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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第四章
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第10話 「それは"弱い考え"では?」

 極妻の凄みをもって放たれた涼子の言葉は大方予想通りのものだった。

 金銭での解決。独立闘技会においては常套的な盤外戦術だろう。とはいえ、他の者であればウィン・ウィンの関係になれるのだろうが、金に興味のない霧生を相手にしては分が悪い。

 それを分かっていてこの提案をしてくる以上、涼子にはそれなりの事情があるのだと推察できる。


「涼子さん……、それは"弱い考え"では?」


 なんとしてでも目的を達成するという気概のあまり、目の無い手段を選び続ければ、待っているのは敗北だけである。

 霧生の言葉に、涼子が苛立ったように首を傾げていた。


「そうか? 霧生ちゃんはどうせ大した用やないやろ?」


 鋭い眼差しを向けたまま涼子が言う。

 今度は霧生が首を傾げる。しかし、霧生の胸にはチクリと何かが刺さっていた。


 そうだ。提案を持ちかけられる時点で霧生にも問題はあった。

 霧生がここにいる理由は、貸しのある学長に頼まれたからだ。

 学園の講師達も動員されていることを考えると中々の大事だが、霧生が参加する理由としては強くない。それは否めない。

 涼子は、少ないやり取りでその辺りの"感じ"を読み取って付け入ってきたのだろう。


 学園の事情を話すわけにもいかず、黙ってはぐらかしていると、涼子は肩を竦めて言った。


「……まあええ。それならそれで礼二に気張ってもらうだけやし。とにかく、御手柔らかにな」


 それから彼女は軽く手を上げて踵を返し、名を記さないまま階段の方へと去っていく。

 涼子を見送った後、霧生達も参加者の名が連ねられる古書の前から退き、出口へと向かう。

 背後には涼子に化物呼ばわりされ、すっかりしょげているユクシアがいた。


「おい、あれくらいでテンション下げるなよ。慣れっこだろ?」


「そうだけど。あんななら結局、キリューだけってことになる」


 階段で隣に追いつきながら、ユクシアは周りに目を流して言った。

 裏で生きてきた涼子の太鼓判を貰い、どうやらユクシアは、闘技会への期待を完全に霧生へ向けるつもりらしい。


「果たして、どうだろうな」


 彼女もそれなりの期待はしていたようだが、今のところ、ユクシアの存在感に気づいた者達が彼女に向ける目はぎょっとしたようなものばかり。

 《天上宮殿》でそうだったように、実力者ばかりが集う場所においてユクシアはより敬遠される存在となる。


 しかし、ここにいるのは大多数が裏の人間。当然理性ある者達ばかりではないし、様々な事情で"後"がない人間も多く足を運んでいるだろう。例外は必ずいる。

 涼子達もその例外になりうる。あの手の手合いは、目的を達するために使う手段の数が、今までユクシアが関わってきた人間とは全く違うからだ。


 そんなことを考えていた矢先、階段を上がりきったところで、前から歩いてきていた白髪の少年がよろめいて、ユクシアとぶつかりそうになった。


「あっ」


 ユクシアが半身を反らし、少年もそれに合わせて身を引く。


「ああ、失礼……」


「こちらこそ、ごめんなさい」


 少し驚いていたユクシアが少年の謝罪に応じる。

 それから騎士が持つような両刃の剣を腰に携えた少年は、霧生とは視線を合わせることなく、階段を早足で下りていった。


「ほらみろ。さっそく来た、ああいうのだよああいうの」


 ユクシアは足元をまじまじと見つめてから階段を下りていく少年を見返す。

 ユクシアは今、手が届くのかどうか試されたのだ。

 つまり実力を測られた。


 やはりいる。出会い頭にユクシアを試す度胸のある者も来ているのだ。安堵に似た高揚感と共に、霧生の中にとある感情が芽生える。

 霧生の頬には冷や汗が伝っていた。


「ま、待て。俺は今かなりの危機感……いや違うな。不安を覚えたぞ……」


「つまり?」


「おい、お前!」


 問い返してくるユクシアには答えず、霧生は下りていく少年を呼び止めた。

 男は足をピタリと止めてこちらに振り返る。


 会場では当たり前のように殺気が充満しており、参加者と思わしき人間は前哨戦とばかりに敵意を振りまいている。

 そんな中、ユクシアのことを探ったこの少年は、どこか雰囲気が違う。彼がゆっくりと顔を上げると、霧生と少年の視線が交差した。


「…………なにか?」


 静かな声色と気だるげな佇まいとは裏腹に、ギラついた目。歳は霧生達と変わらないくらいだろうか。

 少年からはそこはかとない圧を感じ、霧生の危機感はより一層強まっていた。


「俺は御杖霧生だ。俺は?」


「……?」


 並んで歩いている二人のうち、少年はユクシアを試すことを選んだ。これは遺憾。これはよくない。

 霧生は少年に選ばれなかった焦りを顕にしつつ、拳を握りしめた。


「俺は試さなくていいのか? ってことだよ」


「……悪いけど急いでるから」


 霧生の態度に対し、少年はうざったそうに顔をしかめ、身体を背けた。

 よし、パーフェクトコミュニケーション。

 ここで霧生は声色を落とし、続ける。


「……そうか。じゃあせめて名前くらい名乗っていけよ」


「……ドナー」


 名乗るや否や彼はさっさと階段を下りていった。


「こっちは遊びじゃないんだ……」


 そして彼が小さく呟いた言葉を霧生は聞き逃さない。


「俺を覚えたな、ドナー」


 去っていく背中にそれだけ告げると、霧生はユクシアに顔を向けた。

 タタタと階段を下りる足音と会場の喧騒が響く中、意地の悪い笑みを浮かべる。


「アピール成功。つまりこういうことだ」


 霧生の真意に気がついたらしいユクシアは溜息を吐いた。


「俺とお前じゃお前の方が目立つもんな。なるほど……全然懸念してなかった。まあこれで因縁度はトントンってとこか」


 霧生の構築した勝利学の中には『因縁度』という言葉がある。

 より良い勝利を得るには、"その時"が来るまでに相手との関係をできるだけ深めなければならない。その数値を因縁度と言う。


 隣で進行したドナーとユクシアの因縁度に、霧生は危機感を感じ取ったのだった。

 ドナーのように、ユクシアと張り合う気のあるレベルの者はそう多くはいない。そしてそんな猛者を放っておく霧生ではないし、ユクシアにみすみす譲るなんてこともあり得ない。

 つまりユクシアと霧生は、いつも少ない牌の奪い合いをしなければならないのだ。


「別に私はキリューがいればいいし」


 拗ねた風に言うユクシア。

 まさしくそれこそがユクシアの弱い考えだ。

 だが、今回は改めて敵に塩を送ることもない。この調子でユクシアを出し抜いて、闘技会に魂を燃やす猛者達を霧生がかっさらう。

 それが霧生の持つ勝利への熱意であり、欲望なのである。

 ニタニタと笑みを向けていると、ユクシアはスンとして歩き出す。

 そんな中、しばらく足を止めたままの霧生は顎に手を当てて考えを巡らせた。


 御杖の流し子まで連れてきた涼子といい、この独立闘技会は霧生が望まない方向へも荒れるだろう。他にもまだまだ猛者が控えていること間違い無しである。

 開場に蔓延る殺気に当てられると、熱が冷めてしまいそうになるのもまた事実。

 そして、涼子が言った言葉がまだ胸引っかかっていた。


『霧生ちゃんはどうせ大した用やないんやろ?』


 だから?

 ──いいや、否、その通りである。

 独立闘技会は学長の頼みでやむを得ず参加した大会だ。後には祖父も控えており、道中の軽い頼まれ事くらいに考えてしまっていたのは否定できない。


 大した用じゃないから勝ちを譲れ。

 そんなふうに勝利への意欲を侮られて気がついた。

 霧生にも弱い考えがあった。


 ユクシアも、アドレイも、礼二やドナーも、漏れなくこの手で粉砕するのが理想な動きなのだ。

 にもかかわらず、一番の強敵と仲良く並んで散歩気分でいれば、それは侮られて当然。弱い考えを見抜かれて当然である。


 この大会に臨む霧生には、まだまだ熱が足りていない。楽しむ準備ができていない。

 明後日の受け付け終了までは時間がある。

 身も心も温めるには十分な時間だ。


「どうしたの? いくよ」


 先に進んでいたユクシアがこちらに振り返って言った。


「ああ。行こうか、サウナへ」





お久しぶりです……!

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また、サイン本企画について活動報告を書きました!

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― 新着の感想 ―
生存確認したので一から読み直しました。待ってますよ!
[良い点] ユクシア、可愛い
[一言] また一周して来ました!何度読んでもめっちゃ面白い!この話が投稿されてから1年ですが、無理の無い範囲で頑張ってください!応援してます!
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