反逆の徒②
ゆらり、と俺の横にいる彼女は腕を楽しそうに絡めてきて、それから鼻歌を歌う。
「パパ!あのね、リーチェのこと撫でてくれる?」
「いやいやおかしいだろ俺パパじゃねえから。つか十代でパパとかなりたくねぇんだけど」
「ぱ、ぱぱ……パパはミルシェットのパパじゃ、ないの?ふ、ふぅ、ふぇええええええん!!」
ほらまた泣く。
辟易としながら俺は周りを見るが、周りもどう触れていいのやらわからないといった表情で俺のことを見てくるため、あーあ、と思いつつその頭をなでて一時的に泣き止ませた。俺のことを不思議そうに見上げてくる幼女に説明する。
「あのな。俺はお前のパパじゃねえ。悪い貴族に姿を変えられちまったんだよ。だからあんたのパパじゃないんだ」
「でも、パパ……」
「あの!解呪も終わったことですし、そろそろシキさんを家へ送りましょう。我々の説明も必要だと思われますし!」
強引に割り込んできたレイさんに俺はこくりとうなずき、それから幼女をべりっと引き剥がした。
「や、や……やだああああああああ!!ミルシェットもパパと一緒に行くのぉおおおおおおお!!」
俺はその姿にドン引きしながら「あのなあ、俺はお前のパパじゃねえっつってんの!」と怒鳴ったが、幼女は「パパと一緒に行くのおおおおおおお!!」と絶叫した。
「……なあ、もしギリアム長官って人の子供だったらあんまり無体なことを働くと怒られるよな?」
「ええ、それはまあ、間違いなく」
「そうかよ」
はあ、と俺は息を深々と吐いた。
「ミルシェット。お前のパパは死んでる。だから、俺がお前の『兄さん』になってやるよ」
「にい、さん?兄さんってなあに?」
「家族だよ」
「……家族は、パパとはちがうの?」
「……違わないけど」
「じゃあパパ!」
このクソ幼女いっぺん本気でどついてやろうか。
「あたし、パパと一緒に行きたい!」
「……レイさん、これ、本当に連れて行かなきゃ駄目か?俺は正直嫌だぞ」
「仕方がありません。教会から人員を出しておきますよ」
こんなことになるとは全く考えていなかったが、この頭がすっとこどっこいな幼女を引き連れて、とにもかくにも家に帰らなければいけないということにめまいがしそうである。
「あ、そうだ。地球には遺伝子検査っつーのがあるんだけど、親子関係の特定にすごい役立つんだよ。もし本当に親子と断定したいのなら、それに頼るのもありだぜ。自称だけじゃおぼつかねぇからな」
「なるほど、参考にさせていただきます」
「……パパ?どうしたの?」
がりがりと頭を掻いて、それから溜息を吐く。なんでもねぇよ、とは言ってみたものの、まったく気が重いにもほどがある。だって俺のことをパパと呼ぶ幼女が家族を自称してくるんだぞ?それを今から唯だの親父だのおふくろだのにこれ言わなきゃいけないんだぜ?
パパ呼びだけは撤回させたかったなあ、とぼんやり考えながら俺はネシュウの頭をわし、となでて手を振った。
「じゃあな、ネシュウ。いろいろありがとう」
「あ……うん、またね、シキ!」
またね、か。
そもそもこっちに来るつもりも無かったんだけどなー、とちょっと笑ってそれからかちりと歯をあわせる。腹にくっついたままの幼女の体温は自分の体より暑くて、いやになりそうだった。政府にあれこれ言われるだろうし、何より家族と信頼してくっついてくる幼女がね、うん。
マジで、本当に、コイツに俺が父親だと吹き込んだのはどこのどいつなんだよ。塵にしてやろうか。
シェリル・ギリアムの見た目をした俺とその自称娘と言うことでひと悶着あったが、再度渦を抜けもとの世界に戻る。ぎょっとした軍人達が俺を見るが、ジャパニーズ愛想笑いを向けるとチョコレートとキムチの入ったおでんを食ったような顔をされた。なんて顔だよ。まあ俺の笑顔なんてみたことないと思われるからそうなんだけどさ。
「あの、やっぱこの顔って、すごい面倒な人間じゃないですかね?」
認めたくは無いけど。
「ええ、まあ、そうです。けれど、あなたの友人や家族にとってはよりショッキングでしょう。あなた自身が受け止め切れないときは彼らに頼っても良いですが」
正直拷問を受けたってところで全部こういう心遣いは帳消しなんだよなーこっちの世界の倫理観的には。先端恐怖症とか、もしくは魔術恐怖症とか見せたほうが良いかな?いやでも正直記憶が飛んでる、つったほうが良いかもな。シンをみると怖がる、位が適当だろう。だって俺ははっきり言えば『一般人』で、ぶち切れてサイコパスになるような人間でもない。
「……あぁクソッ」
こんな時魔法をぶっ放して一面更地にしてやれればどれだけすっきりするだろうか。
「パパ?どうしたの?」
「あぁ三十代見た目に戻りてえと思ったことは今ほどねぇよ!!」
アレ職質されるけど!!
このパパ呼び幼女の横にいる俺(推定十二歳前後)!!
それに比べたらあっちのがマシ!!
「……どうもしねーです」
あーしんどい。無理。ストレスがマッハ。俺の胃を殺しに来てる。正直誰かをボコボコにでもしてやりたいが相手がいないし学校の施設を勝手に使っても即座にばれる。大体どうして俺がこんな目にあってんだよ。世迷言の坩堝のせいで俺が解呪されて挙句の果てにはなんとかなったものの……。
……いや俺のせいだわ。少なくとも八割くらいは。
でも成り行きに任せてたら確実にドンパチだったしなあ。
「はぁ、気が重たい」
俺が学院の門をくぐろうとすると、受付のねーちゃんがすっ飛んできた。全力で溜息を吐くと、後ろのローデシア先生が説明に入る。これ、すごいやんなきゃいけないの?面倒な。
寮に入ると、数名の生徒がぎょっとした顔をした。双子が俺を見て口をパクパクさせていた。たぶん(なんでその姿なんですか!)とでも言っているのだろうが、説明はローデシア先生から聞いて欲しい。
「ギリアム長官じゃないですか。どうなされたんですか?地獄に飽きたんですか?」
「ギリアム長官ですよね。お帰りなさい。地獄の観光旅行どうでした?」
当然のように地獄に落としてくる双子に俺は引きつった笑みを浮かべてみせる。彼らは俺の足元にすちゃりとはべり、ローデシア先生に一喝を食らった。
「あなたたちは何を考えているのですか!彼は不幸にもこの姿になってしまっただけの、普通の学生です。それをなんですか!!そこにお直りなさい!」
「うっせぇなあ」
ドスのきいた声でローデシア先生をねめつけながら恫喝する。
「俺達に一つくらい譲歩しろっつーんだよ。どうせ俺達をこの学院に隔離しておけば何もおこさねえと思ってんだろ?一つ教えておいてやるよ」
「私達は一切お前達の言うことなど聞きませんよ。頭を垂れて惨めに頭をこすり付けてお願いしてきた次期国王のことをお忘れですか?」
セフィエラとクリテオやりたい放題だなー。まあ、そもそも俺がこいつらを見つけたときにもなかなか強烈な出会いがあったからなあ。
俺が十九かそこらあたりで傭兵の集団が山賊と化している話を聞きつけ、国に討伐要請が出た。双子の親は『強いものこそ上に立つべし』と常々言い聞かせ、そして俺がその親と双子を一瞬でボコボコにしたため双子は傭兵集団を裏切って国軍に異例の入隊を果たしたわけである。
どこで覚えたのかわからんがいつの間にやら執事の真似事やメイドの真似事、そして俺から貪欲に一本とろうという姿勢が評価されたのか知らんが、大貴族があるとき引抜をかけたことがあった。
が、その翌日に彼らは大貴族の屋敷を半壊させて俺の下に帰ってきた。彼らいわく、『無能な男がいきなりこっちに来いといってきて、ギリアム長官がそういったからてっきり出張かと思って我慢してたけど、セフィエラが夜伽を頼まれて屋敷を半壊させた』だそうだ。
夜伽云々の話はともかくそいつが悪いとしても、その前は確実に彼らのせいだ。だが当時は魔王再生で魔物が活発化しており国有数の実力者を牢屋にぶち込んで無為にするわけにも行かず、うやむやになってしまった。
もちろんその貴族はイッセから色々いただき矛を収めたようだが、とにかく俺の下に付けていなければいけない人間がいくつか似たようにして現れた。
だがベストオブ無能の国王が、俺を送り出した。自国から勇者と聖女がともに出てんだから世界の命運を託すのに十分な人材を他国に募れよ、と思ったんだが、パーティーメンバーは俺を組み込み全部で三人、支度金も俺の国から出た。
なぜかといえば、世界を救ったという名目が欲しかったんだろう。
まあそれも!勇者の呪いに作為的とも言えるレベルで聖女を巻き込んで挙句の果てになにがあるか分からない世界と自分の世界を同期させちゃったことで帳消しだけどね!
「……分かりました。幸いにも彼は魔法の才能があるとお墨付きが出ています。そこで、もし彼があなた達の上足りうると判断したならば――他の問題児たちも集め、この子の下につくかどうかを選びなさい」
「先生なんで俺を差し置いて勝手に決めるんですか俺は嫌ですけど」
「それ位しないと……彼らは止まらないの」
「はぁ?」
さすがに俺は顔をゆがめて怒りをあらわにする。
「あんたらの問題だろうがよ。自分達で片付けろよ。あの頭のおかしなジジイしかり、あんたたちしかり、なんなんだよ人を勝手に巻き込みやがって。大体この世界がそっちとつながったのも俺らには関係のねぇことだろうがよ、ええ?聞けば勇者の呪いに巻き込んで聖女まで殺したっていうじゃねえか。お前らの親玉はさぞ誰彼かまわず巻き込んで自滅に突っ込んで行きたがるんだろうな!!」
机を蹴り飛ばすとけたたましい音が鳴った。
「眼だってそうだ!外傷が無きゃもうなんでもねぇとでも思ってんのか!?この、ドクズども!!お前らがこの世界に来なけりゃ、俺は何も気にせずに生きていられたんだよ!!」
腹立たしかった。
ただただ腹立たしかった。
俺が『日比野識』として生きて、そして馴染んで振り切ったと思ったら、追いかけてきて。俺がいくら望んでも手に入らなかった元の体は、不要になってから返品不可のラベルつきで戻ってきた。
日比野識として生きていたいという俺の思いはどうしてこうもくじけるんだよ。
シェリルとしての居場所は今も大事だ。だがそれは今の俺の全てをなげうってまで守りたいか、と聞かれると否といわざるをえない。
だってそうだろ?シェリル・ギリアムがもう終わったことなんて、俺にはわかりきったことだ。大いなる力には大いなる責任とかどこかのヒーローは言ってたが、俺、正直魔王倒してきたんだぜ?これ以上働けって言うのかよ。
「ぱ、パパ?どうしたの?」
そこで気づく。ミルシェットが見ていた。いまだ何一つ覚めやらぬ中、息をふう、と吐く。
「……しばらく、一人にしろ」
「う、うん。わかった。わたし、いい子にできるよ」
ミルシェットの言葉を聞き終えないうちに、俺は階を上がっていった。




