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施設の見学③

芳賀ゆきねは、ふと背の高い人間を見送った後、そういえばと思い出す。

「魔力を意識するには、魔法陣を使うといいと言っていましたよね。……あれ?どなたに聞いたのでしたっけ」

「芳賀、魔法陣の調整が終了した。今から来られるか?」

「ええ、はい。分かりました」

そうだ、確かこのドゥラ先生がそう言っていたのだったと思い出し、それから魔法陣に手を乗せる。


「何か、吸われてるようなッ!?」

「そうだ、それが魔力だ。意識できたら手を離せ」

「は、はい!」


手を無理やり離すと、ようやく体の中の魔力が意識できるようになった。

「ありがとうございます!ドゥラ先生のおかげです!」

「いや、これは――はて、誰が提案したのだったか。まあ、良い。君が魔力を使えるようになったのは大きな進歩だ。後は魔力を意識して注ぐことが出来れば、魔法を使えるようになる」

「ええ、本当にありがとうございました」


廊下を通り過ぎると、派手な集団がゆきねの横を通り過ぎる。ゆきねは少々警戒したが、青年はこちらをちらと見たぎりで特に何をしてくるわけでもなかった。拍子抜けだが、それならそれで良いと彼女はそのまま通り過ぎる。食堂を通りがかって、そういえばオフェリテのマンジョア風を識が頼んでいたことを思い出し、一人くすくす笑う。

「あれ、本当に美味しいのかしら……よし」

彼女はとにもかくにもチャレンジャーであり、そして一口目を恐る恐る運んだ。


「――おいしいわ」


この料理をヘビロテすることが彼女の中で定まった瞬間であった。






「ふんふん、ふんふふーん、っと。たっだいまー」

上機嫌で部屋の中に入ると、妹が目の前で仁王立ちしていた。

「おみやげは?」

「ねーよんなもん」

「ケチ。まあいいや、魔法学院のこと聞かせてよ」

「そう楽しそうなものでもなかったな。生徒は一人以外ほぼ自主的に退学して行ったんだとよ」

「うわ……そんなにエリートそうなところだった?」

「まあな。絡んできたのもいたが」

「兄貴じゃ頼りにならなかったんじゃない?」

「馬鹿言え、俺のスーパー土下座がなかったら全員ボコボコにされてたわ」

「……うわ」


ガチでドン引きすんじゃねえよ冗談なんだから。


プリンを食べながらスマホをいじっていると、山本からLINEが飛んできた。今日はありがとう、というもので、俺は思わずふは、と笑ってしまう。

「べっつに良かったのに」

「何が?」

「うわ!?」

思わず手元を隠してしまったが、執拗に覗き込んでくる。

「お母さんに見せてくれてもいいじゃない。彼女?」

「違うっての。友達だ友達」

母親がいきなりぶっこんでくるのには、何か裏がある。


「で?何か用なんだろ」

「今日魔法学院行ったんですってね。どう?」

「どうって、何が?」

「実はアンタ宛にこんなものが来ててね……」


魔法学院入学のお知らせ。


「って、はああああああああああ!?なんだよこれ!」

「やっぱり、そう思うわよねえ。最近、いろいろなところに詐欺みたいに出てるらしいのよ、こういうことが」

俺は封筒をするりと撫ぜて、詐欺じゃねえ、と心の中で呟く。魔法的に封がされているわけではないが、紙に使われているものが魔物の素材であることは明らかだ。若干の異質な魔力を感じる。


「今日魔法学院に行ったが、かなりのこっちからの入学者が自主退学してる。かなり手当たり次第に通知を出し始めた、ってところが正しいのかもしれないな」

「やっぱり、そうよねえ」


母親はがっくりと肩を落として部屋へと戻っていく。そのとぼとぼした様子に、俺はプリンを食べる手を止めて妹のほうに振り返る。

「なんだったんだ?」

「知らない。兄貴が魔法学院に行ったら話の種になると思ったんじゃないの?」

こっちを一瞥すらせずにそう答える妹に、なんだか泣きそうになったのは内緒である。


翌週に学校に行くと、かなりの人間が盛り上がっていた。魔法学院にいけるから、ということが主であるのだが、ヴィオレッタはその様子に眉をしかめていた。

「大分盛り上がってるな。俺のところにも来たんだが、おふくろはどうも偽物を疑っていた」

「ああ、おはようございます。シキはどう思いますか?この騒ぎ。私は大変気に入らないのですが」

「もちろん愉快じゃねえさ。学院側に何かしら不手際があることが確実なのを世の中にさらけ出しているだけ。まずは人材を育成するための人材をこっちの世界にデチューンせにゃならなかったんだ。それを怠ればこうなるのは目に見えてたはずだ。それに学生も、向こう側のやつらを入れちゃだめだろ。正直プライドだらけで不愉快だったし」

「言っている事は多少意味不明ですが、言いたいことは伝わります。あのようにはしゃいでいる姿を見ると、忠告もしづらい」


彼女ははあ、と息を漏らす。なんだかすっかりしおれているようでかわいそうになる。

「監査官の立場からみんなに何か言ってやる事は出来ねえのか?」

「そうですね、それが出来たら良かったんでしょうが……あいにく上層部からは入学したい学生がいる場合は出来る限り奨励するように、という言葉を戴きました。つまり私はこの件に対しては大変無力なのです」

「なるほどな」


俺はふむ、と腕を組んだ。

「もしかしたら、今までとは違うってことなのかもな。地球の人は魔力を流すって事がいまいちわかんねーから、それを自覚させる手段が身についたのかもな」

まあ俺が仕込んだんですけどね!

「あれこれと考えても仕方がありませんが、そういうことならば十分手当たり次第に手紙を送ったことに納得がいきます」


俺はふと山本が入ってきたことに気づき、「おはよう、山本」と声をかける。

「あ、……日比野君、あのね。私のところにこれが来たの。……私、ゆきねちゃんのところに行こうと思う」

「そうか。ゆきねのほうが心配だしな、出来たらゆきねについててやってくれ。俺は外からサポートできることがないか探してみる。今ちょっと不穏な感じがしててな、魔法学院に行くのまでは避けたい。それに魔法学院の外と中とじゃ、発表される情報が違うんだ」

「そっか、ありがとう。日比野君はやっぱり優しいなあ」

にこにこと嬉しそうにしているが、俺は正直回復薬が嫌で外からの支援に徹したいだけなので。


「おはよう、日比野君!」

「あれ、千歳。どうしたんだ、普段はこんなに遅く来ないだろ?」

「うん、そうなんだけどね。父さんがもし学校に行くなら、クラスの皆にこれを共有してくれ、って」

「ん?どれどれ」


文章を覗き込むと、俺はははぁ、と笑う。

「つまり、この招待状の山は魔法学院側の独断か」

「そういうこと。今日の昼には政府からの会見が開かれるから、この騒ぎもそしたら収まると思うよ。それになにしろ、これはあちら側も思ったより事態が自分たちの想像したとおりに進まないことに苛立ってるってことだからね」

「全く楽しいことをしてくれやがる。で?千歳の親父さんは他に何か言ってたのか?」

「うん。まあ、これは大きな声で言えた話じゃないんだけど……」


調査中の魔法使いが興味本位で翻訳魔法陣を一つ壊してしまい、数箇所の地域が混乱に陥っているそうだ。

「今はひとまずその地域からは撤退してもらっているけれど、そうなると魔物の被害がしんどくて、結局は彼らに頼らざるを得ないんだ。けれど、頼りっぱなしになるのはよくない。だから今回の件のお咎めは、形式上のものになると思うよ」

「そりゃあ、良くねえな。魔法陣を作った人間としては、そういう事態を避けたいから作ったはずだろ?そこを見張っていりゃ、『彼』か『彼女』かは分からないがそいつが動くんじゃねえか?」

「うん。だから魔術的な監視と物理的な監視、両方をやるんだって。厳重警戒してるから、ぴりぴりしてるっぽいよ」


そりゃまあなんともひどい。

「ICカードから何から監視して、とんでもない警戒網みたい。僕は何もそこまですることはないだろうと思ったんだけど、どうもそうも言っていられない事情みたいだし。出来たら日本政府が先に捕まえて自分の勢力に取り込みたいって思ってるんだよ」

「なるほどなあ。災難だぜ、そいつも」

まあ自分のことなんですけどね、とちょっと笑いながら件の招待状を持っている生徒に声をかけた。

「なあなあ、それ、魔法学院への入学書みたいなもんだろ?俺のトコ来てなくてさ。ちょっと見せてくれない?ちょっとだけでいいから、な?」

「あ、うん。どうぞ」


大人しい彼の目の前で封を開け、そしてその中身を見定める。だれかれ構わず送っているところを見ると、やっぱりちょっと腹立たしい。確かに前世でも俺たち孤児を優先的に兵器に仕立て上げようとするところはあったが、あくまで希望制のはずだ。それを一般市民である人に送りつけて、魔法への憧れを利用して一般人を兵器にしようとする。


あんまり好ましい事態でもねえな。これをイッセが許容したとすりゃ、さらにだ。もしかすると向こうさんでもかなり上層で侵略と協力で割れてるのかもしれねえ。目に見える敵がいない以上は、相手とこちらが協力、といっても相互に手を取り合って門の監視をし合おう、というだけ。

「……ありがとよ、松本」

「あれ?名前覚えてたの?」

「クラスメイトだろ?それに絵が上手い」


彼はさっと顔を赤くしたが、正直絵心のステータスを全て魔法陣作成に費やした俺としては非常にうらやましい限りである。俺より微妙な髪型というヤツも珍しいからという理由もあったんだが、まあそういうことは黙っておいたほうが人間関係うまくいくもんである。

「やっぱり、俺みたいなのが魔法学院目指すのって、おかしいかな……」

「いや?別に、絵心があるんだったら魔法陣とか上手くかけそうでいいなあと」

「……父さんも、母さんも反対してるんだ。やっぱり、魔法学院って、そんなにだめかな?」

「ま、駄目だろうな。丁寧に甘い言葉でどんなにくるんだところで軍事施設だ。親御さんからしたらそんなところに十数年かけて育ててきた可愛いわが子を行かせるものか、って思うのが普通だろうな」


それに、だ。

「この騒ぎが全国的じゃなければ、賛成したかもしれないがな」

もはや今朝のニュースで一覧になるくらいには、あちこちの家に投函されていたという。


「個人情報だよ、『お前の名前と住所』はな」

「あ……!」

「つまりそんなものを送りつけてくるって時点で信用ができるか、ってことさ」


くわえてこれは相手側の独断だ。もちろん情報をPCから抜き取ってどうたらこうたらとかいったことはまあできんだろうし――あえて予想するとしたら、他国か。

「あーはー、愉快なことしてくれるじゃねえの?」

玄関(二ホン)飛び越えて窓から飛び出すやつがあるかよ。


さすがにそうなると俺一人には荷が重くなる。早いトコあの魔法陣を解析してもらって他国でも……いやそもそも俺が英語中学レベルだし無理か。英語ならあっちの文法とも比較的近いし、まあ、なんとかなんだろ。もしものときは通訳でいけるし。

となると、日本語話者が通訳を買って出ているわけか。しかも彼は今東京にいる。そして何より協力派閥の方と関係がある、ってことになる。こいつを送っているのは明らかに協力派閥だ。イッセが了承しているんだから当然だがな。


「だーっ、もう、何から手をつけていいかわかりゃしねえ」

「あれ?今日日比野君当たったんだっけ?」

「そっちじゃねえよ。まあ……いいか」

今更考えたって、しょうがない。結局千歳の言葉により、全員が魔法学院への入学をおおっぴらに口に出すことはなくなったというのが幸いな点だろう。


その日の午後に会見が行われた。政府対応としては異例の速度で、記者もそれについては言及していたが、子供の未来を決定する事態であるだけに事態は緊急である、と話していた。俺はその内容を聞いていき、学院側が政府の頭を飛び越え勝手に行ったということを聞いて釈然としない気持ちになった。いや事前に予想はしてたし別にね、そうぴりぴりすることではないんだけども。

ないんだけどもな?


ここまでアホな行動に出るって事は、相当イッセたちの派閥はここ最近で追い詰められてることになる。ようやく結果が出たのにそれは味気ない。加えてこちらに来ていない上層部は報告書ばかりだから、物事を動画として送れるこちらより断然情報が正確に伝わっちゃあいない。村一つを簡単に焼き払えるといったって、向こう側の考えてる村ってのはただの農村だ。ひとつやふたつ潰されたくらいじゃ騎士団や魔法使いの派遣はない。しかも結構しょっちゅうあることだ。


「――こりゃ、魔法陣だって誤って壊しちゃった、じゃなくて壊した、が正解かもな」

そうすれば解読できていない言語であちこち喋りまわっても問題はない。ってことは、だ。


「数日以内に何かが起きる、か」

となれば、だ。


「あ、母さん?」

「どうしたの識、いきなり。今週は父さんが出張だから、出かけるなら今のうちよ。唯とおいしいもの食べて女子会したいし」

「数日だけど友達の家に泊めてもらうから、心置きなく女子会しててくれ。あと友達の家に手土産を持って行きたいんだけど、どこかいいお菓子屋知らない?」

「友達って若い子なんでしょ?私の好みはちょっと的外れよ」

「このあいだ唯が食べてたバターサンドクッキー、おいしそうだったよな?」

「……なつめのおうちってところよ」

別に食べられなかったからってすねてないからね?ホントだからね?


「ありがと」

そう言い置いて二階へと上がっていく。イッセたちの派閥がこれ以上追い詰められるようなら、近日中に何かが起きる。近日中とはいえ、恐らくは年内。年内がもっとも妥当だろう。制圧をするなら迅速かつ確実に。俺の薫陶が行き届いていればそれは間違いない。ゆえに対策も打ちやすい。

イッセのやつ、仕込みに仕込んでの悪巧みだとすごく上手く対応してくるのに、こういう突発的な事態には弱いんだよなあ。そもそもそれを補ってた俺がいなくなったのが原因くさくはあるんだけど。

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