正体を隠し隊②
現在は引越しのため、荷造りをしている途中だ。頑張れば通えないこともないが、正直寮に入ってぎりぎりまで惰眠をむさぼりたい。
あとでレイさんがラトネに尋ねたところ、彼女は「なんだい。ばれたくないというから一番ばれにくい場所に放り込んでやったんだろう?感謝しなよ」と口にしたらしい、とヴィオレッタ経由で聞いたのだが。
「一番ばれにくいって、嘘だろ?」
「いえ兄さん。あの、それは実際のところ、本当だと思いますよ。魔法に適性があるとラトネ様が判断なされた。ということは、本来兄さんがあるべき実力を最終的にうっかり出したとしても、疑われることがない、ということでもありますから」
「いやそもそも魔法学院に入らなきゃばれないからな!?それにそうだとしても、だ。俺はそもそも魔法を使うつもりは一切なかったし、夢がどうとか決め付けられて、もしかしたら今から出来たかも知れねえじゃねえか、それをだ。いきなり一生関わることが無いと思ってた魔法学院だぞ!?」
「ラトネ様は兄さんの嫌なところギリギリを突いて、せめて嫌がらせしたかったんでしょう。それに兄さん、今まで魔法の使用、かなりおおっぴらにやっていましたよね?世界がつながる前も、あの例の生命体もおそらく兄さんの仕業ですね?」
ぎくり、と肩をこわばらせる。
「……はぁ。やっぱりですか。幻影で隠していても、分かりますからね?」
「えーと、その、な?誰も知らないんだったら別にいいんじゃね?と思っtいってええええええ!?」
「反省しろ反省しろ反省しろ!!この、アホ!!」
わっしい、と俺の頭を掴んでゆすぶってくる。どうでもいいけどどうして俺の幻影ぶち抜いてピンポイントで頭部の痛いトコ掴んでくんのこの子!?我が妹ながら恐ろしすぎるわ!
「大体、この世界に隠された魔法使用方法があったらどうするつもりだったんです?」
「うーん。それ、もう研究したんだけどさ」
結構異世界とかぶっているのはショックだったのだが、ペンタグラムやヘキサグラム、他に色々な魔術のほうも試しては見た。真言なんかも色々と調べてみたが、「おまじない」の領域を出ないのだ。俺が前にいろいろと調べたときに気づいたのだが、言語があまりにもばらばらなことも関係しているのではなかろうか、と思った。
「そもそも向こうでは多少の『方言』はあれど、ほとんどどこでも同じ言葉が使われていた。当然ながら女神という目に見える形の信仰対象を伴ったものだ。でもそれはこちらでははっきりと、そういう恩恵がない。言語をさかのぼるだけさかのぼってみてもどの言語にも力がないし――どうした、ヴィー?」
「……ほ ん と う に、隠す気があるのですよね?冗談ではないのですよね?」
「なんだよ!お前らが来てからはマジで特にそういうのにも気を配ってるし!っていうかその疑問は元の世界の魔法言語が使えたから考えなくなったし!」
「はぁ……ラトネ様、これは間違いですよ。だって、明らかに兄さん、魔法狂いですもの。魔法狂いを魔法学院にぶち込んでばれないなんて、そんなことあります?いいえ、ありえない。もうヴィオレッタにはムーリーでございまーす」
だーめだこりゃ、と言うようにのし、とベッドへと倒れこむ。
「お前、キャラ変わってね?」
「誰がこうしたか小一時間くらい反省してから話しかけてくれない?」
「ちぇ、まったく、良い性格してるぜ。俺とそっくり」
机の上にあった教科書を手に取ると、うっかり感覚の違いで落っことす。
「あ、やべ」
「はい、ど……」
拾い上げたヴィオレッタが、眉根をぐぐぐ、と寄せる。
「……魔法言語、ですよねこれは」
奥付をぺろりとめくり、そして俺は顔をひゅっとそむけた。
ヴィオレッタのあんな輝くような笑みを見たのは久しぶりである。
さて、ここで疑問に思う方も多いだろう、なぜヴィオレッタが俺の家にいるのか。話は数日前にまでさかのぼる。
あちこちの学校のテロ騒ぎで一週間ほど学校が閉鎖され、ヴィオレッタがその調査と、派閥の洗い出しのため借り出された。東京中に散らばっていた査察官は全員回収され、程なく地球への留学を希望した『代わり』の生徒が派遣されるという。そして俺はといえば、一週間以内での引越しの命令を政府から出されていた。
そう、政府である。
日本国政府。
「……世界を救ったパーティーメンバーかつ軍でもほとんど実力的トップの長官ならいざ知らず、ただの一般人の高校生『日比野識』が、国家命令に逆らえるか?」
イヤ無理だ。
人権を尊重する国としてもほとんどギリギリなラインだし、生贄、人身御供、そのどれでもいいが、とにかく俺にとって最も反抗できない機関であることに間違いはない。彼らは今回の件で、彼らが人殺しに対して躊躇もないということを理解している。だからこそ交流に対して積極的であり、要求を呑んで貰った事を盾にして動くつもりでいる。
極め付けが学生の留学をしたことだ。はっきり言えば、「人質渡したからそっちも相応の代価を支払うよね?」という意味もある。脅しに屈しつつ、それでいて侵略派をきっちりと始末したこと誠意への態度を見せている、と言ってもいい。
俺にとって一番面倒なことに、ラトネが俺を「使える」と明言した。ならばそれは人類側にとっても、「使える」人材だということでもある。結局のところ誰も彼も我とわが身が可愛いのだ。俺だってそうだというのに。
あのクソババアマジで許さねえ。
「とはいえ、だ。今一番問題なのが……」
山本と谷内のや行の住人である。もうほんとどうしよあいつら。
『そもそも、魔法学院って言われたらさ?行きたくなるじゃん?でもって可愛い女の子とお友達になりたい!あわよくば恋人に!』
そもそも人体のつくりが違ったらどうするんだ。俺の知ってる限りじゃまあ一緒だったけど。
『へ?一緒にお引越しだよね。谷内君も行くって言ってるし、ゆきねちゃんもいるんだよね?じゃあ私も行くよ』
俺が絶句していると千歳は『僕は父さんに島流しにされる予定だから一緒に頑張ろうね!』と声をかけてきた。こいつ不憫なのかなんなのか良く分からないけども、たぶんあれだ。情報を持って帰る役目を期待されてるんだろう。
気が重過ぎて全く進まない荷造りだったが、つと玄関から鳴るチャイムに手を止めて(そもそも動いてなかったけど)愛想よく「はぁーい」とめちゃめちゃ笑顔で出た。
「荷造りが進まなさそうな気がしたので、手伝いに来ましたよ兄さん」
「げ」
そんなわけで会話が冒頭に戻る、というわけである。
「に、しても。兄さんの部屋はぱっと見は片付いているのに、どうしていろいろな場所に妙な収納があったりして実際にしまわれていると思った量の数倍の荷物が飛び出してくるんです?」
「いや、それは単に収納術のなせる業だから。魔法じゃないから。アンダスタン?」
「さすがに魔法じゃないことは分かっていますよ。でも服を持っていってもどうせ使わないんでしょう?」
「……っまあ……」
今はサイズが極端に違う。明らかに「日比野識」のサイズで購入していたものをそのまま着る訳にもいかない。仕方がないので過去に亜空間にしまっていた向こうの平服だ。さすがに俺の体のまま買い物に出かける、というわけにも行かないし。
「リサイズくらいなら、受け付けますよ?」
「馬鹿言え。一時的にでも日比野識の体を偽れたら必要にはなるだろう?」
「と、言うことは目星が?」
「つかねえけど!無駄な抵抗みたいに聞こえるかもしれないけど!!死活問題じゃん!!」
だだだだだだ、と階を駆け上ってくる音が聞こえる。こりゃあ妹か、と思った瞬間、部屋の扉がズパァーーンと開けられて、中に元カノの小町 碧が飛び込んできた。
「振られたわ!!って、……へ?えっと、その、えと、お、おじゃましました!」
すぐに出て行ったんだけどあいつどうやって中に入ってきた?
「あ、兄貴?元彼女の人が家の前で唸ってたから連れてきたんだけ……オジャマシマシター」
棒読みですっと体を引いた妹。そうかあいつか。俺は後ろを振り返ってヴィーが、なるほどってそういうことか!?
「待て!!ヴィーはない!!ないから!!」
「そ、そうですよ!?一応、きょ……じゃなかった、腐れ縁の仲良しですから!!」
お前兄妹を迂遠に表す方法それしか思いつかなかったのかよ。俺も思いつかなかったよ。階下からわあっと声が聞こえてきて嫌になりそうだ。
「ちょっと待って、ちょっと待って、あの人おっぱい大きかったよね!?それになんか身長高くなかった!?」
俺の気にしていることをひそひそとまあでかい声で……。庭に埋めてやろうかな、ヴィオレッタのこと。そしたらちょっとは……太陽の光でも浴びて一回り大きくなりそうだ。
「そ、そういうのがタイプなのかしら……」
「やめろ!っていうかお前らがタイプがどうとか言うな!」
ぴんぽーん、とそこで玄関のチャイムが鳴る。妹が「はーい!」と出ると、また何かが起こった予感がした。ブーブブッ、とスマホのライン通知が鳴る。
『えへへ、私の引っ越し終わりそうだし、お手伝いに来たよ!』
顔文字つきでそんなことを送ってきたのは山本である。俺は額を押さえて幻影を動かすのも忘れ、そして天井を見上げた。
「なんって厄日だよ、全く」
そして俺のめちゃくちゃ汚い部屋にインされた四人は、めちゃくちゃかしこまっていた。
「きっっっったな……引越しする気あんの?」
「一度しまったモノをいるかどうか確認するのはすっげえめんどくさいんだよ。それに、いちいちどこに何しまったか覚えてねえし」
「ここが日比野君のお部屋なんだね!初めて入ったよ……それでどうしてヴィオレッタさんもここにいるのかな?」
どろぉ、と暗くにごった目を向けられて、ヴィオレッタがひくりと頬を引きつらせる。彼女はぐむ、と下唇を噛むと、かっと目を見開いた。
「私不肖ヴィオレッタ・ギリアムは日比野識の舎弟ですから!!」
おい待てどういうことだそれは、と俺が全力で突っ込もうとすると、彼女は落ち着いた声で喋り始めた。
「彼のあなたに対する思いやりには、真に人が友に対して向けるべきこころざしがありました。それと引き換え、私はあまりに……そこでそれまでの全てを反省したのです!ですから舎弟にと。友人に汚い部屋を片付けさせるつもりはなかったようなので、私めがお手伝いに来たまでですよ」
「へえ、そうなんだ!」
彼女は説明を聞き終えて驚くようなクリアな笑みを浮かべた。その変貌っぷりには心底、お前一体何の漂白剤使ったの?といいたくなるレベルである。
「ですよね兄さん!」
「お、おう」
勢い良く詰め寄られたが、山本はなぁんだというニコニコした笑みでみていてコイツを止めるつもりはないようだ。
「……え、えーっと、それじゃあ彼女じゃない?」
「ありえないですよ、ハハッまさか」
「あ、そうなんだ。なーんだ、びっくりしたあ。あ、私元カノの小町碧です。よろしく」
「……えっ」
「……そ、そうなんだ!?」
元彼女を家に上げてる変なヤツに見えたようだが、俺はベッドに寄りかかる。
「あのな。コイツ、そもそも彼氏に振られて、そいつを吐き出せる友達もいねえから俺のところに泣きに来てるだけだからな?」
「……!そっか、この人が例の河川敷のエロbむみゅもぎゃ」
口に手を当ててじろりと山本を見ると、彼女は目をぱちくりとしばたかせた。
「山本、しーっ。内緒」
「ふみゅふみゅ」
こくこくと上下に首が振られ、そして俺は安堵して手を離す。
「ちなみに二人の初体験はいつなの?中学のときだよねえ、二年?三年?」
「よし。山本、いっぺんおじさんと話そうか。たぶん負けるけど肉体言語も辞さないから」
「あ、あ、あ、兄貴、童貞じゃないの!?」
「童貞じゃないよ。ってか童貞だと思ってたのかよ」
前世の初体験もそれなりに早いほうだったんだからな?あと妹よ、その顔、女子がしていい顔じゃないから。鏡でも見たほうがいいんじゃねえか?




