反逆の徒①
と、言うわけで、二日後現在時点で日比野識、もとい俺は牢屋に入れられています。
「ふっざけんな、ここから出せ!いきなり人のこと拉致っといてよ!!」
俺の見た目はシェリル・ギリアムそのもの。そして俺は今、識として振舞っている。
「おいっ、ふざけんな!ここから出せって、」
「うるせぇ!!長官の顔しやがって、てめえ、絶対にただじゃおかねぇからな!!」
顔をドゴ、と殴られると壁あたりまで吹っ飛ぶ。受身は何とか取ったが、俺は転がった先でぎらりと相手を睨む。大立ち回りが嘘のようなもんである。
ここで状況を整理しよう。どうして俺がこうなっているのか、時間は俺がババアシスターと喧々諤々やりあった後にさかのぼる。
「……ハァ。まさか姿を変えられれば何でも良いかと思ってたが、この薬が二日で切れるんじゃなあ」
「あのぶっとばしたやつらはどうするんだい」
「記憶をいじっておく。俺を見つけてあの幼女が話しかけ、俺に向かって切りかかってきたところをすんでで回避し、俺の足につまずいて軍人は負傷。それを見て幼女は泣き出した。で、その後俺を『さらってきた』貴族らしい人間に俺が錯乱、殴りかかった。いたいけな少女のような俺に油断していた軍人達は全員が殴り倒された自称姫に激昂、んでもって俺を取り押さえる。ちびたちは俺に不利な言動はしないだろうが」
俺の演技が火を吹くぜ、とにやりと笑えば、「捕まって、その後は。姿が戻るんだろう?」と言われた。
「ああ、まあしょうがねえだろ。俺は正直考えちゃいなかったがこの体、シェリル・ギリアムとそっくりになるんだよ。牢屋の中で姿が戻るだろうな。が、それはヴォスティフに押し付ける。つまり女になったのは副作用みたいなもの。俺の中身が日比野識で、ガワだけシェリル・ギリアムだってことさ。あんたに頼みたいのは俺にかかずらったちび共に、俺のあれこれを黙っているように言って欲しいんだ。具体的には一日中ぼうっとしてた、くらいにな」
「いたずら小僧はなまっちゃいないね。ネシュウはどうすんだい?」
「……あいつはそのままでいい。俺にとって不利な言動をすることは無いからな。もし気づいてても放っておいてやってくれ」
「分かったよ。相変わらず可愛げのないくせにずけずけとあれこれ頼んでいくんだから始末に終えないよ」
顔をしかめて俺のほっぺたをぐに、とつまむ。
「あとその体ではしゃぐんじゃないよ」
「わーってるっつの。俺はもうシェリル・ギリアムじゃねえからな」
ま、まあいろいろもうやらかした後だけども。
俺は魔法陣を組むと、治療をした全員の頭に一気にぶち込む。自称俺の子幼女も部外者である以上はやっとけばいいだろ。ネシュウはなにか言いたげにしていたが、俺は外にいる男にも魔法陣をぶち込んで、それから床に倒れ伏した。全員が胡乱げな顔で起き上がり、それから俺を見て徐々に意識が覚醒したようで、「確保!!」と誰かが叫んだ。
「きゃあああ!!」
高い声で悲鳴を上げながら全員に捕まった俺は地面に押し付けられる。女の子にあるまじき「ぐえ」という声を出したものの、苦しい息の下錯乱するように叫び続ける。
その異常性に全員が顔を引きつらせたが、その直後誰かが動いた。同時に俺の意識が刈り取られる。
で、目が覚めたら性転換薬の効果が綺麗に消え去っていた。俺は全員から監視された状態の中目を覚ました。そして首の後ろがずきずきと傷む中、呻きながら起き上がった。
「……ってぇ」
顔をしかめ、それから自分の声に驚いた、振りをする。まあ男らしい低いバリトンボイスから聖歌隊の少年のような声になっていれば自分でも驚きである。それから両手を見て、服をめくり、髪の色を確かめて、それから愕然とする。フリだけど。
「お、おい、待て、なんだこれ。どうなってんだよ」
「黙れ!!静かにしろ」
「ここはどこだ?マステリエの野郎、一体俺に何しやがった……しかもどうなってやがる?なんなんだこの縮んだ体。ひょっとしてお前らの仕業か?」
「何を言ってる?」
「しかも牢屋の中とかなかなかふざけた待遇じゃねえか。出せよ」
「まかりならぬ。王女を害した罪でお前は投獄されている」
「は?王女?王女って……はあああああああ?」
本気であきれ返った、もとい信じられないという声を出すと、男は顔をしかめてそれから牢を取り囲んでいる人間達に目配せをした。同時にしゅるり、と体に魔封じの布が巻きつく。またぐるぐる巻きかよ、と一人ごちつつ床に倒れた。
「名前は?」
「日比野識。識だ」
「年は?」
「十五だよ。ってかここはどこだ?」
「こちらが質問をしているのだ。次に――何故お前はギリアム長官の見た目をしている?」
「は?だれそれ」
心から言ったように呟くと、空気が凍りついた。
「シェリル・ギリアムだ。知っているはずだろう?言葉が通じると言うことは異世界人ではなかろう、この世界であのお方の顔を知っていなければおかしい」
「言葉が通じるってことはここは東京だろうが。大体王女がどうのとか言われても俺には全く覚えがねえんだよ」
「何を言っている?ここはフォディスタ、王国の首都だ。そのような基本的なことも忘れたのか?」
「あのな!家に!かえせっつってんの!いい?俺は日本人だし地球の人間だし何なら東京に住んでる人間だっていうの。お前らの言ってることは全く意味が分からんし、だいたいそのなんちゃらギリアムだとかいうやつのせいで俺が投獄されてるってのか?」
「そ ん な わ け な か ろ う」
頭が地面に押し付けられて、同時に顔面からみし、という音がする。ばしゃりと全身から耐え難い臭い匂いがする。
「ギリアム長官の姿をどうやって真似た?」
「ゲホッ、ゴホッ……だから、マステリエっつーやつについてこっちの世界にきたら、いきなり縛られて魔法陣の上に乗せられたんだよ。そこからは何も覚えてねえ!!」
「このッ……」
「まあ、待ちなさい。尋問は私が代わろう。君は少しばかり相手の姿に引きずられて優しい尋問になってしまうだろう?」
私が代わろうといった男は、拷問官、シン・シュスタ・ジエ。俺はその顔を苦しい息の下見上げる。優しい、男の顔は、ひどく嗜虐的に見えて、思わず嘆息した。
「……お手柔らかに、頼むぜ」
「ふふ」
そして、割合すぐに、俺は屈した。
何、拷問の中身なんて俺は語るつもりも無い。日本人だったら一瞬で屈するレベルの拷問をしょっぱなに受けて俺はすぐさまあることないことべらべらと喋って逃げようとした。だが相手はそんな嘘で引いてくれる相手ではない。ぐちゃぐちゃにされた。ぐちゃぐちゃに。
治ればいいからといろんなことをされた。
もちろん、痛みはそもそも与えられるのが当たり前な孤児で、勇者のパーティーメンバーだったわけで、最もイヤだったのはポーションである。くっせえ。
で、一日だか何日だか良く分からんが、俺がぼんやりした意識の中で目にしたのはローデシア先生の顔だった。
「ろー、で、しあ、せん、せい」
「ええ、私ですよ。まだ意識があります。見た目は全く変わってしまっていますが……右目は完全に潰れてしまっていますね。危ういですが、最上級のものを試しましょう」
「な、んで?」
「日比野識という少年がいなくなり、それからマステリエが不在であることから魔力による探査を行いました。その結果東京にはいない、という結論にいたり、そして調査の結果門の管理官が門に入るあなたを見た、と証言しました。それからヴォスティフ家を捜索し、マステリエ学生を拘束。そこからあなたへたどり着くのは至難の業でしたが、かなり人脈を駆使しました」
「お、俺、俺、……どうなってるんだよ」
「今はポーションを使って体を癒しましょう」
俺を抱き上げ(複雑な気分である)、それから彼女はシュスタ拷問官をねめつけた。
「お前のように人の話を聞かぬままに痛めつける人間は最低です。恥を知りなさい」
「ろ、ローデ先生……ですがその男はですね、王女を殴り」
「そうですか。それでは十分に罰を受けたようですので行かせていただきます」
ひんやりした空気が場を包んだ。実際に温度が下がっているのだ。ひく、とシンの顔が引きつるのを見て、ざまぁと思う。こんな序盤でシンに引き渡されるなんて、甘く見ていた。もうちょっとマシに動くべきだったか、と反省しつつ運ばれる。
「大丈夫ですよ。ごめんなさい、あなたを引き受けに来るのに時間がかかってしまいました」
台の上に寝かされ、そして聖女候補が現れる。レイさんだ。
「ど、どうなさったんですか!?」
「彼を治してはいただけませんか?」
「は、はい!今すぐに!!」
彼女は魔力を集中させ始める。だが、何かに気づいてゆるやかに首を振った。
「これは、治せません。最上級ポーションでも無理でしょう」
「何故です!!」
ローデシア先生ががっと吼える。こんな姿、ギリアムは見たことが無かったな、とちょっと思う。
「眼の欠損は魔力傷です。他の場所では可能でしょうが、この欠損だけは治す事が出来ません。私以上の魔力を込められる人間ならともかく、今の聖女候補にはそのような人物はおりません」
「そ、んな……」
「一人だけ心当たりがございますが、聖女のみわざを行使してくださるかどうか」
「どなたです?」
「リイリ様です。覚えがありますか、ギリアム様の孤児院のシスターです。彼女ならおそらくは」
「――なるほど、分かりました。即刻向かいましょう」
俺はえぇ、と呆然としながらただ馬車の中で揺られる。眼がぎりぎりと痛むが、もう体力が無い。叫ぶのも体力がいるし痛がるのも体力がいる。疲れすぎて動けなくなるなんてとんだことだ、とローデシア先生の膝の上でぐったりしながら横たわっていると、馬車が止まった。
「到着しました」
御者の声の中、俺はローデシア先生に抱きかかえられながら孤児院の門を潜り抜ける。
「何用だい?」
ババアが俺を見て警戒したまなざしをしているのを、まあ当然だろうな、と思う。俺が骨折したときも、誰かがやらかして大怪我したときも、本当にほっといていたし。「これが神の思し召しだよ」とか言って。
「そのけが人を治して欲しいんなら立ち去りな。どうせろくなもんじゃないんだ。それに見た目がそもそも死人だろう?治さずとも良いんじゃないかね」
「これには事情があるのです。彼は王都の拷問官に拷問を受けまして――ですが、彼の中身は異世界人です。ここで怪我を残されては私達の世界へと侵略行為を仕掛けてくる恐れがある」
「そりゃお前達の勝手だろう。あたしはとにかく、そんな怪しい人間の治療なんざお断りだよ」
レイさんがぐ、と下唇を噛む。
「どうあっても、おねがいできませんか。この子は純然たる被害者なのです。友人を人質に取られた挙句、こちらの世界に来て――」
「今なんと言ったね?」
「こ、こちらの世界に来て?」
「その前だ。友人を人質に取られた、そう言ったね?」
「は、はい」
「……気が変わった。早くこっちに来な」
俺を受け取るとなぜかお姫様抱っこにしながら一室に入る。レイさんたちにぴしりと人差し指を突きつけて、「入ってくるんじゃないよ!」と叫んだ。
「さて。防音魔術を張りな」
「……おら、よ。で、なんだ、ババア」
「苦しい息の下すごんだとこで説得力なんかあるものかいね。お前さん、あえてアタシに人質をとられたことを言わなかったね?」
「……ババアに、言っても、どうしようもねえ、ことだろ。それに、ちゃんと、手は、打ってきた」
「このアホたれ。全くアンタときたらいっつも大事なことはひとつとして言わないんだ。目をなくして帰ってきたときもそうだったじゃないかね。学びな」
眼が逆再生していくのが分かる。むずがゆいその感覚にも反応する元気が無かったが、眼が再生すると光が異常にちかちかと光る。
「アタシの魔力が引くまで一週間はまぶしいままだから、眼帯をつけておきな。ほら、いつもの」
なにやらごそごそやっていたのはそのせいか、と俺は片目に眼帯を装着する。ずいぶんとまた手馴れたものである。
「体力が無いのはいつものことかね。ふん」
するりと背中を一文字になぞられると、なくなっていた体力が回復していくのが分かる。俺はババアのほうをちょっと振り返って、それから決まり悪そうにもごもごと呟いた。
「なんだい、はっきり言いな!」
「あの、……いつもありがとうな。助かった」
シスターが動きを止めて、眼をがっと見開いた。それから「何言ってんだい気色の悪い!」と怒鳴って、俺を扉から追い出した。
「いいね、その眼帯は間違っても一週間しないうちにとるんじゃないよ!」
「あ、はい」
こくんとうなずくと、満足そうにふんと鼻息を出してどすどすとどこかへ行ってしまった。俺達は顔を見合わせると、入り口へ向かって歩き始めた。ふと食堂の扉が開き、俺はぎょっとする。
「あ、……シェル兄!!」
ぎゅむ、と抱きすくめられ、俺はたたらを踏んでなんとか耐える。こうしてみると俺より頭一つ小さい子供だし、良く頑張ってるな、と思う。
「あの、人違いじゃないかな。俺は異世界の人間で、こうしてこの人の姿にさせられただけで」
「え……あ、そう、なんですか。……ごめんなさい、急に抱きついたりして」
「あーはー、可愛い女の子に抱きつかれて嫌がる人間なんていないって。それになんだかあんた、泣きそうじゃないか。胸くらいは貸してやるからとっとと泣きな」
抱きつかれながら泣きじゃくられ、それから罵倒された。
「この人でなし!悪魔!最低!女たらし!ちび!変態!勝手に死ぬなんてありえない!どうして先に死んじゃったのよ!ヴィオ姉もアロ兄もみんなアンタに魔王討伐を命じた国王の下で働くなんていい始めるし!!」
「うん」
「わたしはこの孤児院を守ろうとしたのに!!」
「うん」
「どうして……死んじゃったのよ……」
えぐえぐと泣きじゃくりながら、俺の胸から離れる。その顔は言いたいことを言えてすっきりと言った感じだ。
「どうだ?ちっとは気が済んだか?」
「ええ、お見苦しいところを見せてしまい大変申し訳ありませ――」
ぽすり、と俺の脇腹に何かを感じて、そちらを見る。
「パパ!来てくれたんだねパパ!」
ぞぞお、と俺は全力で背筋を凍りつかせた。
「――あ、あんた、誰?」
「シェリル・ギリアム様のご息女です」
だから!違うっつってんの!!
そう叫びたかったが今の俺は日比野識である。見た目はともかく。
もうすぐストックがきれそうです。




