食堂の乱④
「ハイタッチー。で?自滅が九、同士打ちが十とはまたひでぇもんだ。やる気あんのか?」
「ぐ、ぐぞお……」
ニヤニヤ笑っていると、少年の一人が立ち上がって「もう一回だ!」と叫んだ。だが、俺は肩をすくめて近寄っていくと、少年の手を取る。あー、こいつ新顔か。名前わかんねえな。
「肩に力が入りすぎると構えが浮くんだよ。もう少し腰を落として、息をゆっくり吐いた状態まで肩を落としたまま構えてみな」
「お、おう」
素直にうなずくと言われたとおりにする。いやー、軍のやつらは一度徹底的にぶちのめすまで反抗してきたからこの素直さは可愛いもんだ。俺は他の奴らにもこうするともっと良い、と伝えていくと素直に構えを取ったり、手を動かしたりする。
「みんなー!お昼ごはんだよ!」
「ネシュウの飯だ!みんな食堂に行くぞ!!」
「おう!」
剣をそこいらに転がす、様なことはせずきちんと片付けてから立ち去る。こりゃあシスターの薫陶が行き届いてるな、と俺もまた剣をしまい、伸びをする。ネシュウの飯、ね。あいつあんまり作るの上手くなかったんじゃなかったか、と思いつつ列に並ぶと、木の椀にごろりと大きく切られた芋のシチューが入れられる。
「へえ、美味しそうだな」
「なあに、あたしの作る料理がまずいと思ってたわけ?」
「いやいや滅相もございません」
俺はその椀をありがたく受け取って、形だけ女神の祈りを唱える面々をじっと見つめた。幸せそうでなによりだ、と俺が笑っていると、横からすっとスプーンが伸びてきた。それをカッ、と同様にスプーンで防ぐと、隣に座っていた少年が絶望顔をした。
「う、肉……」
「なんだよ、肉が欲しかったのか?ほれ、あーんしてみな」
「あーんぐぅ!?」
欠片でもコイツにはかなり重要なタンパクだ。俺は特に肉食べるのに不自由はしてねえし、とその口に放り込む。
「こっそりとるんじゃなくてちゃんとお願いしてみろよ」
「も、もういっこおにくほしいです!」
「だめー。俺も腹減ってるから」
シチューを一口食べると、その味に驚いた。そりゃまあ日本の洗練されきった食事からいったらだいぶん微妙だが、うまい。
「おいネシュウ!これうまいな!」
「あ、あったりまえよ!」
ふふん、と胸を張って腕を組んだ隙に隣の子供がひとかけら、芋をかっさらう。なにすんのよお、とネシュウの声が響いてゴツン、という音が聞こえた。
その直後、教会全体がミシ、と揺れる。
「――あン?」
俺がぎろりと外を睨むと、ババアがやれやれと重たそうな腰を上げた。
「シキ、ネシュウ。あんたらは中の子供達をまとめといで。アタシは外のやつらをやってくるからね」
「魔法使いもいるのに?ジョーダンきついぜクソババア」
「……黙りな、小僧。こちとら裏工作だってしっかりやってんだ、向こうさんが頭の回るやつならきっちりのしつけて返してやるよ」
ババアが玄関へ出て行ったあと、しばらくしてガシャンガシャン、と何かが割れる音が聞こえてくる。ババアのじゃねえ人の足音が聞こえ、近づいてきた時点でちびたちはシチューをすするのを止めており、俺は戸口の近くへと歩み寄っていく。扉からいくぶん離れた場所で仁王立ちしていると、木で出来た扉は軽い音を立ててきい、と開いた。
入ってきたのは俺よりちっこい、赤毛の幼女だった。目がオリーブ色で、くりくりとした垂れ目だ。
「わあ!ここがパパのくらしてたばしょなんですね!」
「……は?」
俺がいぶかしげに目を細めると、幼女はとてとてと俺に近寄ってくる。上等の香油を使っているようで、その白い指先が俺の手を取る。
「あなたもパパのこども?きれいな赤毛!」
「は?????」
「いけませんッ!!」
ぶん、と振り切られた剣の先が俺のシスター服をギリギリのところで裂いていく。って服!!これシスターに借りたんだぞ、ぜってぇ怒られる!
掌で剣の腹をぶったたきながら、男の手元を蹴り上げて剣をはじく。スカートがぶわりとまくれ上がった瞬間男の目線が移動したのがわかった。こんな時に助平心出してんじゃねえよ。剣を弾いた足を、魔力操作で無理やり叩き落すように変えると男の脳天にかかとが突き刺さった。
「ふっざけんな!!オイ手前、この一張羅めちゃくちゃにしてくれやがって!!どうすんだよシスターに怒られるじゃねえか!!」
「気にするのそっちなの!?」
ネシュウのツッコミが炸裂したが、幼女はあらまあ、と言ったように倒れた男を見てぽけっとしている。
「んで?あんたはどこの誰なワケよ?マジで。赤毛がどうしたって?」
「あら、そうでした!わたし、パパに会いに来たんです。シェリル・ギリアムっていう人なの。あなた知ってる?」
俺の脳みその中を疑問符が駆け巡る中、俺はゆっくりと背後のちびたちを振り返った。ぶんぶんぶん、と首を左右に振っている。俺もまったく心当たりらしいものはない。薬を盛られて夜這いかけられたことはあったが、全部未遂だ。子供を作らせることの無いように避妊と病気避けの魔法陣を作ってたし、女の子抱くときは全部それを使ってた。
「残念だが、自称あんたのパパは死んでるよ。っていうか、髪の毛が赤で、目が緑だからって安易に父親がシェリル・ギリアムだって判断したわけ?全く違う色の髪の親から赤毛が生まれることなんてよくあることだし――」
そう言い放った瞬間、少女はその瞳をこぼれんばかりに見開いて、そして目元にぶわりと透明な粒が浮き上がった。
「ひ、ひっく、ぅえ、うぁあああああああん!!」
「ちょ、ちょっとシキ、言いすぎよ!それにあんた、わかってんの?今ぶん殴って、っていうか蹴り倒したの、国軍の人間よ?」
「知るか!いきなり斬りかかってきやがって、国軍だろうがなんだろうが今のはぶっ飛ばしていいとこだよ!」
「え、ええ……」
ドン引きしているネシュウをよそに、髪の毛を掴みあげて国軍の男の顔を見る。……しりあいだー。
「ィイル・ォシュクトレ・ゥンス」
足にばちり、と電撃をまとわせる。そして――踏んだ。
「オラ!!目ェ覚ましやがれこのクソボケ雑魚がよ!!」
「ぃぎあああああああああ!?」
「ビタビタ跳ね回れなんて言ってねえぞ!!ヒャーッハッハッハ!!」
「ぎ、ギリアム長官ッ!?」
「うるせぇ!!俺はシキだ、土下座のやり方思い出させてやろうか!?頭は地面にこすりつけながらつったろがよぉええ!?」
「いやでも明らかにぎりあむちょ、あばばばばばば!」
電撃を食らわせてもういっぺん意識を刈り取ると、首元を持ってそれからひきずりつつ、窓の外へとよいしょ、と落として閉めた。
泣いている幼女と外に焦がされて転がっている国軍の人間、そしてまた一つ向かってくる足音の群れ。
「あらぁ!?この事態はなんなのかしら!!」
声高に笑う女がすっと入ってきて、ぎょっとした顔をした。同時に入ってきたシスターは疲れた顔をしていたがぎょっとした顔をしていた。赤い髪の幼女が泣いているのに驚いたらしい。
「ま、ま、まああなた!?何をしたか分かっているの?」
「あーん?何って、今からするんだろうがよ」
ぱきぱき、と拳の具合を確かめるように握り締める。国軍の兵士に固められた女はなにやら分かっていないようだが、シスターが俺のことを止めようと口を開きかける。
「言っておくぞ!この孤児院は俺とは全く無関係だし何ならシスター服はそのババアからむしりとったもんだ!!んでもってそこのちび女を脅してここに居座ってたんだよ!」
「ば、」
「ああ最高だぜ。こんな理由つけて楽しく俺の前にウキウキ現れてくれるなんてホントにな!!」
俺の居場所だ。
俺の居場所だぞ?
この、シェリル・ギリアムの実家だぞ?日比野識が日比野家をある日突然「僕のものでーす」って追い出されたら同じ位キレる自信あるかんな?
国軍の男に向かってひたり、ひたりと歩みを進めていく。静かに歩いた次の瞬間、一瞬で詰め寄る。掌底で優しく吹き飛ばし、その伸ばしきった腕めがけて切りかかってきたのを絡めるようにひっかけて投げ飛ばし三人を戦闘不能へと追い込む。地面は凶器です。同時にその背後にいた二人を人差し指でくいっとひっかけ、俺の後ろへと投げ飛ばす。
「ゴミが。もう百年鍛えたら顔ぐらいは見せてやるよ」
「あ、あが、」
ほんの少しの優しさで下級のポーションをぶん投げると、あやまたず全員の顔にぶちまけられる。まあ死にはしないだろこれで。
「さァて。あとはお前さんだけだな」
「ひっ?え、ちょ、ちょっと待ちなさいよ、わたしのお父様は国お、」
「あーはー、そいつが何の関係があるんだ?俺は、キレてるんだよ」
「お、おかね!おかねがほしいんでしょ!?い、色男もあんたにいくらでも、ぶべぇ!!」
顔面を殴ると俺にも結構ダメージが来るから、腹を殴る。とはいえ何にもないと悲しいので、俺は首根っこをぎ、と掴み、その顔を往復ビンタする。
誰が男を欲しがったりするか。俺は女の子が好きだっつの。
一定の間隔で続くその音に全員が動きを止めていたが、俺がそいつをめんどくさくなって離した瞬間、はっと気がついたネシュウとシスターが駆け寄ってきた。
「こ、こ、こんの、おばか!!あのねえアンタ今なにやったか気づいてるの!?」
「なぐった」
「アンタにはほとほとあきれるよ!大体急に戻ってきたと思ったらなんだい!何か起こさなきゃ気がすまないってのかい!?」
「え」
「え」
「あ」
幼女がくりっとした目でこちらを見ている。ババアの首根っこを引っつかみ、そして別室へと促す。奇しくも俺が使っていた部屋だ。ばたん、と扉を閉める。性転換薬の効果は二日、その前に解くことも出来るが一週間は性別を変えられない。
「い、……いつから、気づいてた?」
「その髪の色と目の色、全くあんたと一緒だよ。ハァ……死人がよみがえってきたと思ったら性別まで変わってるとはね。あと剣やらなにやらの癖もぜんぶ一緒だよ、気づかないやつがいるってのかい」
「う、うわー、私の擬態力低すぎ……?」
「何言ってんだい。全く、見目が違うからだまされたようなもののね、ネシュウはきっと今ので気づいたよ。それにしても子供までこさえてるとはね、恐れ入ったよ」
「馬鹿言うな!子供とか作るか!あんたに口酸っぱく好いた相手以外とは子供作るなっつわれてから商売女しか抱いてねえし避妊も毎度魔法陣でしっかりしたわ!ぶっ飛ばすぞ!!」
肩で息を切らしながらそう言うと、「てっきり一人や二人はアタシにおっつけていくと思ってたよ」といわれてもう一度キレかけた。
「と、いうことはだ。あの赤毛のガキンチョはあんたの子供じゃないってのかい?」
「ああ。だが証明する手段がねー。俺はもう表に出る気はねえからな。あの自称国王の娘と自称俺の娘、どっちが面倒かっつったら俺の娘のほうだろ。教会もすぐに保護を申し出るだろうからな」
「あたしにゃどっちもどっちだよ。まったくどうしてくれるんだい」
「だからさあ、言ったろ?アンタと俺は無関係。おっぱいのついたシェリーちゃんは知り合いじゃないの。俺が国王様にとっ捕まるとまずいやつがいるんだよ。俺は正直ここを訪れるとは思ってなかったし、本当なら直接王城の門をぶったたいてたよ」
それに、この世界に放り出された後に仕込みもしたしな。
魔法陣の良いところは、それが『いつ設置されたかわからない』ってところだ。
これだけやりたい放題やってて「ばれたくない」って結構頭おかしいと思う。ちなみにこのパパ幼女大事な登場人物。




