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施設の見学②

芳賀ゆきねは非常に動揺した表情をしていた。まさかこのタイミングで絡んでくるとは思わなかったんだろう。極彩色の髪の集団。

「そうだが?あんたは一体どこのどいつ?」

「庶民の癖に態度がでかい男だな。まあ良い、この世界には貴族制度自体がないというからな、私はヴォスティフの長子たるマステリエだ」

「で、一体何の用?そのマステリエさんは」

「そこにいる女だ。魔法の一つも使えぬ、魔法学院に何故来ているのか全く分からぬような人間だ。正直に言えば邪魔なのだよ。ここは魔法を学ぶ場だが、一つの魔法も使えぬ人間が来る場所ではない。現にそれを悟ったほかの入学者はどんどんと退学して行った」


ぎゅっと唇を噛み、それからふと周りを見回す。――なるほど、と俺は理解した。魔法学院の入学者はそれなりに出ているはずなのに俺たちに向ける視線が若干異質だったのはそのせいか。

他にいるほとんどの人間が、異世界の人間だ。ゆきねのように『使えない』ということを分かっていない。地球からの入学者はどうしているのかと思ったが、彼らはどうやら退学を早々にしたらしい。


「こうして休日に友人を呼ぶほど余裕があると思っていなかったのだが?」

「――それで、アンタはどうしたいと思ったんだ?」

「決まっている。退学したらどうだ、と勧めに来たのだよ」

俺はスプーンを手に取り、まだ少し残っているソースをぺろりと舐めた。その行動を不可解そうに見ている男ににっこりと笑ってみせた。若干の威圧を載せて、スプーンを差し出す。

「あは」

青年がばっと後ずさり、椅子を数個なぎ倒しながら尻餅をついた。何人かが「お、おい!」と俺に向けて言ってきたが、青年の動揺っぷりに手を出せずに言葉での警告のみだった。


「それはさ、お前が決めることじゃねえだろ?」

「な、し、しかし、」

「は?」

「ひっ……いや、……な、何でも、ない」


俺はスプーンをことりとお盆に戻すと、背を向けていた二人に向き直ってにぱっと笑った。

「さて、美味い飯も食ったし、案内の続きしてくれよ、ゆきね」

「え、……ええと、そうですね。そう、ですよね……」

背後から何かが振り上げられたような気配がしたが、「やめろ!」という声が響いた。


「……彼らは一般人だ。俺たちが手を出してはならない」

「しかしマステリエ様!」

「いい。やめろと言っている」


俺たちが食堂を出るまで、何がなんだかという困惑を孕んだ視線がまとわりついて、若干うっとうしかった。


「いやあマジびびったわ。ゆきねあんなのに毎日絡まれてんの?ヤバいじゃん」

「いやびびったのはこっちだからな!というか何絡み返してるんだ!私がこれからどうなると思っている!」

「素が出てるぞ素が」

「はッ!い、いやですね、私としたことが。律もそうですが、どうしてああいう突飛なことをするんですか」

「いや何。お前が声優になりたいって言ってたから、あいにく退学しないともするとも言えねえだろ?だから上手いこと言ったと思ったんだけど……そういうことじゃなくて?」

「違います!」

「あ、あのね!ゆきねちゃん。私、私はいつでも来るから、もし嫌がらせされてるなら言って!」

「そういうことでもありません~!」


山本が要らぬタイミングでいらぬことを言ったのでほっぺたを引き伸ばされていると、向こうから「何をしている」となんとなーく聞き覚えのある声が聞こえてきた。ううん、でもイメージがなんとなく違う。

「今日は休日のはずだが」

「あ、いえ。友人が訪ねてきたので」

「それだったら練兵場でも見せてやるといい。やはり魔法を使っている場所を生で見ることが出来るからな。お前はあまり訪ねたこともないだろう?私がついていこう」

「あの、練兵場まで見せても良いのですか?機密は……」

「必要はない。入り口を通過した際から記憶に干渉する術式がある、相当な使い手でない以上破られることのないものだ」


え、無効化したわ。自分の組んだ術式だったし。


「じゃあ是非見たいです!」

「ふふ、元気のいいお嬢さんだ」


男はくるりと背を向けた。そこにバレバレなかつらが乗っている。俺はそのハゲで思い出した。

こいつはしゃぎすぎてたから俺が脳天めがけて魔法ぶっぱして頭皮焼いたやつじゃん。


マジでごめん。

マジでごめん。


「そうだ、自己紹介を忘れていたな。俺の名前はドゥラ・トゥルピカーだ。宜しく頼む」

「ええ、宜しくお願いします」

俺の顔面の筋肉は正しく微笑みを浮かべることが出来なかったし、なんなら後ろの二人は頭を下げたまま震えていた。


「ドゥラ先生はどうしてカツラなんですか?」

「いきなり爆弾をぶっこむんじゃねえ山本!」

お前が焼け野原製造機だ!

「はは、まあ良い。大方の人間は気になるだろうからな。私もわざと判りやすいカツラにして聞きやすいようにしているのだが」

え、わざとなのかよ。俺たちの精神ゲージを抉り取っておいてそれわざとかよ。


「何、多少の悪ふざけみたいなものさ。私は昔かなり悪いというか、やんちゃでね。とうとうえらい人、ギリアム長官の目の前でやらかしてとんでもない一撃を脳天に食らったと思ったら、そこに低級のポーションをぶちまけられて……毛が生えなくなってしまってね」

そんな楽しそうなにこやかなテンションで喋るな。


「あの、ギリアム長官のことを先ほどもローデシア先生が話しておりましたが、どんな方だったんですか?」

「……ヤバイ人、かな」

実感を込めたしみじみとした言葉に、俺は眉間を押さえた。


練兵場は一階をほとんどむき出しのコンクリートにしているようだが、きらきらしているのを見ると衝撃を吸収する石を混ぜ込んで出来ているらしい。

「もちろん過度の熱を吸収するわけではないから、熱に関しては向こう側の区域でやることを義務付けられている」

で、ここまでで思ったことは一つ。

「ぉえッ……くさ……」

「あの、臭覚は馴化が早いと聞きますから、少しの間耐えてください」


ポーションをもちろんどぼどぼに使っている場所なわけで、臭いったらありゃしねえ。

「初めて使われたときから思ってたがなんでこんなに臭いんだ……」

練兵場では数人が魔法を使っており、あまり俺が使うものと差異がない。俺は若干気分が悪くなりつつも、その様子をじっと見る。

「魔法って基本的に、どうやって使ってるんです?」

「鍵となる言葉を書き込み、詠唱によって不安定性を補完する。大抵は発動するときに安定性がないからな」


あ、暴発しそう。

そう思った瞬間、ボン、ボボン、と断続的な爆発音と共に流血した生徒が出てくる。遠目だが腕一本使えなくなったな。

「日常茶飯事です。私は魔力というものが良くわからなくて、いまだ魔法の発動には至っていませんが……」

「へえ。じゃ、使えたらこの世界で始めての魔法使いか?」

「いいえ。おそらく一番目はもうこの世界にいます」

「へ?」

「件の言語魔法陣です。あれを使えるということは、この世界と、そして向こうの世界の言語を知っているということでもありますから」

「魔法理論ってのはそこまでわかるものなの?」

「いえ、気になったので調べただけです」


ゆきねチャンやべー。


「あの魔法陣はその全てが不可解です。あらかじめこの事態を考えられていたかのように完璧です。普通の人間なら、そもそもこの事態を予想など出来ないのに」

「あの、ゆきねサン……?」

「やはり明らかに妙です。彼か彼女かわかりませんが、この事態を仕組んだようにも思えます」

陰謀論者かよ!ちげえよ!俺も困惑してるよ!


否定したいが否定材料が魔法陣くらいしかない。生徒に駆け寄っていった先生は、すぐにポーションをぶっかけた。生徒はちょっと呆然としていたが、先生にぺこぺこと頭を下げていた。

「軽い暴発程度ならポーションですぐ治るようです」

「暴発するなんて……危ないのかな」

「そりゃ傷つけるモンなんだから、危ないに決まってるだろ。銃だってうっかり落として暴発だってあるんだ。不注意で扱ってたら危険な代物ってこったろ」

「その通りだ」


背後からヅラ、じゃねえやドゥラ先生が俺に話しかけた。

「今いた生徒は、明らかに集中を欠いていた。魔法とは、緊張感を持って挑むべき代物だ」

「やっぱり、そうなんですね」

「先ほど魔法陣の話をしていたが、あれには大変すばらしい機構が組み込まれていた。魔力の自動吸収機構と――」


その話で俺はふと思いつく。

「あの、ドゥラ先生。ゆきねが魔法使えないのは、魔力がなんなのかわかんねーからって言ってましたよね?」

「ああ、そうだが……」

「もしその魔力吸収機構を利用したら、ゆきねが魔力を認識できるんじゃないかな、と思いますけど」

「!!なるほど、確かに、いやしかしアレでは強力か。しばし待て、担当の教員と少々議論してくる。君たちは別の場所に行ってて構わない」


足早にヅラを抑えながらその場を立ち去っていき、俺たちは「じゃあ移動するか」と目を合わせてその場を立ち去った。図書館なども、多く魔法書が存在していた。俺は目を輝かせて数冊をぱらぱらとめくり、そしてぎょっとした。

俺の書いてるレポートじゃねえかこれ。相当やっつけだった記憶があるので誤字脱字が多かったはずなんだが、かなり修正されている。

とはいえ自分の書いたものだ、それなりに覚えている。


「読めることには読めるんですが、まだ学びたての私ではかなり理解の難しいものです。さわりの理論だけでも理解できればいいほうだと先生に言われましたが、実際その通りです」

ぱらぱらぱら、と数ページ読み返して、それから息を吐く。

「綺麗な図形ですよね。正確に計算しつくされたものです」

ここまで褒め称えられると背中がむずむずしてくるので、俺は別の作者の話を探す。ふと、絵本が目に入って、それをぱらぱらと手に取る。絵本の類なんてお金持ちの読むものである。向こうの世界のものなのに、懐かしくもなんともない気分でそれを読み進めた。


話の筋書きとしては、悪い竜がお姫様をさらったので勇者が助けに行った、なんて簡単な話だった。だがその悪い竜はただ人と話したかっただけであり、持ってきた宝も全て勇者に返した。勇者はその財宝で姫に求婚し……。


「ただの略奪者じゃねえか」

こんなのが王様になったらクーデター起こすわ。


「おっと、いけませんね。そろそろ帰らないと、律は門限でしょう?」

「あ、そうだ。うぅ、さびしいよう、ゆきねちゃん……」

「大丈夫ですよ、また会えますから」

百合百合した光景を若干あったかい目で眺めながら、そういえば後ろからやけに面倒な視線が着いてきてたな、と思い出す。

「わり、ゆきね。帰る前にトイレよっていい?場所が分かれば一人で行けっから」

「ええ、はい。向こうの入り口から出て、まっすぐ進んだ廊下の突き当たり右です」

「はいよ」


俺は図書館を出ると、そのままトイレの中に入った。用を足していると、個室の外から声がかかった。

「……おい」

「はいはーい。どうしたんで?」

「ずいぶんと返事が軽いな。まあいい、お前、一体何者だ?」

「俺は俺さ。あんたの思うところがどうだろうとな」

「そうか。ならばそれはそれでいい。あくまでそうだと言うなら、俺も生家に一般人に尻餅をつかされた等と報告できん。だが、お前のそれは明らかに異質な威圧だった。威圧ならば剣の教えを受けた人間から何度かされている。国王の御前に立ったこともある。だがお前のものはそれとは全く異質な威圧だ。根源的恐怖を呼び起こすのでもない。アレは何だ?」

「あれ、って言われてもなあ。お前、ちょっと面倒くさいやつだな」


ズボンのチャックを上げると、贅沢にも個室の中に備え付けられている手洗いでさっと手を流した。うん十分綺麗だろ。手のひらに魔力で文字を書き、ドアの鍵を開け、それから一歩外に踏み出すと、青年は一歩下がった。

「どうせ俺がここから出たらたいしたことは思い出せなくなるさ」

「何を……」

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ぽかんとした表情の彼の額に、右手のひらをねじこむように押し付けた。

「お休み、良い子。いい夢を」

「ま、て、おま、え……な、なにを」


彼はそこでぼうっとした表情のまま動かなくなった。数分もしたらはっきりと目覚めるだろう、俺のことはそれなりに忘れて。どうせ建物から出たら俺がはっきりと誰だか忘れるようにしているが、ま、構うまい。ゆきねは若干のことを忘れるくらいで、俺が来たということは覚えている。山本も俺が魔法的なあれこれをしゃべったことを忘れるだろうが、もしかしたら違和感に気づくのは山本くらいかも知れんな。


それから他愛ないことを談笑しつつ、俺たちは門の外へと出た。

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