとしてたら、床が崩れて、それでえっと、ぶんぶくの人たちがぶつぶつ唱えたらぴかってなって……」
何もわかんないことがよくわかった。ぶんぶくってなんだ。狸かよ。
「山本、もう一度聞く。ここはどこだ?場所だけ答えてくれ」
「それが、東京なのは確かなんだけど、ちょっと良く分からないの。えっと……今ね、携帯もあちこちで電波障害が発生してるみたいで」
「なるほどな。……ったく、面倒なこった。で?お前らは一体誰にここに連れてこられたんだ?」
「そのぶんぶくの人だよ!」
「……軍服?」
「それ!そのね、軍服の人がね、何か分からない言葉を喋るし、頭の色は黄緑でね、すごい変なピンク色の頭の人もいたの!軍人さんって厳しいんだよね、確か。そんな風に頭染めていいのかなあ」
今気にするべきはそこじゃねえよ、と突っ込みたい気分を抑えて俺は痛みもしないがひどい匂いの中頭を抱えた。
「つまりだ。俺たち、いや、谷内やゆきねはどうなった?まさか……」
「怪我はしたけど、元気だよ。谷内くんは私が上に乗っちゃって怪我したんだけど、なんか変な水色っぽい薬をかけたらぴかって光ってね、一瞬で治っちゃったの!」
山本との会話はどうも要領を得ないが、そういうことらしい。俺はついつい考え事をするときの癖で、かつかつ、とベッドの柵を叩いた。
次の瞬間、病室のドアが慌てた様にスパァン、と開く。
『お呼びでしょうかギリアム長官!……え?』
「は?」
「はい?」
『い、今ギリアム長官が机を叩く音と全く一緒のタイミング的な音がしたのだが、君たち何か知らないか?あの人が生きているはずは……』
「あの、起きたんで帰っていいかな?」
「話通じないんだよ、日比野くん」
俺はのっそりと鞄を指差し、それから外へくいっと親指を向けた。何を言いたいか分かったらしい、彼は『そういえば言葉が通じないんだったな』と呟いた。彼はこくりとひとつうなずいて、それから俺たちについてくるようにと指示をした。
「一体、どうなってやがる……」
言葉が通じない――なんてことはなかった。元々俺がネイティブだった言葉である、分からないはずがない。しかもあの軍人、顔見知りだ。何度かパシリにした覚えがある後輩だったと思う。そして発した『ギリアム長官』という言葉。
シェリル・ギリアム。孤児ではじめて実力を国王に認められてギリアムという苗字をもらえた。貴族にはついになれなかったが、実力主義の魔術の世界では王のような扱いでもあった。
「谷内くんともゆきねとも連絡が取れないし、ど、どうしよう、先に出て行ってもいいのかな……」
「あいつらが寝てたわけじゃねえんだ。どうせ病人にベッド譲ってんだろ。大声で呼びゃあ顔くらい出すさ。それよか、情報が得られないってのがきついな。こいつらが一体誰かもわからんし、治療してもらっただけで信用するには、な」
「え?でも治してくれたじゃない!」
「……はぁ。そいつはゆきねと合流したら話すか」
そうだ。
向こうでは間違いなく、武力を用いての制圧、後に支配の話が間違いなく出ている。俺たちを見る目つきが非常にやかましいのがその証拠だ。全く面倒なことだし、実際のところを知れば彼らもこちらに対して引かざるを得ないだろう。
人類の開発してきた兵器はともすれば年端も行かぬ少年にさえ扱えるほどの代物だ。何の魔術的耐性も持たない者にさえ使えてしまう銃火器、そして広域における大量殺戮兵器。制空権などという言葉がなかった前の世界で、どれほどの者が空を飛ぶ飛行機から落とされる爆弾に対してどうこうできるというのか。
旅といえば時間をかけるしかなかった前世の世界で。
つい面倒くさいことを考えてしまうが、何せ性分だ。安全に行きたいなら、こういうことに安易に首を突っ込むべきじゃない。
どうせ、この世界を守るのに力を割くことも面倒になってくるだろうし。
「おーい、谷内!谷内翔太!芳賀ゆきね!いるんだろ、帰るぞ!」
大声を張り上げると、軍服がぎょっとした顔をするが、がらりと窓が開いてゆきねが顔をひょこっと出し、手を振った。
「今降りますね!」
俺も手を振り返すと、周りにちらりと視線を向けた。そそくさと目をそらす輩が多くいるが、中には敵意や侮蔑を投げてくる軍人もいる。隠せよ、そんなもん黒歴史ノートレベルに恥ずかしいだろ。
お前らの拳一発でこっちは死ねる自信があるんだからよ。
「お待たせしました。滔々と日比野くんが筋力が無い話を聞かされていたのですが……ずいぶんと普通ですね」
「いやさすがにあれは俺もびびった。なにせお前ときたらとんでもない非力――」
「一応否定しておくが、俺がよろけたのは荷物が予想以上に重かっただけだ」
「それは非力だぞ」
名誉毀損もはなはだし……とは言い切れない自分が憎らしい。現在位置は現場となった高校からさほど離れている場所ではない。小学校だ。俺の通っていたところでもあるから、高校までは案内できそうだ。
「いやぁ、助かったぜ日比野。何せ俺ときたら――」
「ゆきね、少しいいか?」
「なぜ私は名前呼びなんでしょうか?」
「呼びやすいからな。それよりあいつらの視線、気づいたか?」
「……ええ、納得いきませんが、そうですね。値踏みをされているように感じました」
だろうな、と息を吐く。
「俺たちを治療した謎の液体といい、通じない言葉といい、何が起きたのか全く分からない。山本の説明じゃ要領を得なくてな、教えて欲しい」
「ええ、分かりました。それではあなたが間抜けにも頭を打ってしまって気絶したところから話しましょうか」
間抜けにもってつけなくてもよくない?
ちなみに握力とシャトルランは作者の記録を盛った回数です。




