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世迷言の坩堝③

渋谷区の一角で、軍服の男がティーカップをくるくるともてあそんでいる。一見不可思議な光景に見えたが、道を行く誰一人として彼に気づいてもいないし、目を向けることすらしない。

「情報統制は万全とは言えないが、計画が万一漏れていたところで大差はないだろう。私達の仕込みが破られるとは考えづらいからな」

その男の背後にすっと白い影が現れる。腰の辺りまでその白髪を伸ばし、太ももをぎりぎりまで見せたきわどいスカートタイプに改造した軍服を着た少女だ。

「来たか。天才ギリアムの再来とも言われた神童、プレイア・アベスニティルム」

「その読み方は好きではないのよ。フレイアにしてちょうだいな?」

「そうかね、ではフレイア。君には一つ忠告だ。この土地にはおそらく魔法陣を作った人物がいる。彼はおそらくだが君と敵対することだろう。何せ侵略をさせたいのなら対話をできるようになどせぬからな」

「そうね。でもワタクシは天才だもの。恐れることはないわ。テキも、イタミも、シも」


右足をゆらゆらと上げたまま、ブーツのかかとを地面に打ち付ける。男はその様子に若干の不安を覚えつつもあったが、気味の悪さが先にたって口をつぐんだ。これならまだあの威張り腐って毒を吐き散らすあの少年のような男のほうが、よっぽどマシな人間に思えた。虚ろな表情は一体何を考えているのかわからない。とはいえ今頼れるのはこの名前の読み方にしかこだわらない、人形のような生き物だけだ。

「そうか。それではこの区画においての防衛は任せよう」

「ええ、分かったわ」


白い髪をたなびかせながら、ふらふらと歩き出す。気味の悪い生き物だ、と舌打ちして、男はその場を去っていった。


少女は目的の場所であるとある学院にたどり着くと、つと足を止めた。

「あら、あなた……プレイアさんの姉よね?たしか申請を貰っていたはず」

「そう。妹は元気?」

「ええ、しかしそっくりねえ。双子……というわけではないのよね。綺麗な髪。はい、どうぞ。プレイア……失礼、同じ名前なのかしら?」

「いいえ、私はプレイアではないわ。フレイアなの。つづりが同じでややこしいでしょう」

「あら、そうなの?ごめんなさいね」


少女はふらり、ゆらりと歩きながら、進んでいく。妹のいる場所へ。なにもせずとも血が導いてくれる。ゆらり、と誘われるように部屋の中に入ると、「いらっしゃいませー!」という声が耳を突いた。

「妹はいるかしら」

「あ、プレイアさんのお姉さんだっけ?ちょっとまってね、プレイちゃーん!」

「はい」


ゆら、と姿を現した姉妹の唇に笑みが浮かんだ。

フレイアは右手を振り上げ、そして彼女の腹をぶち抜いた。臓腑が垂れ流され、血がだくだくと吹き出てとめどなくあふれ出していく。悲鳴が聞こえたが、フレイアはそれを無視する。プレイアは虚ろな目のまま呪文を唱え続け、フレイアは魔力の安定に尽力する。腕を体から引き抜くと足元の血だまりがつつつ、と動き始め、教室の中に大きな紋章を形作る。


「なッ……」

大きな魔力の奔流が生まれ、そして次の瞬間には結界が出来上がっていた。この結界を壊せるものなど勇者以外には存在しない。そして勇者は消えている。

人造勇者、プレイア。

アベスニティルム(いちごう)セリドティルム(ろくごう)の魔力全てと血をもって魔法陣を描き、安定させた。故にこの場からは出ることも、入ることも誰一人不可能である。そしてプレイア・アベスニティルムは一番目の、すなわち力が最も安定し、保証された個体である。故に彼女がこの学院に来た。


この、留学生がおり、裕福な、つまり力のある人間の子息が存在し、そして同時に出入に制限がかかるため姉妹である彼女だけが入ることの出来る場所。

「――この教室には確か、そうたいした人員はいないはず。一定数は殺して見せしめを作る、と言っていましたわ」

そうでしたわ、と軽く独り言を言う彼女に、その場にいた女性たちは凍りついたまま何も出来ないでいた。だが次にフレイアが動き出した瞬間に絶叫が沸き起こる。ぴしゃり、とドアが手を触れてもいないのに閉まった。


「な、何で!開けて!!」

「うるさいのよ」

フレイアがぶつぶつ、と何かを唱えた瞬間、ヒステリックに叫んでいた女教師の胸に小さな穴が開いた。

「へ……?」

「別に、死んで良いのよ。ここには無価値な人間しかいないって聞いたから」


逃げようとドアに殺到するが、その一番外側にいた生徒の襟首を引っつかみ、フレイアはその右手を振り上げた。魔力も通していない人体は、たやすく()()()ことができるだろう。無感情に腕を振り下ろそうとしたとき、教室のドアが両方同時にバン、と開いた。


ありえないことにフレイアが生徒の襟首を掴んだままドアの先を見た。生徒たちが蜘蛛の子を散らすように中から逃げ出していく。面倒だわ、と思いながら彼女は手の中にいる少女だけでも殺してしまおうともう一度動きを再開した。


はずだった。


「動くなよ」

振り上げていたはずの腕が誰かに握られている。ここまで気配も悟られずに中に入ってきた人物は一体誰かと目を向けると、不機嫌そうな、目の下にくまのある普通の男が目に入った。

「その手に持ってるの、離してくれない?俺の妹なんだよ」

「無理だわ。この教室にいる人間は殺さなくてはならないもの」

「へえ、そうかい」


ぐるんと視界がひっくり返った。ぎりぎりと右手をひねり上げられながら、咳き込む少女が遠ざかっていく。男に関節を極められて、右手は完全に動かすことができない。

「ここにいるのはお前一人か?」

「そうよ。私がここを任されているのよ」

「へえ、そいつぁ好都合。とはいえ――うぉ!?」

地面についていた左手をぐぐぐ、と強化し、体を持ち上げる。上に乗っていた男をひっくり返すように立ち上がる。


「今教室に残っているのはあなただけなのだし、しょうがないわ。あなたで我慢するの」

「贅沢ものめ。俺が本気出した相手なんざ、過去に二三度だけだぜ」

「意味が分からないのだわ。ワタクシは天才なのよ。あなたが本気を出そうと勝てるはずもないの」

「ほう?天才、天才ねえ。……そうか、嬉しいね。天  才  か」


目の前でにたにたと笑う男が気味の悪いものに見え――フレイアは困惑した。そして次の瞬間、彼女は男の目から、口から、どろりと赤い液体が垂れ流れるのを眺めていた。まだ何もしていない、と口にしようとしたとき、その液体は球体の形を取り、そして男は同時に倒れこんだ。

わけの分からない現象に辟易しながらも、警戒して魔法を唱え始める。が、その瞬間軋るような音が球体から流れ出し、思わず耳を塞ぐ。

「い、一体なに、」

ばきん、と外の結界が割れた。


「あ   は    はは  は」


ありえない。

ありえない。

この球体は一体、何だ?

勇者の加護を擬似的とは言え受けているプレイアの、命をひとつ懸けた魔法を泣き声一つで軽々とぶち壊し、そしてけたけたと笑っている。


震えが止まらない。ぎゅわ、と教室一杯に広がった球体を払いのけようと魔力をこめた腕で払いのけたが、全てをあざ笑うように体中にまとわりついてくる。

「い、嫌!!イヤ!!や、やめろ!!わ、私は、私は天才よ!!天才なんだもの!!」

魔力で炎を起こし、そして爆発が液体の表面で起こるが、全く何事もなかったかのようにその液体は次々とフレイアの体を埋め尽くしていく。


「あ は    はは    あは」


悲鳴すら飲み込まれ、フレイアは暗くなってくる視界の中でようやくはっきりと認識した。

これが恐怖なのだと。

そして、この物質が――神なのだと。




フレイアが気絶すると、その球体はぎゅるりと旋回しながら男の体の中へと戻っていく。そして彼は身じろぎして、そして体を起こす。ってか俺なんですけどね。

「……やべーよなあ、見た目。でもこれ楽しいな、案外」

擬似的な血液に魔力を流し込み、核を作ることで意識を一時的にそこに移し、不定形を利用して魔法言語を『発生』させることで多重的な音響及び効果が期待できる。つまり魔導師が一杯いればできる破壊行為が一人で出来てしまうわけである。

ちなみに魔力吸収の魔法陣も仕込んであるので、そうそう魔力切れは起こりえない。擬似的な体を作っての戦闘行為は初めてだしたぶん誰も考えすらしなかっただろうが、これはなかなか良い代物だ。とはいえ全てを最大火力で焼き尽くされたらおしまいなんですけどね。


「さてさて。そいじゃ、もっぺん気絶しとこうか」


今ので教室へと戻ってくる人の足音が聞こえる。俺の『本体』はまた昏倒し、そして血液はずろり、と窓の隙間から流れ出るように外へと這い出した。浮遊もこの体ならばたいした気を使わなくてよい。浮遊、制御、浮遊、制御、と同時に多数の術式を唱えられるからだ。まあそのぶん禍々しい音に聞こえながら歩いているんですがね。


「あは   は    はは は」

清浄化をかけながらも前へと進んでいく。この体だと分かるが、本当にゴミがひどい。東京の中を進んでいくと、悲鳴と「何だあれは!?」という声が聞こえた。……新手の魔物に見えるよなあ。一つの結界の前にたどり着くと、外側を囲んでいた軍人たちがいっせいにこちらに武器を構える。

まあ……この距離からでもいけなくはないか。


軋るような叫び声が体中からあふれ出し、そして結界がみしみしみし……と軋みだす。そしてついに蜘蛛の巣が一箇所から入って粉々に割れるように、結界が割れた。耳を押さえていた軍人たちに、するりと指先でもって結界がなくなったことを指し示す。

「……ど、どういうことだ?」

まあ、こいつらに任せておけばいいだろう。所詮あの程度の天才が、数の暴力には勝てない。元々場所はピックアップしておいたおかげですんなりと動くことが出来た。次の場所も、その次の場所も、結界を破壊した瞬間軍人たちが敵か味方か見定められない様子でこちらを胡乱げなまなざしで見てくる。


いいぞいいぞ!

出典がここまで形を崩してしまえば誰かなんぞ分かるまい。ラヴクラフトを引っ張り出してくる人間もいるだろうがそもそも触手じゃねーしな!怨念って言われても俺は信じる。

最後の一つの結界を破壊すると、そのまま崩れるように地面へしみこんでいく。あとは本体へ帰るだけの簡単なお仕事です。


……病院に寝かされている。妹が俺の横で心配そうに見守っていて体に戻れない。

「早く目覚ましなさいよ……」

そりゃあんなもん見せられれば気絶するだろうって感じの物体だったからな!

結局妹が寝入るまで、俺は体に戻ることが出来なかったが……まあ、良い体験だった。出来ればもう一回くらいしたいなあ、とのんきに考えながら座っていた。


「唯、唯ー」

「ふにゅ……?あ、おにーちゃんおはよ……って兄貴!?目ぇ覚めたの!?」

「俺は数年ぶりにお兄ちゃんって呼び方を聞いて困惑してるよ」

「はあ?お兄ちゃんなんて呼ばれたいわけ?キッモ」

もう一人の妹は呼んでくれたけど?

「何で気絶なんかしたのよ!あとどう見ても危ない人間だったわよね!?助けを呼びに行くなり何なりあったでしょ、この貧弱兄貴!!」

「ンだよ、助かったろ」

「助かったけどぉ!!う~~~~~~ッ!!」

サイレンかよ。

このあとたっぷり一時間説教を食らい、そして疲れた唯が横で不貞寝するまであった。

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