世迷言の坩堝①
「……問題はどこで、だろうな」
部屋の中で考えながら、まず国の中枢、国会議事堂を置く。あそこは何と言ったって魔術的なバリアゼロ、魔法使いにとっては入り放題に近い。加えて各学校の監査官。そして魔法陣が破壊された場所は侵攻本部に近いだろうな。司令塔と言ってもいいかもしれない。が、作戦が開始された後はほぼ用済みの土地だ。軍人はほとんど予定調和で動く。逆に上の指示がなければ迂闊に動くことも出来ない。
つまりテロの阻止のためには、まず魔法陣の設置が必要になってくる。隠蔽で俺のことが見つからなかったということは、ほとんどの人間が俺のことを認識していなかった、または監視カメラも使えなかったかのどちらかだ。
で、どちらかということが大事なんだが……。
自撮りしてみたが正直俺が魔術的防御を突破していけるのであまり意味のない自撮りが一枚増えただけだった。陰気な写真が爆誕してしまったが、それはまあまあ置いておく。
前者であれば監視カメラの位置把握が心底重要になってくるが、後者なら堂々と歩いて中に入れば良い。
起きてしまった場合は腹をくくって全力で変装して全力でぶち壊しに行く。
しかしこの状況で魔法をあんまり行使すると、魔法感知に長けたヤツがここを感知してしまう恐れもある。でかい魔法一発かませば、一時間もしないうちに囲まれるだろう。正直に言えば、俺の正体がばれるのがもっとも面倒を避ける事態ではあるんだが、それは「日比野 識」として、断固拒否したい。
シェリル・ギリアムは死んだのだ。
俺は今、日比野 識だ。
故に死んだ人間がでしゃばって(魔法陣の件は置いといて)行くのはあんまり良くないと思う。けれど日比野識として最大に自己の安全を確保するために動く。ちょいちょいぐらぐらだが、世界に敵でも出てこない限りは俺自身が本気を出してしまえば魔王みたいなもんだ。
今やっているのは究極の縛りプレイ。
「っていうか、侵略が起きちゃった場合全力で迎撃したら、俺が魔王みたいになるのでは?」
……。
…………。
「伝承洗い出して、東京の守護者とかパチこいてぶん殴るか」
困ったときはラノベのアイデアに頼るに限るぜ。
あれこれと設定を詰めたところで、ふと衣装をどうしようかな、というところに想像が行く。いやね、やっぱりこういうのってゲームのキャラメイクみたいで楽しいからつい。亜空間に手を突っ込み、自分が使っていたマントを引っ張り出す。礼装のどれもがあまりにイメージにそぐわなくて、やめだやめだとぽいぽい中に入れる。
「……あー、いや?そもそも、人の姿でなくてもいいんだもんな」
そうだよ、実際魔物のようなもんだもんな、妖怪変化なんて。魔物とオバケの見分けをしろといわれても、剣で倒せるか魔法で倒せるか、だ。俺にとってはどちらも大差ない。
一番必要なことはあいつらを倒す大義名分、そして見栄えだ。魔法ならぬものを用いて相手を撃退するように『魅せる』術、それをひとまず作り上げてしまおう。
「面白くなってきたなあ」
ぺろりと舌なめずりをする。俺は日比野識であるが――それでもなお、俺は魔法に対しての全てをやめられない。あんなに楽しくて愉快なことをどうして俺が辞められるだろうか。よしんばこれに才能があれば楽しくないわけがない。
俺はその晩眠ることなく、いつの間にか迎えていた朝に太陽を恨めしく思いながら家を出た。そういえば今週の週末に文化祭をやる高校が多いようで、……文化祭?
「文化祭、か」
人が多く出入しても全く不自然ではなく、さらに今週末には魔法系統の法律制定に際して臨時会が開かれる。その際に参考人として軍人の一人や二人呼ばれれば――。
「ありうるな」
さてそうすると、だ。
「……今週か。思ったよりも早い。が、対策ができねぇってほどじゃねえ」
おはようからおやすみまで伊達に魔法使ってきたわけじゃねえんだ。あいつらのしつけも毎日しっかりとやってきた。逆に考えれば、目星を付けられたのだから好都合。
「監査官のいる学校及び今週文化祭をやる学校は――」
おいおいおい、と呟いて、そして額を押さえた。条件に当てはまるのは五つの学校、そのうち一つは妹の通う中学。
「……なんつう、」
日曜日か土曜日か定かじゃない。国会の流れで恐らくは日時が決まる。
作戦変更。悠長に手土産もってヴィオレッタの上官に探りにいってる場合じゃねえ。ぶっちゃけ日時と場所が特定できればよかったからそっちのプランはナシだ。
「千歳!千歳いるか!?」
教室の扉をスパァン、と開けて、それからがなる。正直目立つとか目立たないではない。緊急事態だ。
「うわっ、早いね。どうしたの、日比野君」
近くによって行ってその腕を掴み、耳元に口を寄せ、小声で呟く。
「緊急事態だ、とはいえそこまでの急ぎじゃねえが……ヴィオレッタを連れて、今日の午後俺んちに集合。山本と谷内には知らせるなよ」
「え、う、うん」
俺はふう、と息を吐く。それからこっちをちらちらと見ていた生徒たちに気づいて、日本人スマイルを浮かべてあはは、と笑う。ごまかしたような笑みだが、不審ながらも見逃してくれそうだ。よかった。
「住所は後で送る。ばれたらあいつらにはうまくごまかしておいてくれ」
「了解」
直後に「おっはよー!」と扉を元気よく開けて入ってくる谷内だったが、俺と千歳が会話してるのを見て、「めずらし!」と声を上げた。
「日比野がこんなに早いのってはじめてじゃねえ?」
「完徹なんだよ。だから早起きって言うよか寝てねえだけ。それよかお前も少し早いんじゃねえか?」
「最近は委員会もあるからな」
「へえ?何委員だったっけ?」
「文化祭実行委員だよ。ここの文化祭、派手じゃないけど結構準備期間も長くてさ、本格的らしいぜ。慣れてないうちは飲食店じゃなくて出店系が多いんだ。だから一年の間は飲食店じゃなくて別のものなんだけど……なにやるか考えておいてくれるか?」
「いや、案を出すこと自体はいいけどよ、つまりはアレだろ?オバケ屋敷とかそういうスタンダードなものだと六クラスもあるからいくつかはかぶるよな……?」
「まあな。ただあんまり案が思いつかなくても、クラスでの出し物以外で忙しかったりするからさ」
クラスでの出し物以外?
「ってことは、部活動でもなにか出したりするかも、ってことか」
「その通り。で、クラスとか部活での出し物が決まった後は、代表者全員でくじ引きで場所を決めるんだよ。俺くじ運はあんまり悪くないし、ステージなんかも使うようだったら場所は結構考慮してくれるんだ」
「へえ、マンガでよく見る感じのシステムだな」
「あー、まあ、言っちゃ何だけどさ、お祭りを盛り上げるためには必要な要素、みたいな感じがあるからさ」
お祭りねえ、と俺は腕を組んで背もたれに寄りかかる。
「そういえば妹のところも今週末に文化祭つってたが、あいつのところはほんとに学芸会みたいなもんだからなあ。正直今週末に行って来るのが気が重いよ、全く」
「へえ!そいや妹ちゃんのところ女子校なんだろ!?俺も行きたい!」
「いやいや家族以外は入れねえよ。ちゃんと家族構成なんかも精査して、若い男が入れないようにきっちり気を配ってるかなり厳正な女子校なんだから」
「そいつは……お付き合いしてもさすがに先が見えるなあ……」
こいつ女子校の女の子と付き合いたいだけじゃねえだろうな。
「はいはい、LINEのひとつも分けてやるから大人しくまってな、坊主」
頭をぐりぐりとなでてやれば「うわセットが崩れる!」とわめいていた。その頭寝癖じゃなかったのか……。
放課後になると、俺の家の前に二人の人影が現れる。チャイムを鳴らす前にすぐさま扉を開け、「入ってくれ」と招き入れる。
「お、お邪魔します。うわあ、友達の家に足を踏み入れたのなんて初めてだよ」
「リビングのほうが都合がいいから、そっちのほうに行ってくれ。俺の部屋今ちょっと汚いんで」
「……人を招けないほど?」
「足の踏み場もない」
「日比野君、片付け苦手なのかな」
「普段はしっかりやってるよ。あ、資料だけ取りに行くからちょっと待っててくれ」
二階に上がると手書きの文章を手に取り、それからぱっと階下に降りる。ボールペンでの走り書きだが読めることは……怪しいな。
「ちょっとばかり汚いが勘弁してくれ。まずヴィオレッタ、アンタの派閥、最近過激派がこそこそしてる様子はないか?」
「え?……そう、ですね。言われて見れば、侵略派閥は多少活発、っ」
思わず口を押さえてるがそこにいる千歳の父親は結構お偉いさんだから、知ってるし気づいてるぞ。
「あ、僕のことはお構いなく」
「え、ええ……そ、それでは。過激侵略派閥は現在かなり発言力を増しつつあります。私は以前制服発注の件で少しもめたので蚊帳の外ではありますが」
「だろうな。アンタのそれは穏健派よりに見られた筈だ。それでも気づくほどそいつらが活発化してるってことは、イッセとかいうやつでも抑えられなくなってるってことだ。ここまではOK?」
「OKだよ。ってことは次は僕かな?」
「ああ。次いで今回の活発化といい、近日中に侵略行為が起こるとみて間違いないだろう。で、どこから攻めるのが一番妥当かと考えたんだが、査察官がいる学校と、それから臨時国会が起こる国会議事堂。ここが最もありうる、と判断する」
全員の雰囲気が、ぴしりと固まった。
「ヴィオレッタ。あんた、今回の侵略派からは手を引け。そして協調派と内通し、今回の争いを止めろ。できるな?」
「な、なんですか急に!そ、そんなことをいきなり言われても……わ、私が急に協調派に接触しても話を聞いてもらえるわけがありません絶対にむりです大体あなたは唐突過ぎるんですいつもいつも私の事情を考慮してくれてるのは分かりますがこんな大きな事情を今話すなんてありえません三ヶ月前に言ってください!!」
おいおい今の一息で言い切るのかよ。
どーすっかね。こいつ、相当キレてるし、今はおそらく何を言っても、ってとこだな。
「じゃ、仕方がねえ。千歳、お前の親父さんに話を伝えて信じてもらえるか?」
「ん?それなら信じてもらえそうだけど……少し反映に時間がかかりそうかな」
「そうか、それじゃあヴィオレッタ。事態は深刻だがお前が今寝返れば事態は解決すると思うぞ。それに侵略派が動き出す前に協調派に保護を求めつつ、情報の提供をすれば十中八九間違いなくこの事態を止められる。すぐに動け。今晩中だ」
「……し、しかし……」
「もちろんばれた瞬間にアウトだ。そこで、コイツだ」
「へ……?こ、これ、魔法学院への入学届け、みたいなものですよね?これを持っていくんですか?」
「ああ。監査官兼、付き添いの名目であんたが俺を魔法学院へと連れて行く。所属がしっかりしていれば学院内に入ることが出来るだろう?それにあわよくば――学長に会えるかもしれない」
ごくり、と彼女の喉が上下した。
「やるか?」
「や、やります……!」
「よし、じゃ善は急げだ」
二人の顔が凍りついた。
「ま、まさか……」
「い、今からですか!?」
「もちろん」
そこ、そんなに驚くところじゃないからな?




