世迷言の坩堝④
はっきり言おう。
俺はナメていた。
「ラスエファトの軍人に立ち向かったときのご感想を一言!」
「妹さんとのツーショットを!」
病院の外からの、ほとんど怒号みたいな野次が聞こえる。あのぶんじゃ俺の部屋はまだ特定していないんだろうが……っていうかそこまできたらさすがに病院の情報漏えいだよな。
「安全に!外に出る方法があれば!!」
「いや、今のところはないんですよね……」
両親も一時的に家に帰されたが、それでもなお俺達は病院から出られなくなっているといえた。……腹をくくるしかないのか?いやなあ、でも実際俺の人格が世に出るって事だしなあ。うーんでもまあまあ高校でも中学でも親しい友人にはばらしてるし。
「……よし。覚悟を決めよう、唯」
「は!?って、え?」
「まず俺達のスタンスをはっきりさせよう。あの囲みを出るのは正直無理だ。ってかこのまま出たら余計にまずい」
「そ、それは分かるけど、スタンスって何!?」
「一つ。俺は無我夢中で何も覚えていません、赤い物体がいて気がついたら気絶してた」
「あ、ずっるい!?」
「ホントのことだし。二つ。唯は殺されかけた恐怖で無我夢中で逃げたので正直安心とか考える余裕なかった」
「あ、うん。それはその通りなんだけど……ちょっと薄情すぎない?」
「なんだよそうだろ。で、謝りたい気持ちもこめて看病してた、って筋書きだ。どうだ?」
妹はそうだね、とうなずいて、「それなら出来そう。っていうかまんまだし」とのたまった。妹様の許可が出たので、それじゃあそのスタンスで。っていうかお前薄情過ぎないって自分で言っておいてそれまんまなのかよ。まあ俺も妹の立場ならそうする。
「よっし。じゃ、お外に出るぞ。写真の一枚や二枚は撮られてもいいが、俺がお前が中学生ということを理由に取り下げてもらうようお願いするから。まあもしかしたらだけど、記者から声かけられないかもって気持ちはあるし?」
「そうね。兄貴、見た目結構年食ってるから」
「……直に言われると結構ムカつくなァ」
ともあれ、だ。気絶から復活したので病院のロビーを通り、そして外に出る。同時に激しいシャッターの音が響き渡る。
同時にマイクを突きつけられ、一言を!と叫ばれた。
「その前に、今写真撮ったとこ、取り下げてもらえます?妹、まだ中学なんですよ。正直一番敏感な時期なんで」
「分かりました。では首から下の映像だけでも」
俺はにっこりと笑みをたたえて、それから「嫌です」と答える。
「どうかお願いします!」
「無事だったからいいようなものの殺されかけた人間に対して言う言葉ではないのでは?」
それからの取材は地獄だった。どの程度覚えているかといわれても俺がそのまま体験を話したら確実に精神病院送りだし、妹はもじもじしながら喋っているのでどさくさにまぎれて写真を撮ろうとする奴がいるし。
「ところでお兄さんはなにか武道をやってらしたりしたんですか?」
「バキ読んでました。そろそろお家に帰してもらってもいいですかね?」
まあどうせ家もそこそこ囲まれてるだろうし、と溜息を吐く。
「最後に一つ!あなたが見たという球体に名前をつけるとしたら、なんですか?」
「うーん……?なんかぶつぶつ言ってて気持ち悪かったし、世迷言の坩堝って感じですかね。まあいずれ政府から公式に見解が出ると思うので」
とか思ってた俺が馬鹿だった。
「マスコミの名称を採用し……『アレ』を世迷言の坩堝と命名!?ちょ、ちょ、な、……ハァ」
まじかよ。もっとカッコいい名前色々付けてくれるかと思ってたら……マジでそれ採用すんの?しかもそれ俺がつけた名前じゃん。正直やり直しを要求したい。
「……おはよー」
「おっ、有名人。早々に登校とはすげえな?」
「なんだ谷内か。もう昨日からすげえんだけどなにアレ。俺お嫁にいけない」
「なんだよそれ。でも女子から結構モーションかけられてるぞ。ほら、呼び出しのお手紙」
「……うん……あー、そっか。……みんな俺のこと勘違いしてるんだよ。買い物に行ってもむしろ荷物持ちさせるから」
「それは人としてどうなんだ?」
がらり、と教室のドアが開くと、赤毛がふわっと浮いて、同時に抱きかかえられる。満面の笑みのまま両手で俺をお姫様抱っこするんじゃねえ!!
「やったぞシキ!なんとかなった!なったじゃないか!!」
「やめろー!?ちょ、浮いてる!!腕力がやべえから!!おろ、おろせっての!」
「そしてお前に出頭命令だシキ。一体何をしたんだ?プレイアを取り調べた査察官がお前を呼べとのことだったが」
「……」
一気にこう、みんなで千尋の谷に突き落としに来るのってさあ、どうなわけ?俺一般人なわけよ。ついでに言うと被害者だよね?
ナメてた。完全に状況を舐めていた。人造勇者が実際にここまで覚えているのは想定内だが、俺を呼びに来るということに対してここまで無警戒だったのには理由がある。俺から出て行ったとしても、俺がかかわりがあるとしたらその液体が消えた後ですぐ目覚めるのが妥当だろう。っていうかそうだと思う。関連性を疑われるとしたら、だ。
「悪い、谷内。呼ばれてるみたいだし、手紙の子には行けねえって伝えといてくれる?マジで悪いんだけどさ」
「お、おう。気をつけて行って来いよ」
「あ、待って、じゃあ僕がついていくよ。一応そっち側の陣営には顔もきくし」
ね、と千歳が笑って言った。
「お、おう?それにしても、千歳とお前ら急に仲良くなってねえ?」
「そんなことないよ。谷内くんと同じくらいには軽口叩いてもらってないし、山本さんみたいに守り守られなんて事はないし。せいぜい頼みごとを遠慮なくされるくらいだよ」
「それを仲良しって言うんだよ。はあ、ま、いいや。日比野のこと、頼むぜ」
千歳の肩を叩いた谷内は笑って、それから俺達を校門のところまで見送ってくれた。
「――状況は」
「なお悪い。人の殺傷を含め、被害が多数。さすがに御し切れなかったイッセ様に非難の矛先が向いている。一触即発と言っても過言ではない。お前を呼び出したのも、かなりそのあたりの事情が関係していてな。聞けばあの『世迷言の坩堝』はお前から現れたそうじゃないか」
「っていってもなあ、俺は何もおぼえてねえし」
「……誰かと何かをのんだり食べたりした記憶は?どこか魔力の溜まりやすいスポットに行った記憶はないか?」
「いやいや、そもそもだぞ。俺の体から出てきたからと言って俺に仕込まれた可能性以外を考えてみろよ。例えば土地とか、たまたま出口が俺からだったって可能性は?俺はいきなりあいつが出てきて球体になったところまではっきり覚えてるのに?」
そういえばそうか、と彼女はうつむく。
「しかし今は時間がない。魔術的検査と、それから解呪を試させてくれ。一時的に聖女候補も呼べるように通達してある。万が一あれが危険な代物だった場合、お前をそのまま学校に通わせるわけには行かない」
「っていうか今更気づいたんだけど口調変わってない?」
「――そっ、それは、ですね」
「いや、いいよ。なんかそっちのほうが、『ぽい』からさ。千歳からはなにかアドバイスは?」
「ないよ。見たものを正直に、はっきりと言えば、納得せざるを得ないからね。もっともあれを見たプレイアさんは、しきりにあれが神なのだと呻きながら震えていたけれど」
一号傷つきすぎだろ。繊細か。
「何はともあれ、今は君の安全確保が必要だからね。さて、学院の懲罰棟、東棟だ。ここが最も魔術的耐性を高く作ってるから。聖女候補もそこにいるはずだよ」
「あ、ああ。ありがとな、ついてきてくれて」
「いやいや。こっちこそ色んな事情につき合わせちゃってごめんね」
ローファーのまま石畳で舗装された床を歩いていくと、地下牢にはふさわしからぬ白い衣装の女性がにっこりと微笑んでこちらを向いていた。――聖女より聖女っぽいんだけど。
「お初にお目にかかります。私は聖女候補のエイレェフィリュールと申します。レイさんと呼んで頂ければ光栄ですわ」
「あ、ご丁寧にどうも、俺は日比野識です」
「それでは聖なるみわざを行いますので、こちらの部屋に。他の方は解呪が終わるまで入室をなさらないでください」
ああ、情報漏えいをなくすためか。教会の人を治す技術は、形をまねるだけで厳しい罰則が下ったからな。そんなことを考えながら、こちらを、と白い布を渡される。
「目の上に巻いてください。もしきつければ別の長さのものを持ってまいりますゆえ」
「あ、はい」
目隠しされながら綺麗なお姉さんの治療(正直何もないけど)を受けるのはちょっとしたマニアックなプレイめいているな、とよこしまなことを考えつつ、台の上に横たわる。それから彼女はぶつぶつと聖句を唱え始め、そして俺の体がやけに熱く、すっきりとした感覚になっていくのを感じる。
「――な、呪われてたのかほんと、に!?って目隠しずれてる!」
「そ、そんな、ばかな……」
聖女が後ずさった。
「ギ、ギリアム様……?」
「は?」
「あの、ギリアム様でいらっしゃいますよね?……あの、教会にご遺体を安置されてらっしゃる」
ど、どういうことだ?
まさか。
手を見る。小さい。いや、視点がそもそも小さくなり、そして首まで布が下がってしまっている。そして前髪を光に透かす。どうみても赤だ。思わず鏡代わりに普段使っていた水の魔法を詠唱し、そして驚愕する。
小さな体。
赤い髪。
緑の綺麗な眼。
「ちょ、ちょっと待て……」
俺は日比野識だったはずだ。
なぜシェリル・ギリアムの体になっている?
「ひ、人を呼んで――」
「ストップ!!ちょ、ちょっと待ってくれ頼むからちょっと待ってください!!」
いや分かってる君の混乱は分かってるが俺だって混乱したいから。
「――解呪したら、元の姿に戻ったってことは……待て待て待て俺普段から呪われてたわけ?誰に?」
いや、心当たりはある。
魔王だ。
「――で、何か?この解呪って、もしかして戻せない系な?」
「え、ええ、基本的に教会の解呪は呪いを解くのが基本ですから」
「やっぱな!!そうだと思った!!勇者なんてかばって死ぬからこんなことになんじゃねえかクソッタレが!!だああもう!!」
「おい、どうかしたのかシキ、とっくに解呪は――」
すっと中を覗き込むヴィオレッタ。その目が丸く開かれ口が大きく開いて息を吸い。
やべえ。
たらり、と背中を冷や汗が進んでいく。そこからの判断力は誰かに褒めて欲しいくらいだった。台から飛び降りて彼女の口を塞ぎ、そして「静かに!!頼むから静かに!!」と小声で叫んだ。状況が飲み込めないままうなずいた彼女は、ぽかんとしたまま俺の顔をじっと見ていた。
「あの、えっと……兄さん?ここにいたはずのシキの服を着て、しかもどうして生きてるんだ?死んだはずでは?」
完璧なツッコミどうもありがとうおかげで俺は今すごく切羽詰ってる。
大ピンチ。




