反乱の徒④
山本がひとしきりクッキーをひとりで食べ終えて倒れこむのと同時に手を合わせ、会議(とは裏腹の何か)を開始する。
「そういや千歳は?」
「昨日から親父さんに呼ばれてな。十中八九お前のことだろう。もうそろそろ帰ってくる時間じゃないか?千歳にもこの情報は共有しておいたほうがいいだろ」
「――俺が転生者ということは伏せといてくれねぇかな」
「え?」
ぽかんとしてるが、一応千歳は父親のワンコロだ。俺がいくら千歳自身に信を置いてても、あいつの荷物にカメラの一つや二つ仕込まれたらすぐにばれる。
「千歳の親父さんは異世界側の上層部とつながりがある。俺はもうあんなクソ職場に戻るのだけはごめんだからな」
「やっぱブラック企業ってやべーの?」
「馬鹿ですね、それより日比野君がそこまで重用される人物だったことが最も驚きでしょう。こんな昼行灯みたいな人間を重用するなんて」
「ゆきねサンって結構毒舌だよな。まあ良いんだけどよ」
「そういや日比野、お前敬語とか気にするタイプ?なら今まで結構気分害してたとか……」
「ねーよ。つかしょっぱな会ったときも敬語使われてびびったわ。一年のタイだったろ俺は。敬語なんてありがたいと思ったときに使えば良いんだよ、それ以外はおざなりで」
「イヤそれは駄目だろ……」
いいんだよ使い方があってれば相手は何も言えなくなんだから。
「千歳には若干の時間を置いて伝える。これはちょっとひでーように聞こえるかもしれないが、千歳の裏には千歳の親父さんがいる。千歳が何を報告してるか分からない以上、俺達が『魔王降臨』的なことを先生に聞いて、そこから知識を得た、と言うことにして欲しい。確かシェリル・ギリアムの論文がどっかにあったはずだ。無きゃ隠されてるからそのときは俺に教えて欲しい。ゆきね、頼めるか?」
「え、ええ。一通り彼の論文にはざっと目は通したはずですが、どうも覚えがありません。もう一度さらってみます」
「無かったら恐らくはかなり長期のスパンでの優位性を異世界が持とうとしているってことだ。のんびりだらだらしてられるお友達じゃねえってことさ。ゆきね、できれば急いで欲しい。ない、と言うことを調査するのは難しいからな。んでもって俺が『魔王降臨』をどっかのババアから治療中に聞いたことにする」
あの時は運よく二人きりだったからな。これくらいは利用させてもらうぜ婆さんよ。
「ドゥラ先生にギリアムさんって人が魔王を倒したと聞いたのだが、魔王とはなにか、と言うことを教えて欲しいと言えばたぶんだが教えてくれるはずだ。論文などを聞けば答えてくれるはずだろう」
「……ええ、やってみます。ドゥラ先生が良いのですよね?」
「ああ、頼んだ。それから山本にも言い含めておいてくれ」
俺はノックの音が外から響いたことに気づいて魔法を解除する。
「どうぞ、あいてるよ」
「失礼s……どちらさまかな、入る部屋間違えた?」
「合ってるよ。ようこそ、俺の部屋へ。まあ歓迎位はしてやるからとっととその辺にでも座っとけ。あ、ベッドは今山本が占領してるからなしな」
千歳が俺のことをチラッチラ見ながら「いや」とか「でも」とか口にしている。
「元気そうで良かったよ。山本さん、寝ちゃったの?」
「さっきまで元気じゃなかったけどな。山本は……手榴弾を投げたら投げ返されて爆発したって感じかな」
「え?どういうこと?」
「それが俺にもわからないんだ」
山本の食い物の謎の吸引力は恐ろしい。
「ところで千歳、あのさ。親父さんは俺のこと何か言っていたか?」
「――大変申し訳ないんだけど、父さんは『表ざたにするな』とだけ。僕としては反対だね」
「なるほどな。じゃ、ゆきねに頼んだことが出来上がったら表ざたにするぞ」
「は?え?お、表ざたにするの?だ、だって絶対――」
「――戦争になるから?」
「そう、聞いた」
「俺達から条件を提示する。つまりが俺達から示談の内容を申し出るって話さ。誰かが撃たれてもそいつが例えば許す、といえば世間も黙らざるを得なくなる」
こりゃ完全に前世の環境は敵だな、と思いながら千歳の顔を見ると、どこかしら嬉しそうな顔だ。
「やっぱり日比野くんは予想外のことするなあ。嫌じゃないけど、ちょっと笑っちゃうよ」
「そうかい。で、今しがたその話をしてたんだ。千歳、お前には報道機関との繋ぎを頼みたい。できるか?ノーカットで放映してくれるやつが良い。あ、それからLIVEと銘打っておきながら録画のヤツを流してくれるところがいいな」
「そうだなあ、うん。まあたぶん大丈夫かな~、それより問題なのは国が許してくれるかって所なんだけど……ま、いけるよ。駄目だったらようつべとかで流しとけば良いし。SNSすごいよ?」
スマホをちょっと振って笑うあたり、俺より大分腹黒に見えるんだけどな。俺はひとまず話がまとまったことに安堵して、条件を話し始めた。千歳はうんうんとうなずいていたが、「どうしてヴぉ、おすてぃふ?の取り潰しを加えたの?」とたずねてきた。
「条約を結んでいるわけじゃないから犯罪者の引渡し義務はない。ということは君たちがどうこう言える筋合いが全く無いじゃないか」
「ああ。俺もだいぶん無茶振りだと思って入れたからな、その条件は。正直他の二つを呑んで貰う為の布石にしたかったんだが……」
「さすがに怒られるよ。ヴぉ、いいや。マステリエくんのおうちはね、かなりの有力貴族なんだ。三大貴族が向こうでは均衡しあっていてね、僕たちがそこに噛み付くとさすがにまずいことになりそうだと思うんだよ。だから拷問官の引渡し、とかどうかな?」
ちょっと首をひねって、確かに、と思えた。例えば俺達が拷問官の引渡しをして、『ヴォスティフと国王のせいでこの姿にされ、身に覚えの無い罪で拷問にかけられた』ということを口にすれば、自然国民感情は異世界人に対する恐怖が出る。異世界人が突然人をさらい、そして恐ろしい拷問にかけるのだと。
それに対する対抗策として今は異世界人により完全管理されている『門』の管理に口出しや人員の設置が出来る、というわけだ。加え俺達が表立ってヴォスティフやら国王やらに要求を出さなければ、十中八九間違いなく国がその部分に対して厳重な抗議をしてくるだろう。
「――って理解で良いか?」
「うん、大体間違いないかな。まあ上は確実に人員が足りないから、おそらく送られるとしたら警察組織になるだろうけど。それに異世界の疾病も今のところ未知数なのに中に入れてる時点でなあなあになってるんだよねえ」
そうか、そういう問題もあるのか。
「っていうか!!なんで俺達がンなことで頭悩ませなきゃなんねーんだよッ!!これ正直大人の仕事だろ違うか!?」
「あははは、全くもってその通りだね!」
けらけらと笑う千歳に溜息をつきながら、俺はがりがりと頭をかいた。
「ッてことでそっちは千歳の親父さんに任せた。あ、報告は今してもらっても全然かまわねーから。どうせ俺のことも伝わってるんだろうし」
俺はんん、と伸びをして、それから服を着替えるか、と立ち上がった。
「あ」
「どうしたの?日比野くん」
「……俺の服しかないんだった……」
がくりと肩を落とすと、「私、ドゥラ先生に例の件と一緒に聞いてきます」とゆきねが部屋から出て行った。
「じゃあ俺達もそろそろ解散にするか?」
「ああ、そうだな。ゆきねのこと送ってやってくれ」
「あ、そうだな。ここ男子寮だったわ」
ゆきねの後を谷内が追いかけていくと、千歳が「もしもし?父さんですか?緊急の案件です。日比野くん、公表に踏み切るそうです」とにこやかに告げていた。雰囲気イケメンをここで撒き散らされてもなんだかなあ、という気分だ。話が進むにつれ、千歳は笑顔が深まっていく。
「分かりました。それではー」
にこやかに切ると、彼はうつむいて「んふふふふふふふふ」と笑い始めた。震える背中にちょっと怖さを感じながら「ど、どうしたんだよ」と声をかけると、「いえ?」と返された。
「父さんは条件を大体全部飲みました。ここまで父さんに条件を飲ませたのは初めてですので、気分が良いですね。んふふふふ」
「いやお前笑い方ちょっと普段と違ってキモいよ……それが素なわけ?」
「あ、いえ、興奮するとこうなるんだ。ごめんね。口調もちょっと丁寧なのになってたでしょ?」
彼はふうと息を吐いて、それからキラッキラした笑顔で俺に振り返った。
「日比野くん、君がよければなんだけど僕のこと飼うつもりは――」
「ねえよ。友達だろ」
そう言い放った瞬間、千歳の顔がぴしり、と動きを止めた。
「と、友達……なんだか改めてそういわれるとすごく、照れるというか……嬉しいな」
あんまり頬を染めないでくれると助かる。ごろり、と膝の上に寝かせていた山本がもだもだと動き出した。
「友達の間に上下関係を持ち込むと、いざというときややこしくなる。だからお前とは友達なだけで、特に言うことを聞いてもらおうとかじゃねえんだよ。今回のこれだって、俺のわがままだ」
実年齢からはとんでもないただの大人の駄々こねだ。
「……わがまま、ねえ。そのわがままは今の社会には必要なものだろ?だったら全力で叫んじゃわないと困るだろ」
「そうなんだけどさ。俺が今ここにいるのも、大体全部流されてきて、しかもまだ自分のやりたい夢とか何にもねーのに……」
「何も無い、ってことはないでしょ。好きなものがあるんだから、やりたいことだって見つかるはずだよ。僕は日比野くんが何になろうと、と、友達だし……」
その文言気に入ったのかよ。
「俺は正直、適当にどっかの大学に入って、適当に生きるもんだと思ってたぜ」
「そういう適当さはいつか自分に跳ね返ってくるよ。まあ、僕から言っても説得力ゼロだと思うけど、本当にさ。日比野君は歌うまいから歌手になっても良いと思うんだよ」
「よ、よせっての。俺が歌手になれるわけねえじゃん」
「僕がそう思うってだけさ。歌手じゃなくても曲を作ったり、そういうのなら兼業でも出来る。僕は君みたいになにか『好きなもの』っていう概念自体が無いんだ。いいね、とか悪いね、とか。善悪の区別もちょっと怪しい位かな?」
「……マジか」
「あ、ちなみに脳みそ食べるのがおかしいのは僕でも分かるよ!」
「うっせぇなほっとけ!」
「そんな僕だからこそ君のような人間についていきたいと思うんだよ」
にっこりと笑った彼は、確かに『頭がおかしい』。そして同時にその敬意に対して嘘でもって返そうという俺はよりおかしい。
「ありがとな、千歳」
いびつだが相手が相手を裏切ることを前提に信頼し合っている、妙な協力関係が出来ていた。こういう緊張関係は嫌いじゃないが、長く続くのは胃が痛くなるんだよなあ……。
ストックが切れました。そして実家に帰るので更新速度が爆落ちします。許してください。




