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施設の見学①

約束の時間十分前、俺は約束していた駅前に来ていた。ずいぶんと大きい駅だからきっちりとした場所をLINEで伝えてスマホをポケットに戻す。良く眠ったぶん、今日は大分顔がすっきりして見えた。妹は「いつもそのくらいシャッキリした顔してなさいよ」と脛を狙ってきたが避けてかわした。ピアスは普段透明な見えないタイプをつけていて、前世では付けなれていたので今も休日にはたまにつけている。今日は金属製の、前世でつけていたようなやつだ。


「お、おまたせぇ~!!」

「お、山本。谷内はまだ来てないのか?」

「え」

「え?谷内も誘ったんじゃないのか?」

「……ナチュラルに忘れてた……」


顔を覆って落ち込む山本の声色から、どうやら本当に誘い忘れただけらしい。

「ま、いいや。お土産代わりに日持ちする甘いものもあるから」

「わあ!それ、香津堂のメープルクッキーでしょ?箱の外からでもいいにおいがするよー」

すんすんと鼻を鳴らしてニコニコ笑う。

「ゆきねちゃんが好きって言ってたの、覚えててくれたんだね」

「そりゃダチだからな、付き合いが短いとはいえ」

「えへへ、嬉しいなあ」


一時ヴィオレッタとの交流で少し不穏だったが、ニコニコしているのを見るにどうやら今は何も心配がなさそうだ。

しかし山本はどうも違和感がある。友達のためならとでも言わんばかりの献身的な態度にはちょっと驚いてしまう。たとえ谷内がいいやつであり俺の友人だとはいえ、これはさすがにない。


「なあ、ゆきねのやつ、家族と仲が悪いんだって?」

「うん。正直ね、私もはじめはそこまでじゃないって思ってたの。でもすごく寒い日にゆきねちゃんに返し忘れたものがあってね、それでゆきねちゃんの家に行ったら……はだしで外に立たされてるゆきねちゃんがいたの」


まあそんなもんか、と思う俺と、ヤバイな、と思う俺がいた。前者は前世の、後者は今生の価値観に基いてだ。

「ゆきねのヤツ、大変だっただろうな」

「うん。でも、私、ゆきねちゃんが家から出られて、すごく良かったと思う」

「そうか」

それからぽつぽつと他愛ない話をしつつ、俺たちは出来上がった校舎の前にたっていた。


「おぉ、すっげぇな」

王立図書館もかくやという魔術防壁、そしてそれを越える建物の大きさ。階数はそれほどでもないが、十分耐震構造もしっかりしているのではなかろうか。

「わああ……早く行こう、日比野君!」

たたたた、と門のほうに駆け出した山本だが、すぐさま警報音と同時に門扉に擬態していたゴーレムにとっ捕まった。


「侵入者ですか!!」

「はあ……」

「え、え!?な、なにこれ!すごいよ、日比野君!」

「……ばかたれ」

額を押さえて溜息を吐くと、俺の喉もとに刃がやわく当てられた。

「大人しくしなさい。抵抗すれば命はありませんよ」

「へえへえ、気前のいいこって。じゃあ釈明だけさせてくれ。この学校に通ってる芳賀ゆきねに会いに来て、そこの間抜けがはしゃいで中に入ろうとした。証拠をお望みなら彼女を連れてきてくれれば分かる」

「……分かりました。ヴェィファ、拘束を解きなさい」


ゴーレムはかしゃん、かしゃんとその体を折りたたみ、山本を外へと出した。同時に彼女の背後にも青年が現れ、彼女を拘束する。

「確かに芳賀さんからは本日、三人の面会申請を受けました。ですがあなた方は二人組」

「そこの間抜けが一人誘い忘れたんだよ」

「芳賀さんに会って確認していただければ、確認が出来ますので」


くっそ、この間抜けめ。

俺たちは若干歯噛みしながら、中のほうへと連行されていった。


牢屋は地下に作られていた。俺たちは薄暗く湿ったそこで腰を落ち着ける。

「ご、ごめんね、日比野君。私がうっかり間抜けなことしたせいで」

「はあ、ホントだよ。……まあ、止めなかった俺も悪いし、次からは気をつけろよ」

「えへへ、ありがとう。それにしても暗くてちょっと怖いところだね……」

「そうか?」

「そうですよ。こんなじめじめしたところに友人を迎えに来るとは思いませんでした」


にっこりと笑う彼女は長かった黒髪をばっさりと肩のところまで切っていた。

「久しぶりです、二人とも。谷内くんはどうしたんです?」

「このアホ、誘い忘れやがった」

「なんてこと!まあ谷内くんですし、いいでしょうか」

「二人とも雑だよ!」

「誘い忘れたのはてめーだろうが。まあいいや、出してくれ」

「ええ、お願いします、先生」


ようやくその場から出ると、俺は溜息を吐く。

「久しぶり、ゆきね。これ、土産だけど……直接渡しても大丈夫ですか?」

「多少内側は改めさせていただきますが、危険物は持ち込めないよう魔術的に設計してありますので大丈夫ですよ」


先生とゆきねに呼ばれた人ににっこりと笑われて、俺はああそういうもんなのかとうなずく。

「便利だなー」

「ええ!ギリアム長官が作った魔法のレプリカなのですが、大変有用性が高いということで冒険者の方々にも……おっと、いけませんね。おしゃべりが過ぎました。お二人ともようこそ魔法学院へいらっしゃいました」

にっこりと笑った柔和そうだが意志の強そうな女性の顔を改めてみると、はっきりと思い出された。

ローデシア・フィンキェリャ。俺の教師であり、一時学んだことのある先生だ。とはいえ、長官職に就いてからは部下ということで何度か顔を合わせたことがあったのだが。


「あら、そのピアス」

「え?」

「懐かしいですわ。ギリアム長官もそのようなピアスを好んでつけていらっしゃいましたから」

「へえ、そうなんですか?そのギリアム長官って、どんな人だったんです?」


彼女はにっこりと微笑を深めた。

「とんでもない人間でございましたわ」

「へ……?」

「傍若無人もここまで極まるといっそすがすがしいと思えるほど。それに大変な天才でいらっしゃったので、多くの人は凡人に見えたのでしょうね、私もアホか馬鹿かと怒鳴られたことがございますわ」

いや、いやいや?ローデ先生に怒鳴ったことはそんなにないはずだから?

……ない、よな?


「ローデシア先生にそこまで言える人間がいるなんて……驚きです」

ゆきねがそう言っているのは、おそらく彼女自身ローデシアの力を目の当たりにしているからなんだろうが、とにかく俺がそこまで彼女に言われる謂れはないと思うんですがどう思います?

「あと成人しておられたのにずいぶんと小さくて。緑の大きな目も、童顔な顔も気にしていらして、馬鹿にされたり可愛いなどと貴族の女性に言われたときにはそうとう怒っていたという話を聞きますわ」

「……子供っぽい人なんですねえ」

山本のしみじみした口調が今だけちょっとうっとうしい。


俺、そろそろキレてもいいんじゃねえかな……。


「ですが、私達にとっては神様にも等しかったのです。魔法使いにとって、彼は自分たちのありうる姿。憧れであり、いつかはと思える姿ですから、私達は彼に必死で食らいつき、そして彼もまた全身全霊で答えてくれましたから」

尊敬しておりますよ、とにっこり笑った。


その様子にキレるにキレられないじゃねえか、クソッタレ、と俺は心の中で毒づいて、それから地下からあがった先に見えた急な光に目をくらませた。

「……ここが、魔法学院か」

「ええ。正確にはここは懲罰等を行う東棟のはずれですが、ここから中央棟に移ります。中央棟は魔法実技、加えて食堂になっているんですよ。よろしければ、食事、食べていかれますか?」

「ええ!いいんですか?」

「ええ。こちらには非常に多様な食文化が根付いていて、楽しいですわ。ですがこちらの世界の食事も用意しておりますので、珍しいものを食べられると思います」


ごくり、と山本がつばを呑み込んだ。昼前に集合したからちょうど腹が減る時間帯だろう。

「じゃあ、お言葉に甘えまして」

「ええ、芳賀さん、案内して差し上げて。私は牢を出るまでのあなたの付き添いですから」


食堂に入ると、数人の極彩色の髪の少年たちが目に付いた。彼らは奥の席のほうで茶を飲みながら談笑していたが、ゆきねが入ってくると少しばかり嫌な視線を彼女に向けてきた。明らかな外部の人間に対して俺たちは元々不可解な視線を向けられているが、それとはまた異質だ。


「ゆきね、メニューはどこから選ぶんだ?」

「ええ、案内しますね」

俺がそう聞くと、迷わずある一角に進んでいく。妙に現代的な椅子と机、それからよく見覚えのある建物の内部の装飾に、非常に妙な気分になる。俺はメニューをちらりと見ると、すぐに頼むものを決めた。前世の好物でもある。

「このオフェリテのマンジョア風で」

ゆきねがはっきりとぎょっとした顔をした。

「それ、それを、食べるんですか……?」

「なんだよ、食べきればいいだろ」

鼻歌を歌いながら食券を購入し、お盆を持って列にそそくさと並ぶ。背後でゆきねと山本がこしょこしょと内緒話をしているのが若干こっちまで聞こえてくる。


「そんなにヤバイ食べ物なんですか?」

「ええ。……の脳みそを……の血をソースに……」

「ひぇえええええ」


なんだよ。

いいだろ。

好きなんだから。


「お、お待たせしました……」

「ありがとうございまーす」


オフェリテのマンジョア風。

オフェリテってのは、とある大型トカゲの脳みそをよくソテーし、それにその蜥蜴の血をぶっ掛けてマンジョア風、つまりワインと一緒に煮込んだ食い物である。つまりシチューの一種みたいなもんである。

注文したはいいが食えない人間が続出する中、数人の人間が「メチャウマだよ!」と鬼リピしたことでなぜかいくつかの食堂では出されるようになった、謎の食べ物である。


どろりとした赤い液体の中に浮かぶ、ちょっと焼けた脳みそもとい白と茶色の物体をスプーンでぶつりと切ると、ぷるぷるとしたそれを口に運ぶ。どぅるり、と断面から液体がこぼれだして、非常に滑らかな口当たりに血のソースが良く絡んでうまい。


「ひぇっひぇっほんとに食べてる……」

「なんだよ、意外に食ってみると美味いぞ?ほれ」

「ひっ!?こ、こっちに向けないでください!なんで明らかに脳みそじゃないですか!」

「俺からしたらナマコとかホヤ食べる人間も結構ヤバイと思うんだけどな」

アレを人類が食べようと思ったのが相当すごいと思う。


ひょいひょいと口に運んでいき、最後の一口を食べ終わったとき、周りから「おぉおお……」という声が聞こえてきた。だからなんなんだよ。

食器を片付けようと立ち上がろうとしたそのとき、背後から声がかかった。

「おい、お前たち。その女の付き添いか?」

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