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正体を隠し隊③

未だに落ち着きを取り戻していない妹を尻目に、山本がはぁい、と手を挙げた。そのたわわな胸がふゆん、と揺れる。

「私は山本律です。えっと、日比野君のお友達!」

「誰よりも友人を大切にするヤツだよ。でも基本おっちょこちょいだから助かることより助けることのが多いぞ。ちなみに俺は山本の友情タックルで三回保健室送りにされている」

すりむきだけどな!


「む、それを言われると照れちゃう……」

「後半聞き逃した?もう一回言う?」

そんなや行の住人は「そうだ!」といって鞄から包みを取り出した。

「日比野君、手作り平気な人だったよね?はい、これ!」

どろ、とした赤い中身がタッパーの下側から覗いている。汁漏れしないように厳重に封をされたそれを下から覗くと、たぷんと粘度が高い液体だ。……何だこれ。


「カレーだよ!」

全員が動きを止めた。


「か、カレーかあ。ご飯あったかな」

「あれ?ご飯も入ってるはずなんだけど……溶けちゃったかなあ」

ご飯ってカレーに溶けるの?

「あ、そうだ。お昼まだだよね、時間的に。みんなで食べようよ!」


全員が、立ち上がろうとした。反射的に近くにあった荷物を一瞬で移動させ、全員が同時にコケるという奇跡的な絵面になる。逃がすかよ。道連れだ。ヴィオレッタが何をやったかわかったような顔でもう一度立ち上がろうとしたが、俺は笑顔で拘束魔法をかけた。

「あ、あっためると溶けちゃう器だから、冷たいままでもいいかな?」

「ああ、ぜひそうしてくれ」

あたたかいと風味が強調されたりするからな。


「もし良かったら山本も食べていけよ。といってもお前の作ったカレーだけど」

「え、いいの?今回はね、自信作なんだ。えへへ」


その笑顔が罪深いことを知るよしもなく、俺は「人数分の器と、スプーンとか持ってくるから」と階下に降りていく。そしてスマホを取り出した。


「もしもしゆきね!?」

『はい、もしもし?どうしたんですかそんなに慌てて』

「山本の手料理を食うことになった」

『……ご愁傷様です――骨は拾いにいきますよ』

「せめて、どういうタイプか聞かせてくれ。ヴィオレッタが来てるから回復薬を突っ込めば回復できるか?」

『昏倒しました』

「へ?」

『私は一口目を食べた瞬間から記憶がありません。そして律は全部食べてくれて嬉しかったよ、と口にしていました。あの通りの説明能力なのではっきりした状況は分かりませんでしたが、鍋から直接、その物体を泣きながらすすっていたそうです』

何そのサイコホラー序盤の演出みたいなヤツ。

「山本、味音痴ってわけじゃないよな?」

『ええ。でもチョコを一緒に作るとき、あれもこれもとそろえた食材には明らかに不向きなものを置いていたのですよ。膨らし粉って重曹なんでしょ?と言いながら掃除用の重曹を買ってきたときにはめまいがしました』


さて。

「――お待たせ」

スプーンとつるりとしたカレー皿を引っ張り出して、全員の前に置く。そして各員の皿にどろり、と投下していくと、激烈な危険信号が俺の中で警鐘を鳴らしていた。俺はすっとスプーンを手に取り、そしてひとさじぶんすくい取る。そしてごく自然な態度で胡坐をかいたまま、隣にいる山本にすっとスプーンを差し出す。

「山本。あーん」

「あーん?」


もぐ、ごくん。

彼女は震えながら崩れ落ちた。


「……」

「あ、兄貴、毒盛ったの?」

「なわけあるか。山本のお手製カレーの威力だ、これがな」

「……げ、劇物指定じゃないですかこんなもの!」

俺はカメラを起動し、それから山本を撮影し始めた。倒れ伏した山本に声をかける。

「山本、生きてるか?生きてたら返事をしてくれ」

「うん、生きてるよ。いきてるよ。いきて、いき、きてええ、あは、ははははははははあはああああ!!」

がっ、と目の前の自分の皿を掴む。そしてんぐんぐんぐ、と一気に飲み干し始める。


「ぷはああああああ」

そしてヴィオレッタの、俺の、とずんずん飲み干して行き、最後に妹様のところでことん、とスプーンを手に取った。ぽたり、ぽたりと液体から引き上げたスプーンがしずくをたらす。

「あ?」

「ひーびのくーん。あーーんだよぉ?」

「あーん」

ぱくり、と俺は口に入れる。そして、上から落ちてきたカレーの一部を魔法で受け止めると、指でこそいでそして舌の上に乗せる。


震えながら幻影ごと崩れ落ちた。


シンプルにまずい。飲み込んではいけないものだと体が分かっている。なのに飲み込まなければいけないというこの気持ちは一体何!?恋なの!?

清浄化を舌にかけると、一気に気分が落ち着いた。一体何を入れてるんだこの娘。強烈なまずさとにが酸っぱさ、そしてなぞの甘みと舌のぴりぴり感は取れないが、ギリギリ大丈夫だ。清浄化って味覚には作用してくれないのか。


「ひ、ひ、ひぇ、なくなっちゃったあ」

ばたん。


最後の一滴までを飲み干して、後に残ったのは汚れた皿とタッパー、そして床に崩れ落ちた山本と俺だけだった。


俺は実際には大して飲み込んでいなかったと言い、そして山本は動画を見て「やみつきになっちゃったのかな?」とかのんきなことをのたまっていたがあれは俺よりヤバイテロ物体だからどうかどうか自覚して欲しいとこんこんと諭した。

まあ、懲りてなさそうなので「味見しような?」と言ったところでまたどうせやる。今度は谷内も食わせる。


「……しかし、まあ、なんだ。結局引越しの荷物は片付かなかったな」

「魔法でやればいいのでは?」

「まあな」

「え?じゃあ私が来た意味は?」

「あんまりない。強いて言うなら、魔法を使っても疑われなかった」

「……兄って、時々殴り倒したくなりますよね」


深々と溜息を吐かれたが、とりあえずその一晩で引越しの荷物はまとまったのだし、と励ましたらもう一度怒られた。なんで。


「いいですか?レイさん、そしてラトネ様、私。この三人が秘密を知っています。ラトネ様にいたっては時間の問題って感じもしますけど」

「あの人はあれでしゃベらねえっつったことは守ってくれるよ。一番怖いのはレイだ。俺と何のつながりもなく、さりとて教会に脅されればぺろっと喋るだろ。お前は自分の身が危うくなったらばらしたっていいから、安全第一にな。もしも殺されそうになったら取引材料にしてもいいから」

「そ、そんなの、兄さんはそんなの望んでないでしょう?」

「バーカ、てめぇの命がかかるまでは黙ってねーと俺が怒るからな?本気で」

「……兄さんは甘甘です、唯さんにも。妹に甘くなるのは変わりませんね、全く」

「あーはー、それこそ勘違いだよ。俺が甘いって思うのは、お前が俺に甘いからだ」


ヴィオレッタの額をぺしっと叩いて、それからにやりと笑う。全くコイツときたら、本当に前世と同じようで泣き虫だ。

「また、お別れですね」

「ハハッ、こんな世界の脅威もなーんもねぇ世界で、再会を妨げるものなんかねーよ。それにお前は俺の妹だ。いつでも会いに来ていいんだぜ?」

両腕を広げると、俺に抱きついてくる。そして、ちょっと後悔した。

「……これ、はたから見るとただのタックル」

「あ、そうですね。幻影を張ってますからね。まったく締まらないですけど、いつもそうでしたね、別れ際は。それじゃあ、私はまだ捜査に協力が必要ですから、戻ります」

「おう。出来ればスマホ、持ってくれよ。これ電話の番号だから。あ、日本語教えるから興味があったらいつでも電話してくれよ」

「あ、はい!」


俺は手を振って夕焼けの中去って行く姿を見送った。


「さてと」


どうでもいいがあの皿とタッパーって、赤い汚れ落ちるんだよな?


その翌日、引っ越しの荷物の大半を送り終えると部屋のなかは急にがらんとした様子になった。CDの大半はデータで持っていくから問題ないし、ポスターのほうもかなりまとめておいている。問題なく綺麗になった部屋は、特筆すべきところのない男子の部屋、という感じである。

ちなみにエロ本はない。言うてスマホの方がうっかり変なサイトにアクセスしたりしなきゃ隠し場所に困らないし、ブックマークでいつでも呼び出せるし。プライバシーが詰まってるから落としたら死亡するけど。


携帯、スマホを詰めたボディバッグを持って立ち上がると、俺はううん、と伸びをした。今から行くところで習うことは大体頭の中に入ってるし、そりゃもちろん十数年のブランクはあれどひよこ達の中でイキるつもりもない。そもそも軍人になろうというヤツが体力がまるでないなんてとんでもない。

「体力、つけるかあ」

せっかく前世の体に戻ったからには、適度な運動と食事、そして睡眠を心がけよう。まあ、数年間は急がなくてもいい。せっかく魔法を使わなくとも、状況はほどほどに安定するようになったのだから。


電車で『魔法学院前』で降りた先にその建物はでん、と大きく構えている。そもそもこの土地は国有地なのだが一応住民票および証明書を出し、そして学院の門をまたぐ。登録がすんでいるからか素通りしていくと、受付の女性が「身分証明書と魔力の照合をお願いいたします」と石版を差し出してきた。俺はちょんとそれに触れると、その表面に魔紋と呼ばれる魔力の波形がゆらり、と現れた。この魔紋は魔力の性質に付随するもので、魂の器に付随するものでもある。俺が開発した技術の一つでもあり、まあこっちの科学世界で言う指紋みたいなものだ。


「はい、それでは日比野識様ですね。間もなく学院の案内の者が参りますゆえ、こちらへどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

ぺこりと幻影の頭を下げ、俺はちょっとスマホをボディバッグから取り出す。ニュースとしては特筆すべきことは無いようだが、魔物注意報という新たな警報が政府によって創設されたようだ。今のところ門は東京のみにしか存在していないようで、今後東京は多少の人外魔境となるでしょう、と頭についているのがとても面白い。


とはいえ魔物を見たさに観光客も増えているようで、最近では東京に立ち寄る予定がある人間に対しては『魔物を見に行って死んでも自己責任です』と言う様にしているそうだ。むちゃくちゃな話でもある。


とはいえ世界から注目されている都市、東京だ。早々に商業の兆し、そして安全策を講じているのがうかがえる。確か山本が前に襲われていたプールの魔物も早々に進入経路が突き止められていたし、なかなか優秀に人的被害が出ていないと思われた。そこでLINEが来たので中身を見ると、はた迷惑なことがあったらしく、谷内が「ここなんなんだ?信じられねえ」とぼやいていた。


「ふぁぁああ」

気を抜いてあくびをしていると、目の前にふっと人影が現れた。俺が半眼でそれを睨んでいると、困ったようないたずら好きの男が現れて微笑んだ。

「やぁ、コンニチハ。このあいだぶりだな」

「なんで学院長がここにいるんすか?」

「なに。ラトネ様じきじきに才能を買われた子だ、正直に言えば気にならないというのは嘘になるのでね!何より不思議な子だ。今突然出てきた技は師匠に教えてもらったのだが、今日ここに来た生徒はほとんど驚いていたよ?」

「事前に聞いてたんで」


LINEの画面を見せると、「うっわ何そのチート武器ずるい!」と言いはじめたのでそれをバッグの中にしまいこんでにっこりと笑う。

「で、ここまで来た以上は俺の荷物とか、全部運んでくれるんですよね!」

「……怒涛のようにめちゃくちゃなお願いしてくるの、どっかの誰かにそっくりなんだよなーハハハ。まあいいや。君が日比野識だね、シキ。うん。僕らの国の言葉では似た言葉にシュイキ、という言葉があるが、そちらは異なる者、という意味がある。魔族に対して使っていた差別の言葉だから、ヒビノとあえて呼ばせてもらうよ」

「まあ、どっちでも。じゃあ俺、イッセでいいですか?いいですよね」

「さんを付けてくれよ。まあ、いいや。君のひとまずの部屋は、この場所になる。ああ、文句は受け付けていないよ」


地図および見取り図を覗き込むと、日の当たる部屋、さんさんと光の差し込む明るい空間を演出し、大きな窓に――。


「まぶしすぎて死ぬわ!!」

「あ、やっぱり?数人に勧めたんだけど本が日焼けするし書類が劣化するからってこの部屋を断られたのだよ。ということで厚めのカーテンをつけた。やっぱりここに来る人間は本を大事にする人間が多いが……果たしてドゥラが何ということやら」

「……まぶしいんですが?」

「もう空き部屋がない。恨むならほとんど最後に来た自分を恨みたまえ」

「えー、まあ、それじゃあしょうがないか。あ、そうそう、イッセ」

「さんをつけたまえ」

「イッセ、えーっと、さん。そもそも、魔法ってのはなんだ?一体どういうものから出来ている?」


核心に切り込むと、彼の顔がすっと硬質なものに変化していくのがわかった。俺はそれでも問う。

「魔法はあんたらの神様がもたらしたものだろう?それが、どうしてこの世界で使えるんだ?」

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