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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第四章
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第2話 「ご名答」



 愛すべき弟子にして、最強の信念を勝ち取った少女、レイラの激戦からおよそ2週間が経つ。

 霧生の致命傷(ユクシアによる正体不明の一撃によるもの)は癒え、レイラの名誉ある負傷も今や完治が近い。


 そんな中、兼ねてより延期を重ねていた『勝利学』の講義が、3ヶ月ぶりに開かれることとなった。

 座学棟102大講義室の教壇に立つ霧生の前には、初回をゆうに超える人数の生徒が集まっている。


 レイラの序列戦で奮い立った学園の熱気と興奮は未だ冷めやらぬようで、まさしくその影響がこの盛況ぶりだ。


 そう、レイラが魅せた件の勝利は生徒達に面白いほど上昇志向をもたらしていた。

 そんな彼女を鍛えたことに加え、天上序列一位であるユクシアに勝利したことで、今や霧生の実力は皆が認めるものとなっている。個人的に弟子入りを志願してくる者も後を立たない。

 それらの要因が、かつてほとんどの生徒が去った『勝利学』に再びの注目を呼び戻したのだ。


「まずは講義に間が空いてしまったことに謝罪の意を示そう。知っての通り、手の離せない勝負があったんだ」


「何回目だよ……。存在ごと忘れてただけだろ」


 早々にヤジが飛んでくる。

 声の主に視線を移すと、そこには天上生クラウディア・ロードナーが貧乏ゆすりをしながらしっかりと最前列に居座っていた。

 その身に流れる《気》はさらに洗練されており、なりふり構わない研鑽は変わらず続けているようだ。


「…………」


 確かに彼女の言う通り、レイラの勝負に熱中しすぎて勝利学のことを忘れていた節はある。

 休講を繰り返し、生徒達を翻弄した『勝利学』が、他の講師達のバッシングによって月に一度の頻度に減らされてしまったのもまた事実であった。常に己の勝負を優先する霧生の性質上、真っ当な措置だと言えよう。

 つまり図星である。


「これ程多くの生徒が集まってくれたことを嬉しく思う」


 咳払いで誤魔化しつつ、霧生は言葉を続けた。

 その後教壇から下り、緊張した面持ちの受講者達を見渡しながらゆっくりと歩んでいく。

 前列にはクラウディアの他に見慣れたメンバーが見受けられた。ニースやノア、レイラやリューナといった勝利学皆勤組である。付近ではレナーテも常連顔で席についていた。


「さて、改めて説明する必要はないかもしれないが、まだ勘違いしている奴もいるだろうから、一応言っておく」


 人差し指を立て、気を取り直して語気を強める。


「他の講義とは違い、勝利学は諸君に何かしらの学びを与えることを目的とした場ではない」


 霧生が試すように放った《気当たり》に背筋を伸ばす生徒達。ニヤリと口元を歪め、また続ける。


ほかでもないこの俺が、自分のためだけに勝利を得る講義だ。この場に集まって貰った諸君には俺と勝負をしてもらう」


「つまり……先生が雑魚狩りをするための講義ってこと……?」


 大多数の生徒には周知のものであったが、知らずに足を運んだ者の一人が疑問の声を上げた。


「ご名答」


 霧生は全く悪びれずに肯定する。

 圧倒的な勝利は極めて爽快だ。

 その感情を否定することは、手にした勝利に対する侮辱であり、それゆえに霧生が愼むことはない。信念に基づいた雑魚狩りなのだ。

 何より手当たり次第に得る勝利にも学べることはある。


 とはいえいつも圧倒的になってしまいがちなだけで、まだ見ぬ猛者が挑んできて欲しいという想いも強い。クラウディア達のような、際立って熱い視線を向けてくる彼らを雑魚とは呼べない。 


「勘違いしていた奴は今から逃げ帰ってもらっても一向に構わない。その場合、俺の不戦勝になるがな」


 軽くざわつく大講義室。だが前とは違って席を立つ生徒は一人もいなかった。多くの生徒が覚悟を決めてここにやってきているため、多少の同調圧力もあるだろう。

 念の為しばらく待ってから、霧生はパンと手を打った。


「じゃあ早速始めようか……と、言いたい所だが、ここにいる全員を相手にするのは流石に時間がかかりすぎる。

 そこで今日は諸君に、俺への挑戦権を賭けたバトルロワイヤルを行ってもらう」


「まず勝負の内容を教えてくれよ」


 待ち切れないといった様子のクラウディアが口を開いた。逸る気持ちも分かる。この3ヶ月の研鑽を試したくて仕方がないのだろう。

 説明するよりやって見せた方が早いかもしれない。そう思った霧生は講義机から少しスペースを挟んで彼女の正面に立った。


「いいだろう。クラウディア、前に出てくれ」


「ああ」


 席を立ったクラウディアが側面まで来る。体を開き、彼女と向かい合った霧生は両の手を脇に差し込み、仁王立ちをした。


「今日の勝負は《無抵抗ノーレジスト》の打ち合い────ビンタ勝負だ!」


「……相変わらずイカれてるな、お前」


「ルールは簡単。魔術や身体強化による補助は一切無し。どちらかが負けを認めるか気を失うまで、ひたすら頬を交互に打ち合うのみ。鍛え上げた肉体を競い合う勝負だ」


 告げると、そのタイミングでそこそこの数の生徒が次々と講義室を抜け出していく。

 ビンタ勝負となれば、武術側か魔術側かどうかで得手不得手もあるので致し方ない反応だ。

 しかし勝利学は霧生のための講義。配慮無く霧生が好きな勝負を選ぶ。


「よし、手本も兼ねて実際にやってみるぞクラウディア。先手はそっちでいい、打ってこい」


 彼女に左頬を差し出す霧生。


「じゃあ、本気で行くぞ」


「当然だ。遠慮するな。

 タイミングを伺って、思い切り助走をつけて、そう、最高の条件で打て」


 クラウディアが後退し、構えを取った。

 平手に備え、霧生はぐっと歯を食いしばる。目を確実に見開き、肺に空気を目一杯溜め込む。

 《抵抗》無し、補助無しで行うビンタ勝負は、《気》の総量や質といった、身体的な才能の差を大きく埋める。

 ……かといって純粋な腕力だけでは決して勝てない、奥の深い勝負である。

 男女間に存在する膂力の差も、人間が本来扱える力を全て引き出して比べれば無いに等しいものだ。

 それを知らない者は、たかが生身のビンタだとタカをくくって霧生への勝利に甘い望みを感じるだろう。


 ジリジリと適切な間合いを注意深く慎重に測るクラウディア。

 そして脱力の直後、彼女が大股で踏み込んでくる。しなる右手が迫り、その動作を隅々まで目に捉える。

 フェイントを予想し、見てからでも遅くはないが、どのように踏ん張りを効かせるか直前まで決めない。


「だァァァァッ!!」


 バチン!!


 霧生の左頬にクラウディアの平手が衝突した。グンと視界がぶれ、平手の進行方向に勢い良く体が傾く。

 その姿勢のまま、霧生はジンジンと熱を帯びてきた頬を擦った。


「いいねぇ」


 体を起こし、クラウディアを見やる。


 彼女はみるみる険しい表情になっていった。

 おそらく、たった一度打っただけで、素の技量が未だ掛け離れていることを悟ったのだ。

 やはり彼女には色んなものが見え始めて来たようだ。性格の割に丁寧で、かつ大胆さもある研鑽には優秀な師の存在が伺える。


「御杖、お前が遠い」


 俯き、力無く漏らすクラウディア。


「なんだ、もう降参か?」


 消沈するクラウディアの瞳を霧生は覗き込む。

 拍子抜け、というわけではない。力が実る前に、先んじて目が養われていることに感心していた。


「……いいや、打ってくれ。お前への対抗心を失いたくない」


 それを聞いて霧生は迷わず踏み込んだ。

 手刀で空を切り、衝突の間際に合わせて向きを変え、力を込める。剛力ではない、当て身の中には相手の重心に合わせた力加減がある。クラウディアの左頬に、一瞬にして霧生の平手が吸い込まれた。


 バチィィィィン!


 問答無用で吹き飛んだクラウディアが講義室の壁にぶち当たる。天井からはパラパラと砂埃が落ちてきた。


「粉砕」


「ぐ、……あ……」


「またいつでもかかってこい。お前が強くなるのが楽しみだ」


 それだけ言ってクラウディアから目を離した霧生は、すっかり静まり返った受講者達へと向き直った。


「とまあ、こんな感じだ。ようこそ、勝利学へ」


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「つまり……先生が雑魚狩りをするための講義ってこと……?」 ってセリフ、ふふってなりました。 [気になる点] 4章2話霧生の最初のセリフにある謝辞という言葉、意図したものでなければ誤字だと…
[良い点] 珍勝負で始まるスタイル大好き。 馴染のメンツが名前だけでも出てくるのが嬉しいし、常連面してるレナーテってだけでも可愛く感じてしまう。 霧生の致命傷は草。あれ癒えるんだwww やっぱり素…
[一言] このまま行くとアニメ化だと・・・ これもシュタインズゲートの導きっ
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