正体を隠し隊④
驚きに顔を歪めたイッセだが、俺は「驚くようなことでもないよ」と口にする。
「あんたらの世界とこっちの世界が違うっていっても、大まかな法則までは変化するわけじゃねえんだ。大きな違いといえば『魔物』と『魔法』。俺の正直な印象としては、魔法がこちらの世界に来ても使える、ということに大いに疑問を感じた。あんたらが言う魔力を普通の人間が感じ取ったりとか、そういうことをそもそも感じられない」
魔力を感知する、というよりはその存在を認識できないのだ。ここに来てゆきねがいくら指導を受けていても、魔法の才能が芽吹かなかったこととも関係ある、といえる。
魔法がなかったのではなく、魔法の存在を隠された世界だ。人類の生まれる前から丁寧に隠蔽されてきた。
「そもそもあんた達人類はどうやって生まれてきた、といわれてるんだ?」
「?そ、そりゃあ女神に作られて……」
「そう!それだよ。俺達側も人間が創造されたという聖書があれど、それを裏付ける根拠が存在しない。この場合の根拠は宗教家がそう言った、とかではなく科学的に証明ができ、目で見ることができるはっきりとした痕跡だ」
人類が確かに女神に創成されたという記録があるのが異世界だ。俺のいた教会でもその記録は残っていた。女神の降臨した地には明らかに女神の痕跡が残されており、そこだけ魔物が近寄ることが出来なくなっている。そしてなおかつ勇者を選定するために女神自らが降臨して勇者の名と居場所を告げる。
つまり異世界には確実に女神がいることが証明されている。
「この世界には俺達が他愛もない微生物から進化して、ここまでの文化を築き上げたという科学的な根拠がある。じゃあ一体神はどこにいる?」
俺は両手を広げて笑った。
「そこにいると思えばいるのさ。どこにもな。でもいないと思えばいない。俺達の、共通した『神様』は誰でもあり、何でもない。つまりが全てに組み込まれ、全てから失われたものなんだよ」
イッセが手を挙げて話をすっとさえぎった。
「ちょっと待ってくれ。話が全く理解できていない。つまり、なんだ?お前達には神がいないとでも言うのか?」
「その辺はデリケートだからあんまりどうのこうのいえねーけども、まあ、俺にとってはそうだよ。俺の見解では神はこの世界にはいない。あんたらのところにはいるんだろうがな。そして神という超自然的な存在を失ったこの世界では、世界のルールに干渉することが出来ねぇってことなんじゃねえか?」
「……ああ、なるほど理解した。つまり俺達の女神様は世界の規則に干渉する魔法を人類に与えてくだすったわけか」
うんうん、上出来。俺は俺で完結していたかったが、まあどうにもこればかりは話しておきたいと思ったから、一通り話題に出す。
「で、だ。俺にとって最も重要なのが、この世界は果たしてルールに介入する人間に対してペナルティを課すかどうかだ。おそらく『異界から来た異物』を殺す分には支障がないかもしれないが、例えば魔法を使った人殺し。これは明らかに自分の世界のものをルール以外で殺している。すなわちこの世界はそれを許容するのか、ってことが少しばかり気になるんだ」
「お前が気にしているのは魔法を使用した戦争が起こるか、ということか?」
「そーゆーこと。だからアンタの方でそういう声明が出せれば、きっと『ペナルティ』を恐れて足踏みをする国家も多いこったろうよと思ってさ。俺は戦争は嫌いなんだ、人類史上最も愚かで非生産的な発明だと思うね」
イッセは俺をあきれたまなざしで見つめてきた。っていうか顔全体であきれている。こいつがここまで表情をあらわにするのも珍しい。俺がいつぞやエロ本を見つけたとき以来かなあ。
「この国のガクセイとやらは、察しがいいのか悪いのか。――アメリカは既に動き始めている。今情報を明らかにすれば、」
「今だからさ。俺がツイッターでぼそっと呟いたところでどうせバズりもしねえんだ。つまりあんたの影響力と、そしてこの世界への無理解があればてへぺろ、で済むだろ?」
俺がそうにかっと笑って見せれば(幻覚を動かすだけである)、彼は深く深く長い溜息を吐き出して、額を指で支えるようにしてうつむいた。
「……はぁ、なんで、こういうめちゃくちゃな人間がうちの生徒なんだ」
「ラトネ様とやらが入学させればとか言い出すからじゃないですかね」
「言うな。あの人には俺達だって困ってるんだ」
俺が言った言葉にさらに顔をしかめて見せるが、ふと彼が目をきゅっとすがめた。
「……ラトネ様と何を取り引きした?」
「何も?あんたが考えてるようなことじゃないよ。俺が体を見てもらってるときに人様に明らかに出来ない秘密の二、三握られただけ。あんた達もラトネ様がどうのって言ってるところをみるに、彼女には逆らえないんだろ?」
「う。そういわれると、確かに否定できないが。……すまないな、事態を深読みしすぎた。ここまであれこれと把握されると多少疑り深くなってしまっていけない」
俺はあえて言及しなかったもう一つの可能性を口にしようとしたものの、やっぱやめとこ、と思う。いやだって、ねえ?
もしかしたらそんなペナルティなんぞなくて、むしろ魔法を使い始めたことにより魔王が現れるかもしれない、なんて、口にしてもし実現したらとんでもないっつーか、考えたくもない。このけったいな門を作り出した元凶も、俺が死んだのも、日比野識として生まれたことも全部全部魔王のせいだ。
「で、ここが食堂――聞いてるのか?」
「ここは来た事あるから知ってるよ。オフェリテのマンジョア風も食べた」
イッセはあれを食べるのか、とちょっと顔をしかめて一歩後ずさるが、次の瞬間その背後にふっ、と人影が現れる。見知ったメイドが一人、そして黒地に一文字の白い線が縦に入った面をかぶった、男とも女ともつかぬ体格の人が一人たっていた。
「イッセ様。お客人です」
「ん、そうか。悪いな、案内は別の人間を呼ばせよう」
「必要ございません。案内は私が引き継ぎますので」
「そう?じゃあよろしく、ミネリア」
彼は軽く手を振って、すたすたとその場を去って行く。メイドの女性は綺麗な若紫色の髪をぎっちりと丁寧に編みこみ、ほつれの一つもない髪型である。顔はきりりと引き締まっており、軍人を髣髴とさせるほどのはっきりした綺麗な姿勢だ。皺一つないスカートやエプロンは大変に綺麗だ。
「えーと、はじめまして。俺は日比野識。よろしく」
手を差し出すと、彼女ははっきりと困惑した顔を見せた。首を傾げると、彼女はおろおろしつつ言葉を探すように喋る。
「大変申し訳ございません。私の立場から申しますと、握手というものは初対面の男同士がするものであり、その男女が始めて出会った際には笑顔で礼をする、程度のものでございましたゆえ」
「あ、そうなんだ?」
俺普通に軍部のときもおんなじだったんだけど。
「軍人の方に多いとお聞きしますが、あいにく私は王子付きに最近なったものですから……」
「あ、イエこっちこそすいません。気にしないでください、つか俺の方が悪いですよ。あ、名前だけ聞いてもいいですか?話す時に呼びづらいので」
「ええ、もちろんです。改めまして、私はエイロルニエ・ミネリア・ルートバードと申します」
「るっ……!?」
そこで即座に口をつぐむ。ルートバードといえば、かなりの名門貴族だ。しかも文官よりの組織でもある。俺にとって非常に驚くべきことに、『文官側』の重鎮の娘がここにいるのだ。そも今回の侵略行為は擬似勇者の関与からいっても文官側がかなり絡んでいたようだし、イッセがコイツをここに置いてるということはそれなりに信頼しており、かつ情報を抜くこともないと思われたのだろう。
「あ、すいません。クラスメイト、っていうか、そっち側のギリアムさんから色々話を聞いてまして。ルートバード家には色々お世話になったとか」
「あら、ヴィオレッタとお知り合いなのですか?」
「ええ、まあ。友達、みたいなものです」
ばれる前はたぶん、そのくらいだと思う。いやでもあいつ、結構ガード固いところあるからなあ。知り合いかな?
「ヴィオレッタは私と同期の、文官学校の友人なのです」
「へえ!あいつなかなか頑固なところあるでしょ、馴染むのにちょっとかかりましたよ」
「やはりですか。最近は話をしていないのですが、彼女とはかなり話をする機会がありましたからよくわかります。後は好き嫌いも激しかったので、とても心配です」
「今はこっちの飯が美味いから、結構大丈夫みたいですよ。あちこちみんなで飯食いに連れ回しましたから」
そこで彼女は脈絡もなくふふっ、と微笑んだ。
「どうかしたんで?」
「わざわざ『みんなで』とつけるあたりにあなたの心遣いを感じまして」
「……いやいや偶然ですよ」
俺が肩をすくめて正面を向くと、彼女は先ほどよりも少しばかり足取り軽く、だが足音は最小限のまま俺の前を歩く。
「良いことです。あの子にも、友人が出来たのですね」
「あーはー、なんだか姉みたいな言い方ですね」
「……姉、ですか。もしかしたら、そうなっていたのかもしれませんね。彼女の兄、シェリル・ギリアムは傍若無人でしたが政治的なバランス感覚のある人間でした。決して頭も悪くない。だからこそ父は彼に目をつけており、私も彼の妹と面識があるからと魔王を倒した暁にはその功績でもって我が家に取り立てよう、そんな話をしていたのですが……」
しらねーーーーー!!何その計画!あのまま行ってたら俺この人の旦那だったわけ!?嘘だと言ってよバー○ィ。悪い気がしない、とかそういうレベルじゃない。俺も多少は評価されると思ってたけど、嫁がいきなりできるなんて聞いていない。国王がいきなり「じゃあ勇者と一緒に魔王倒してきて♡」した時くらい聞いてない。
「私は何度か彼の調練を受けているところをこっそり目にしたことがあるのですが、まるで――と、ここが図書室ですね。ほとんどわが国の魔法学院と同等の書籍が揃っています」
まるでなんだよ!!気になるじゃんそういうの!?
「ギリアム氏の書籍はこちらの書架になります。難解すぎて誰も理解できなかったオチもつきますが、とにかく魔法に関してはとても天才的でありましたよ」
「へ、へえぇ……」
俺は小さくそう声を漏らして、それからちょっと棚にあるものをぱらぱらとめくってみる。誤字も脱字もそれなりにあったと思うんだが、よくあの汚い文字を読み解けたなと思うくらいにはしっかりまとまった内容だ。とはいえちょっと理論のところを間違っていたりするので、修正したくもあるがあんまりやらかすとボロが出る。
しっかしあの悪筆をなあ。自分でも読み解ける人間がいると思っていなかったからちょっと驚きだ。
「では、次に参りましょ……あの、そういえば寮のほうには案内されましたでしょうか?」
「いや、まだっす」
「大変申し訳ありませんが、部屋の場所のみお伝えしますゆえ鍵は一階のロビーにいる管理人からお受け取りください。中央にあるフロアルームは生徒の交流の場として広く使われておりますが、二階からは男子専用と女子専用の棟に分かれておりまして、壁で区切られているのです」
「へぇえ、じゃあ逢引するなら別のところで、か」
「逢引するためにこの学院を作ったのではありません!……コホン。と、とにかく、くれぐれも立ち入り禁止の棟には入らないようにお願いいたしますね」
「忍び込んでまで見るかよ。それに男子棟は立ち入り禁止つったって、女子棟に仕掛けられてるようなトラップとかないんだろ?無理やり連れ込まれたときの用心に、一応仕掛けておいたほうがいいんじゃねーの」
ミネリアは若干眉をひそめ、「もしかしてイッセ様が?」と聞いてきたが、俺は肩をすくめた。
「イッセ、さんが準機密漏洩をするわけねーだろ。この学院に前に来たとき、カラフルな髪の坊ちゃんに絡まれてる友達がいたんだよ。その友達女だしよ、もし仮に男子棟に実力行使でもって連れてかれた場合には太刀打ちできねー」
「そういうことをご心配でしたら、お気遣い要りませんよ。寮の管理人は二人います。一人は男、そしてもう一人は女。彼らは双子ですが、先ほど話題にしていたギリアム長官の忠実な狗であり、現在では軍も持て余す問題児です。片方の女性は男性を憎み、片方の男性は女性を憎むのですが、色々とありましてここにきています。要は厄介払い、とでも言えましょう」
……まさか。
待て、あの双子だと?嫌な予感しかない。つかなんでいるんだあの双子。いや今説明聞いたからそうなのは分かるんだけど。
「……あは、じゃあ、案内ありがとうございましたー」
「いえ、また見かけましたらいつでもご用命ください」
丁寧に体幹のぶれも感じさせない礼をすると、その場から立ち去っていく。俺ははあ、と息を吐いて、それからついている石版へと手を触れた。入り口の扉が開錠され、中に足を踏み入れる。未だにねっとりした暑さのある外と比べて若干涼しい建物の中には、軍部の談話室を模した部屋があった。
「おー、なーつかし」
そうひとりごちていると、かつ、と軍靴の音が響いた。
次の瞬間俺の幻影をぶち抜いて顔面に魔法が向かってくる。同時に背後からも容赦もなく剣が振り下ろされてくる。連携にさらに磨きがかかっているが、あいにく存在を先に知らされてさえいれば、どうとでもなる。
向かってきた魔法を全く同じ威力の反系統で相殺し、同時に振り下ろされた剣は強化した手のひらで面を押してやれば簡単に俺から外れていく。
魔法を消されて驚愕した顔の男の腹を一発、そして突っ込みすぎて床に刺さって抜けなくなった剣を捨てて格闘に持ち込もうとした女の足を幻影を残したまますっぱりと払い、そして倒れこんだところを床に刺さった剣を手にとってブン、と向ける。
「あーはー、なーつかし。で?ここまでやっといて言うけど、いきなり何すんだよ」
「「ぎ、ギリアム様ぁ!!」」
双子が幻影をぶち抜いて俺の腹と右足にすがり付いてきた。はたから見ればめり込まれた人間である。RPGのバグか俺は。




